その10 シャルティアさまーがんばえー!!

 スーパーなんとかビームライトを通して、全てのビームライトへ声を届ける。城下町や学園全てに、フラウの声が響いているのだと思うと、なんだか変な気分。


『シャルティアさまーがんばれー!!』


 ここからは単純だった。

 ただひたすら繰り返し、メルクリオの住民が声を上げるのを待つだけ。


『シャルティアさまーがんばれー!!』


 大きく真っ直ぐな……シャルティア様を見習うように、凜とした声を伝える。

 二度、三度と繰り返している内……隕石が迫ったことによって夜よりも暗くなった街に幾つもの灯りが発生していく。一つが二つ、二つが四つ、四つが八つで、八つが十六……乗算的に増えていく光は、すぐに視界に映る城下町全てに満ちた。


(綺麗……)


 今、メルクリオという国の一番高いところから国全体を見渡している。月も星もなく、暗黒のような絶望の影に覆い尽くされていたのが……今は、想いによって灯る光が国の全てに満ち満ちている。


 地に満ちる光は全て希望。


(多分、死ぬ瞬間に思い出す景色って、これなんだろうな)


 なんて、今にも死にそうな状況で考えてしまうだけ、案外フラウにも余裕があるのかも知れない。


『シャルティアさまーがんばれー!!』


 なら、その余裕を振り絞るように声を上げる。


「「「シャルティアさまーがんばれー!!」」」


 いつしか、声が幾つも重なり……王城の頂点にまで届くほどの大きなうねりとなっている。大地の光が振られ、声が十重二十重に重なる。

 ただ一人、シャルティア様への応援となって。


「わっ!?」


 体勢が崩れて、尻餅をつく。ライトとカンペは手放さないように、転げ落ちないようにへばり付く。

 力の奔流が、応援の声に呼応するように膨れ上がり……ビームの出力が、フラウの目に分かるほど跳ね上がり、余波だけで体勢が崩れた。


(あのライトを媒介にしてみんなの魔力を集めて……!?)


 光が暗闇を塗り替えていくほど、声援が悲鳴を押し潰して幾度、希望への願いが強くなればなるほど、ビームもまた呼応していた。一人一人はか細くとも、それを束ね、増幅することで不可逆を打ち破ろうとしている。

 意図の分からない脈絡が掴めない指示も……全てが全て繋がる。


『みんなの想いのお陰で、少しずつビームも強くなってきたみたいっ。でも、まだ足りてないのっ』


 もう、カンペなんて必要なかった。メルクリオという国の想いの強さが、未来を左右するというのであれば言葉なんて、幾らでもあふれ出てくる。


『もっと、もっと大きな声で、強い想いを込めて、シャルティア様を応援してっ』


 アドリブ……いや、心からの言葉をライトに向かって……国中に向かって投げかける。

 声はメルクリオの本島だけではなく……海を挟んだ周辺島からも届く。


 身分も、地位も、生まれも、育ちも。貿易国であるがため、全てが全て違うメルクリオという国の想いが、一つになっていた。


「「「シャルティアさまーがんばえー!!」」」


 文字通り降って湧いた天災に対して、国の想いを一身に受けて運命を乗り越えようとするシャルティア様の在り方はまさしく英雄。


 声援が最高潮に達したことで、隕石の進行は完全に停止。

 ピタリ、空中で縫い止められたかのように動かない。


『皆様の声、きっちり届きましたわっ』


 目の前に居るシャルティア様の声が、マイクから聞こえた。不思議な出来事に一瞬目を丸くするけれど、すぐに思い至る。


「ビームを通して声を送ってるって言ってたから……」


 つまりは、ビームを放っている本人は当然のように声を送れる。もう、シャルティア様の為すことに驚きはしない。


『わたくしが、あの無礼な石ころを弾き飛ばして見せますから、しっかり見ておきなさいっ』


 絶望も、辛さも、苦しみも。負の要素を一切感じさせない、背筋の伸びる凜とした声が届き……シャルティア様を包むような稲妻が何度も何度も走る。

 そして、くすんだ灰色の髪が、見るも眩しい白金の輝きを放ち、所々逆立っていた。


「破ァアアアーーーーーーー!!」


 白金の髪が輝き、スパーキング。瞬間。

 隕石に対し小枝のようにか細かった光線。

 それがいまや、樹齢千年を超える大木のような柱となって天へと伸びる。


「綺麗……」


 余波は周辺島全てにまで及び、王城……特にフラウ達の居る主塔なんてクッキーのようにボロボロと崩れている。大地が揺れ、空が塞がっていて、大気が鳴動しているのに……ちっとも気にならない。

 ビームの直径が十倍……いや、五十倍ほどに膨れ上がっている。面積だけで言えば、隕石の方が大きくとも、ぐんぐんと伸び続けるビームに対して押し上げられていく。


 過剰な魔力反応が一因なのか輝く白金の髪を強く靡かせるシャルティア様。

 苛烈を通り越して……荘厳で、美しい。


 気付けば、塞がっていた空の端に……青の輪郭が戻る。


「シャルティア様……」


 ビームの出力は少しも落ちることがない。崩れる主塔から落とされないように、シャルティア様に近づいて、近づいて……ギュッとしがみつく。


「シャルティア様、頑張って下さいっ」


 カンペではない。誘導のためでもない。フラウとしての、心からの応援だった。


「勿論、ですわっ!!」


 隕石を押し上げていく真っ直ぐな光の大樹。

 島を覆っていた影はいつしか、街を隠す程度に萎み。


『シャルティアさまーがんばれー!!』


 城に影を落とすほどに小さくなり……


「落ちてくる場所が悪かったですわね」


 そして、豆粒ほど小さくなり見えなくなった。


「これでフィナーレですっ」


 見えなくなってから数秒後……カッと空に閃光。

 青い空と太陽を取り戻した空に、もう一つの太陽。


 さっきまで、国一つを跡形もなく押し潰そうとしていた天災は、遙か遠く空の彼方にて特上の花火へと生まれ変わった。

 その花火は、メルクリオが未曾有の大災害に対して殆どの被害を出さずに乗り切ったことを告げる希望の証明だった。


 国が震えた。理由は単純。

 隕石よりも大きな歓喜によって。


「は、はぁ~~~~~……良かったぁ……」


 ビームを撃ち終え、光を放っていた髪もいつも通りマットグレーに戻っているシャルティア様に抱きついたまま、へなへな……腰砕けにその場に座り込む。

 主塔から見下ろす国は、どれだけ離れていても分かるくらいに大騒ぎ。誰も彼もが大声を上げ、涙を流し、喜びを抑えきれずに抱き合っていた。

 どこかの飲食店の店主が何かを思いついたのか……店中に入って、すぐに出てくる。大きな大きなトレーを持って。その上には、お酒や、食品が乱雑に盛られている。

 喜びに打ち震えていた住人の一人が仕事なんて即座に放り出して店主に駆け寄り……値段も見ずに大量のお金を支払い我先にと呑み始めた。

 そこからはもう堤防が決壊したかのよう。

 他の飲食店も商機と見たのか、片っ端から店のものを引っ張り出して即席の露天を展開し……住人は一刻も早くこの宴に狂いたいのか、雨あられのように売れていく。商人も叩き売りのようになんでもかんでも売りに出し、劇団は路上で勝手にストーリーと尾鰭を付けて今の出来事の即席劇を演じ、踊り子はパレードのように街道を踊り歩き、男女は乳繰り合い、子供はシャルティア様に憧れを向ける。


「お祭り、騒ぎ」


 これまで経験してきたどんなお祭りよりも、活気に満ちあふれていた。


「今日一日は収まらないでしょうね。まぁ、あとの収拾はお兄様たちがなんとかしてくれるでしょう」


 額に汗を滲ませ、軽く頬を上気させているシャルティア様。生の匂いを立ち上らせていて、艶っぽい。


「まさか、本当に民の魔力を束ねてしまうなんて……」


 迎撃するとなった途端、生み出されたライト。誰に理解されなくとも最速で布石を打つ。頭の回転と、それを実行に移せるだけの桁外れの実力。本当に、この人だけ生きている世界が違う。


「え? そんなことしてませんわよ?」

「え?」


 押し返すには出力が足りない……それを、外から持ってくるための舞台装置があのライト。

 そう思っていたのに、当の本人は顔いっぱいにハテナマークを浮かべている。


「じゃ、じゃあどうやってビームを強くしたのですか……?」


 フラウの予想は、大いに的外れだったみたいで。

 シャルティア様が深呼吸を一つ。体温を上げた肺から漏れ出る吐息とセットで伝えられる正解を知りたくて、耳を澄ませる。


「気合いですわ」


 クソクイズだった。


「それなら、あのライトの役割って?」

「光ります。あと、声が届きます」

「他には?」

「ありませんわよ?」


 開いた口が塞がらない。


「だって、普通に押し返してもつまらないでしょう? また公爵令嬢が何かやってる、で済まされるのが目に見えてますもの」


 なにか凄い大事な1ピースなのだと思ったら、本当になんでもない記念品。


「何より、ムシャクシャしてましたので気持ちよくなりたかったのです」

「王城の……態々、一番上まで来たのって……」

「目立つから」

「ですよね……」


 そんなペラッペラな理由のために、フラウは強引な侵入を図り、お縄されそうになったのかと思うとやりきれない。

 本人はスッキリしたいが為に、遠回りをした結果……シャルティア様は救国の英雄として国中がどんちゃん騒ぎ。事実、偽りなく国を救っているのだから、何も文句が言えないので性質が悪い。

 フラウの後から聞き返せば恥ずかしくなるようなアナウンスは一体なんだったのかと問えば、シャルティア様が気持ちよくなるためだけという答えが返ってくる。

 なんかもう感謝に呆れと憧れと。あと怒りみたいなあらゆる感情が一斉にまぜこぜになって……がっくり。力が抜けた。


「さて、じゃあ約束のお代を頂きましょうか」

「へ?」

「あなたの性癖に付き合ってあげたでしょう?」

「あ」

「まぁ、わたくしが運べと言ったのが遠因でもあるので、無茶はいいませんわよ」


 思い出した。

『幾らでも嗅いでも許してあげます。ですから、頑張ってくださいまし。ただし、後でお代は請求させて頂きますわよ?』

 存分に堪能していたことを。

 でも、もうお腹いっぱい。まさかのネタばらしに今日一日の疲労やらが押し寄せて残っていた知性は完全崩壊。


「やはり、婚約破棄をわたくしがされる側というのが気に入りませんわね」


 もう話なんて聞いていなかった。こんなにも色々なことが短い時間に起こったのに、今更、婚約破棄の話に頭を巻き戻すような切り替えスイッチなんてついていない。

 頭はふらふら。情報でいっぱいいっぱい。早く帰ってぐっすり眠りたい。


「というわけで、フラウさん。あなたをわたくしの新しい婚約者に任命いたしますわ」

「はぁ」


 何を言っているのか意味不明だった。

 フラウは考えるのをやめた。




 次の登校日、学園にてシャルティア様がリオルネウス第一王子に向かって

『フラウさんと婚約しましたので、リオルネウス第一王子との婚約破棄をここに宣言いたします』

 と全校生徒に言い放ってから、最悪の空返事をしたことに気付いたのでした。貴族と平民だとか同性だとか……そんな道理はシャルティア様にとっては些細なことだったみたいで。


「でも、まんざらでもないでしょう?」


 と言われてしまったので


「……まぁ」


 と、口ごもることしかできなかった。


 余談になりますが、この日以降、メルクリオでは毎年この日は、一人の公爵令嬢が天を押し返した日として、天討祭……通称、シャルティア祭として毎年、祝われるようになるのは後のおはなし。

 本人曰く『国民ビームの日』というネーミングにしてほしかったらしい。

 ださいと思う。

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ビーム令嬢 比古胡桃 @ruukunn

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