第5話 勝負は力より頭を使え
挑発に成功した
そして、先程よりも素早く突進してきた彼の攻撃を避け……ることが出来ず、首を掴まれて軽々と持ち上げられてしまった。
「お前ごときが俺をコケにするな、ド底辺が」
喉が締め付けられて息が苦しい。気を抜けば今すぐにでも意識を失ってしまいそうだ。
しかし、
例え負けるとしても、一矢報いてからにする。それが「頑張れ、零斗!」と応援してくれている彼女のために出来る唯一のことだから。
「……!」
「なっ?!」
彼は後ろに引いていた腕に力を入れると、それを勢いよく自分の首を掴む金剛寺の腕に押し当てる。
頭でイメージしたものを心の中で強く念じると、手のひらからチョロチョロと水が流れ始めた。
それはまるで『水漏れかな?』と言いたくなるような弱さだが、今の金剛寺には効果抜群だったらしい。
彼は投げ捨てるように零斗から手を離すと、慌てた様子で腕を振って手に付いた水を乾かす。
もしも錆びたりしてしまったら、元の体に悪影響が出てしまうのだろう。
「くそっ……どうして水なんかを……」
「やっぱり水は苦手なんだね」
「んなこと、どこで知りやがった」
「今教えてもらったんだ。金剛寺くんの本当の能力についてをね」
零斗がそう言いながら再び手から水を流れさせると、つい先程まで攻めの姿勢だった彼の腰が引けてしまった。
別に彼自身は水が苦手なわけではない。今の彼が苦手なだけである。
金剛寺の能力は『ダイアモンドボディ』と言い、本人はそれを鉱石の硬さまで自分の体を硬化されることが出来ると言っていた。
しかし、主人公クラスに入るために日々研究をしていた紅音によれば、それは体の硬さを変えるだけではないらしい。
金剛寺が『ダイアモンドボディ』を使った際、時々周囲で機械に異常が発生したり、磁石が窓際に吸い寄せられるということがあったのだ。
それはつまり、彼の能力は体の硬さだけではなく、体の材質まで変えているということ。
「遅いと挑発された金剛寺くんは思ったはずだよ。こいつくらいなら、軽い鉱石に変化しても倒せるって」
「ぐっ……」
「軽いけど攻撃力のある鉱石としてまず思い浮かぶのが鉄。君ならそれに変化すると予想出来た」
「ぜ、全部バレていただと?!」
「そもそも、金剛寺くんって鉱石と聞いて何を知ってるの」
「えっとな、金だろ、銀だろ、ダイアモンドだろ、あと鉄だ。4つも知ってるなんてすごいだろ」
「……やっぱりね」
紅音が見せてくれたメモの最後には、彼の異能力以外についての情報が一行だけ書かれてあった。
『
それを見て悟ったのだ。世の中に鉱石は数あれど、戦いのことしか考えていない彼が思いつくものなんて鉄しかないと。
そして思惑通りに変化してくれたところで、水をかけて錆びさせようとしたのだ。
全身が鉄になった彼にとって水を浴びることは害でしかない。これが威力最弱の零斗に出来る最大の反撃だった。
「くそっ……こうなったらダイアモンドに……」
「それはやめた方がいいと思うな」
「どうしてだよ」
「えっと、ダイアモンドは重いからさ」
「そうなのか?」
「ダイアモンドより軽い金属で追いつけない相手に、体が重くなって捕まえられるわけないよ」
「それもそうだな……」
意外にも納得したように頷く彼に、零斗は心の中で密かに謝る。
ダイアモンドは硬いというイメージから重いと勘違いしている人も多いが、実は同じ大きさなら鉄よりも軽い。
彼は金剛寺の頭の悪さを利用して、反撃の方法を持ち合わせていないダイアモンドに変化するのをやめさせたのだ。
それもこれも、一度水をかけられたことで少し冷静になってくれたおかげである。
騙すようなことをするのは心苦しくはあるが、全ては自分の命のため。さっさとシステムに続行不可と判断させて切り上げよう。
「それより、強い金属があるんだけどそれに変化してみない?」
「なんだ、やけに親切だな」
「オスミウムって言うんだ。すごく希少な材料なんだけど、なってみてくれない?」
「頼まれちゃ仕方ねぇ。俺のすごいところは、名前だけ知っていればその材料に変化できるところだからな」
怒りが引っ込んで来た金剛寺は案外良い奴なのかもしれない。得意げな顔で了承してくれると、拳を強く握り締めながら意識を集中させた。
それから数秒後、見事オスミウムに変化した彼は両腕をだらんとさせた状態で明らかに踏ん張っているではないか。
それもそのはず、オスミウムは同体積の物質の中で最も重いと言われている物質。人間と比べるのは愚か、鉄の3倍以上だ。
それが巨漢である彼の体全てがそうなれば、何とか立つことは出来ても腕を持ち上げるのはそう簡単ではない。
金剛寺の弱点は鉄になった時に水を避けなければならないことだけではなかった。零斗は彼の足の速さが変わった時に気がついたのだ。
体が鉱物に変化したとしても、重さや硬さが変わっただけで筋力が上がるわけでもないという部分が一番の弱みなのだと。
「ま、待て……体が重すぎて力が入らない。これだと能力を解くことすら出来ない! お前、騙しやがったな!」
「負けを認めたら先生が助けてくれると思うよ」
「俺がそんなことをするはずが―――――――」
「じゃあ、永遠にそこで立ち尽くしてるといいよ」
「……わかったわかった、俺の負けだ。喧嘩なんて吹っ掛けて悪かった」
「本当に反省してる?」
「もちろんだ。だから先生に助けるよう言ってくれ」
零斗も嫌な目に遭ったとはいえ、謝っている相手をいつまでも痛めつける趣味はない。
ここは
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