第6話 さっきの敵は今の友

 あれから十数分後、オスミウム金剛寺こんごうじを軽々と持ち上げた槍沼やりぬま先生によって、彼は何とか能力を解除することが出来た。

 一言で異能力者と言っても能力の発動方法にはいくつも種類があって、零斗れいとのように念じるだけでいい人もいれば、金剛寺のように拳を握りしめるという動作が必要になる者もいる。

 これは初めからそうである人もいれば、訓練で変えることができる人もいるらしい。

 今回の勝利はその発動条件という穴に漬け込んだおかげでもある。少なくとも次に決闘する機会があれば、同じ手は通用しないだろう。

 そんなことを考えながら自分の席でボーッとしていた彼は、後頭部を擦りながら教室に入ってきた巨漢から反射的に目を逸らす。

 いくらボコボコにされない為とは言え、勝負の最中についたいくつもの嘘を怒らないはずがなかった。

 おまけに異能力レベル1の生徒に負けた主人公というレッテルまで貼ってしまったわけで、クラスメイトの中には彼を見てニヤニヤする者も少なくない。


「金剛寺、負けたんだってな」

「……ああ」

「あれだけ大口を叩いてたんだ。底辺様はどんな命令を下すんだろうな、楽しみだぜ」

「……」


 一人の男子生徒の言葉に、金剛寺はこちらに視線を向けながら表情を歪めた。

 何しろ今回の決闘は彼から一方的に仕掛けた上、先生を通したより正式なもの。

 零斗が逆立ちをしろと言えばするしかないし、ワンと鳴けと言われれば鳴く他ない。それほどまでに強制力のある制度なのだ。


「さて、初日から騒がせて悪かったわ。決着も着いたことだし、約束通り金剛寺には罰を受けてもらおうかしら」

「……佐藤さとう、何でも言え。覚悟は出来てる」


 そう言いながら目の前まで歩いてきた金剛寺は、覚悟を決めたように目を閉じる。

 どうやら負かせたことも嘘をついたことも、この場で怒るつもりは無いらしい。

 やはり、彼は勝負をしかけた時に頭に血が昇っていただけで、馬鹿だけれど本当は真っ直ぐで良い奴なのではないか。

 そう感じた零斗は自分の目線よりも少し高い位置にある顔を見つめると、ひとつ深呼吸をしてから右手を振りかぶり―――――――――――――。


 ペチン!


 強めのビンタを左頬へと叩き込んだ。

 ただ、力の弱い彼では筋肉質な金剛寺に少しも痛みを与えることが出来なかったようで、何が起きたのか分からないと言いたげな顔で見下ろされる。


「さっきは殴られそうになって焦ったよ。今のがそのお返し、これで和解ってことにしよう」

「……は? 俺はお前をもっと酷い目に遭わせようとしてたんだぞ?!」

「僕だって金剛寺くんの体を錆びさせようとしたし、嘘をついて騙した。真剣勝負らしくない戦い方だったって反省してる」

「さ、佐藤、お前ってやつは……」

「それに、口ではあんなこと言いながら手加減してくれてたんだよね。そうじゃないと僕があんな攻撃を避けれるはずなんてない」


 最後のはあくまで体感でしか無かったが、照れたように鼻先を擦る彼を見る限り、やはり倒す手段のない相手を一方的に殴るつもりはなかったようだ。

 金剛寺によれば、怖がらせてリタイヤをさせるつもりだったものの、予想以上に零斗がしぶとかったとのこと。


「俺、努力でこのクラスに入ったんだ。だから、レベル1のお前を見てついカッとなっちまって……」

「気持ちはわかるよ。僕だってここに配属された理由が分からないんだ、ついていける自信もないし」

「大丈夫だ、迷惑をかけた詫びに困ったことがあれば俺を呼んでくれ。他のやつに喧嘩を売られた時には盾になってやるよ」

「それは助かる。いつ別のクラスに飛ばされるか分からないけど、それまでよろしくね」

「おう!」


 こうして零斗にとって(腐れ縁の幼馴染を除いて)このクラスで初めての友達が出来たのである。

 しかし、円満に解決して満足げな槍沼先生や、パチパチと拍手をしてくれる生徒たちとは他に、この生温い結末に不満を抱いているものがいることを彼らはまだ知る由もなかった。

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