第99話 信じる者は救われる……?

 苦しそうにもがく堕天使ルシアに、零斗れいとは這いつくばりながら近付いていく。

 彼は必死に瓦礫を押しのけ、無理なものは他の反主人公アンタゴニストたちに手伝ってもらいながら、ぐったりとしてしまった彼女を引っ張り出して抱えた。


「イタイ……クルシイ……」

「もう大丈夫だよ、みんな来てくれたから」


 ポタポタと垂れる血が零斗の服にも染み込んでくる。でも、そんなことを気にすることなく、彼は彼女を慰めるように優しく撫で続けた。

 もうこの腕を振りほどくことも出来ないらしい。彼女の体には力が入っていなかったが、零斗には伝わってくる鼓動がどこか安心しているようにも感じられる。


「今、終わらせてあげるから」


 そう口にした彼は堕天使を床に寝かせると、剣を握り先端を彼女の心臓へと向けた。

 これを突き立てれば、いくら変異している彼女でも死んでしまうだろう。

 トドメを刺す覚悟で戦っていたはずだと言うのに、いざその瞬間を迎えれば手が震えて仕方がない。

 自分の手で、仲間だと言ってくれた人の命を奪う。頭では理解していたつもりでも、心がまだ追い付いていなかった。


「おい、無理するな。お前がやれないなら俺が……」

「……大丈夫、僕がやるよ」


 爆弾魔ボマーの言葉に首を横に振り、深呼吸を2回繰り返す。

 少し手の震えは収まってきたが、その代わりに涙で視界が歪む。その涙は瞳からこぼれ落ちると、紅の剣を伝って下へと向かった。

 そして、ようやく覚悟を決めて振りあげようとした瞬間、振動で刃を離れ堕天使の傷口へと落ちる。

 その直後、彼女は突然苦しそうにもがき始めたかと思えば、今度はスッと起き上がって虚ろな目で室内を見回し、そして――――――――――。


「オロロロロロ!」


 吐いた。それはもう、体の中に溜まっていたどす黒い物体をこれでもかというほど豪快な勢いで。

 それを3回ほど続けた後、口の中に残った違和感をペッペッと吐き出して振り返った堕天使の顔は、いかにも健康そのものという表情だった。


「ふぅ、スッキリしました」

「……は?」


 これには零斗含めその場にいた全員が唖然とする。だって、殺すか生かすかの瀬戸際だったはずの人間が数秒でケロッとしているのだから。

 本人にどういうことなのかと問い詰めてみれば、彼女自身にも分からないとのこと。

 ただ、傷口に何かが染みたと思った瞬間、体の中で自分と自分で無いものが分離する感覚があったらしい。

 おそらく、それが今吐き出した黒い物体……研究によって注入されたマナの塊なのだろう。


「染みたって、僕の涙のことかな」

「分かりません。でも、それ以外に思い当たる節がないならそうだと思いますが……」


 堕天使の言葉に、ふと戦闘が始まる前のことを思い返してみる。

 彼女と同じく変異した巨犬は、血を舐めたことで治った。涙は血が元になってできたものであるため、効果が同じだった可能性は高い。

 体内に涙や血を混入させるだけでいいなんて、もっと早く分かっていれば傷つけあう必要もなかったというのに。


「というか、斬ったところは大丈夫なの? すごい血が出てたと思うけど」

「ああ、これくらい平気です。痛いは痛いですけど、瓦礫の方がよっぽど痛かったですよ」

「それならいいんだけど、病院……は反主人公アンタゴニストは行けないよね。どうやって治療すればいいんだろ」

反逆者レネゲイドの傷もまとめてオレが治してやるよ。主人公プロタゴニストから盗んだ治癒能力がまだ部屋に保管されてるはずだ」

「ありがとう。助かるよ、天邪鬼アマノジャク

「ありがとうございます!」

「……ふん。反逆者はともかく、堕天使はついでだからな。感謝しろよ」

「ふふふ、天邪鬼さんはその名の通り天邪鬼ですね」


 クスクスと笑う堕天使につられ、全員が笑顔に包まれる。もちろん、表情が分からない者や無表情のままな者も数名いたが。

 それでも、みんな仲間を失わずに済んだことを心から喜んでいることは確かだった。そして。


「ところで、堕天使」

「なんですか、爆弾魔」

「お前、反逆者の前ではそういう話し方するんだな」

「……っ?!」


 いつもの厨二的言葉遣いとは違うことを指摘された彼女にとって、その一言が戦闘で受けたどの傷よりも深かったことはまた別のお話である。


「……やはり、にはまだ利用価値があるわね」

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