第3話 主人公の集まる場所で

「本当に主人公クラスに来てしまった……」


 桜華異能学園高校では、出席確認を自分の教室への入室時に行っている。

 というのも、それぞれに配布されている学園デバイスというスマートフォン型の電子学生証をドアにかざすことで認証されるのだ。

 もちろん他のクラスの生徒でも自由に出入りはできるが、彼らがデバイスをかざした場合はブーという音が鳴るらしい。

 それをつい先程試してみた零斗れいとは、無事に『オハヨウゴザイマス、佐藤さとう 零斗れいと』と名前を呼ばれたということは……。


「僕はこのクラスで間違いないんだ」


 確かに電子生徒証にも配属が主人公クラスと書き換えてあるし、購買のパンが半額で買える特権クーポンとインストールされてはいるが、やはり未だに信じられない。

 いや、信じられないというよりも普通に考えてありえないのだ。何せ主人公クラスは異能力のエリートが集まる場所。

 1から10までの10段階で判定される異能力レベルの中でも、最弱である1という数値を与えられた自分がここにいるのは場違いすぎる。

 そんなことはわかっていても、席まで用意されているとなれば勘違いでも幻覚でもないことは明らかだった。


「きっと何かの手違いだよ。先生たちが書き間違えたんだ」

「私もそう思いたいわ。異能力レベル7以上が集まる教室に1がいるなんて、人によっては舐められてると感じても仕方ないもの」


 紅音あかねがそう言いながら指を差した先を見てみると、黒板に貼られていた生徒名簿を掴む手を震わせながら険しい顔をしている男子生徒がいた。

 身長は180くらいあるだろうか、細身だから高く感じるだけかもしれない。

 金色の短髪をオールバックにしていて、明らかに不良寄りの人間だとひと目でわかった。

 彼は名簿をクシャクシャに丸めて放り投げると、こちらをキッと睨みつけて歯を食いしばる。

 それから無駄に大きな足音を立てながら零斗の目の前までやってくると、突然胸ぐらを掴んで大声で怒鳴り始めた。


「貴様がレベル1のくせに主人公クラスに紛れ込んだ羽虫か」

「僕はいつから自分が人間だと錯覚していた?」

「……ふざけてんのか?」

「いや、僕もおかしいと思ってたんだ。先生に確認するからそれまで待っててよ」

「うるせぇ、今すぐ出ていけこの雑魚が!」


 男子生徒が腕を振ると、まるで軽いボールを投げるかのように零斗の体はあっさりと教室の外まで飛ばされてしまう。

 ガチ主人公クラスの人間に、雑魚主人公が抵抗すらできるはずもないのだ。

 彼の体はそのまま壁に激突――――――する直前、走ってきた何者かによって受け止められる。

 優しく背中に触れる柔らかい感触、ふわりと漂ういい香り、そしてちらりと見える黒タイツ。これは間違いない。


「あ、ともちゃん先生」

「ともちゃん言うな。槍沼やりぬま先生と呼べ」


 去年、異能力の歴史について教えてくれていた槍沼やりぬま 智子ともこ先生だ。

 彼女は今年から主人公クラスの担任になることが決定していて、偶然にも零斗たちの喧嘩の声を聞いて走ってきてくれたらしい。

 もしも受け止められなければ、壁も零斗もタダでは済まなかっただろう。それを片手でキャッチした先生も末恐ろしいが。


金剛寺こんごうじ、初日から暴力とはいい度胸だな」

「せ、先生……だって、そいつが主人公クラスなんておかしいだろ。俺たちみたいな才能もねぇってのによ!」

「クラス分けは学園長に一任されている。今からでも変えることが出来るが、その場合問題を起こした生徒のランクが下がるだろうな」

「ぐっ……」


 先生は零斗を立ち上がらせながら曲がった襟を直してくれた後、「まあ、お前が不満に感じる気持ちも分かる」なんて頷きながら教室に入っていく。

 それから前方の教壇へと上がると、深いため息をひとつ零してから大きな声でこう宣言した。


「よって、異能力による決闘を許可する。金剛寺が勝てば佐藤の件を学園長に確認してやろう。ただし、負けた場合は分かっているな?」

「もちろんだ。こんな奴に負ける方が難しいっての」


 二人の間だけで勝手に進められていく会話に、置いてきぼりにされた零斗がざわざわと騒がしくなり始めた教室内で頭を抱えたことは言うまでもない。

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