その6 逃げんの?
あんまりにも、あんまりにも……理不尽!!
フィルナンド様は同情してくれているが、助けの手は差し伸べてくれそうにない。
王子たちに協力すればシャルティア様の怒りを買う。
かといって、協力しなければ不敬罪をでっち上げられて罰せられる。
前門のビーム、後門の王族。
怒りと理不尽と、どうしようもない状況に震える。いろいろな感情が重なりあう。
あー、もう。もうっ。
もう!!
「わかった!! わかりましたよ!! やればいいんでしょ、やれば!! シャルティア様に振り回されてる被害者と思ってたのに!! こんの鬼畜王子!!」
もう、どうにでもなーれ!!
「よし、フィル。彼女も快諾してくれたぞ!!」
「……フラウ嬢とやら、コレ(王子)とアレ(シャルティア)の埋め合わせは出来る限りなんとかするから、まぁ……許してくれ」
「全然、怒ってませんけど!! ぜんっぜん!!」
こうなってしまえば後は野となれ山となれ。
どうしようもないなら開き直ってやる。
挟まれていた状況。二人を両手で押しのけて、歩み出る。
そして、たったのはシャルティア様が真っ直ぐ見下ろした先に位置する正面。
背筋を伸ばして見上げる。
「シャルティア様!! お願いですから、手を貸してくれませんか!!」
大きく声を張る。
間違いなく、今、広場で一番注目を浴びているのはフラウ。
ばーか。
「助けたいのは山々ですが、わたくしにはその資格がありませんもの」
フラウのお願いも当然通用せず。よく知った兄からの意固地という評価は正しく的を射ていた。
この反応は想定内。
そして、問題はこの次。
出来れば言いたくない。いや、絶対に言いたくない。ただ、もう言うしかないのだ。
ゆっくり鼻から空気を吸い込んで、口からふぅーっと吐き出す。
覚悟(開き直り)完了。
「逃げんの?」
「あ?」
こっっっっっわ。
「逃げんだ」
「あ、アナタ……この公爵令嬢に向かって無礼にも程がある」
「逃げるんだ」
「はぁぁーーーー???????」
ピキピキピキ。青筋がこめかみに浮かんでいる、気がする。
「自分が何を言っているか分かって」
「逃げんの」
「だーーーーーーーれが、逃げるですってぇ!?」
「逃げんの?」
「全然ッ? 生まれてこの方一度も逃げたことありませんが!!?」
「逃げるんですね」
「この常勝不敗、天下無双を体現したこのわたくしに向かっていい度胸ですわね!!」
王子から頼まれた内容は単純明快。
言葉を覚えたばかりの子供でも出来る簡単な内容。
――『逃げんの?』ただ、これをシャルティアに言い続けてくれ。
ただ、それだけだった。
効果はテキメン。
「逃げんの?」
「やってやろうじゃありませんか!!」
勝手に会話が成立して、勝手に交渉が完了した。
「えぇ……えぇ!! それでは、見せてさしあげますわ!! ビームという束ねられた力の奔流、その極地を」
「逃げんだ」
「いやだから逃げないって言ってるでしょうが!!」
とりあえず、王子たちに任せられた仕事は完了した……と考えて良さそうだ。
「……一時間、いえ、無駄な時間を過ごしましたから、残りは半時間ほどと見ていいでしょうね」
「逃げ「もういいですわ!!」
逃げないらしい。
「……下準備と、行きましょうか」
シャルティア様は掲げていた光球をつかみ取り、言の葉を紡ぐ。同時、光球は霧散し、幾重もの魔方陣が背に展開され……帯へと形を変え、まるでドレスみたい。
魔法帯のドレスを纏ったのは一瞬。すぐに弾けて光の粒子となって目を奪う。メルクリオ随一の名花が、美麗な魔法を振るう。
幻想的な光景、その余韻に浸る……間もなく、広場の中心、石造りのちょっとしたお立ち台に光の粒子が降り注ぐ。
光に包まれ、形を変えていく。
そして、光が収まった先にあったのは……謎の棒。それも大量に。持ち手は桃色、その先には星形の白い石のようなものが拵えられている。
一般的な属性魔法……とはいっても、ここまで細かい物を大量に用意するのは並の術者には出来ないだろう。
なんだこれ。
「今から、皆様には二つお願いいたします」
全員が、謎に意匠の凝った小物に視点が吸い込まれ、頭に疑問符を浮かべている。
なんだこれの大合唱。
「この中で最も速く、王城までわたくしを運べる者は誰でしょう?」
お願い、と言いつつ飛び出してきた問いかけ。更に重なる疑問符。普段はプライドの高い人が多い魔法学園だが、この緊急事態に生半な覚悟で、公爵令嬢を送り届けると声を出す者は居ない。
「まぁ、俺の馬が無難に早いだろうな」
そう、兄であるフィルナンド様が立候補し……誰も異議を唱えない。
騎士団の有力株であり馬術の名手。乗る馬も、国内随一の名馬と名高い。
だが、誰も異を唱えないのなら……これ以上、早い移動手段が挙がらないのであれば、手を挙げなければなるまい。
「あ、あのー……私の方が早いかなぁ、と」
おずおずと手を挙げる。
再び、視線の全てが集まる。先ほどは、無理矢理やらされたという大義名分(言い訳)が立つけれど、今度は自分から。別種の居心地の悪さで、腰と背中の境目あたりが、むずむずする。
「……その心は?」
フィルナンド様よりも早い。馬よりも早く移動できるのは、魔導車くらいのものだが……整備されていない道や、狭い道を駆けるのには些か向いていない。王城までの市街地を抜けるには向かない。
なにより、そんな便利な物、いまここにはない。
「えっと、私が走った方が早い、です。固有魔法の関係で」
「不躾で済まないが……キミの固有魔法は?」
固有魔法というものは、魔力を大量に有していながら、魔法を使わずに吐き出さずに溜め込んだ末に稀に発現する魔法……というか一種の疾患である。
状況によって偶然、発現するので……過去を掘り下げるのと同様で、興味本位で聴くのは失礼にあたる。
まだ魔法というものが発見されず、技術体系として育っていない過去はこの固有魔法持ちが英雄視されていた。
ただ、固有魔法は発現に個人差があるうえ、応用が利かない。きちんと磨き抜かれた技術ではないので、普通の魔法にも劣ることが往々にしてある。
「自己回復です」
そんな中、フラウに発現したのはオーソドックスな自己回復。ありふれた固有魔法。
「移動に特化しているワケではなさそうだが……?」
ただし、発現した状況が状況だったから……自分自身を回復……いや、再生させることに関しては、かなりのもの、だと思う。
「筋肉って、傷ついて再生することで強くなるのは分かります?」
「あ、あぁ」
逆に、人の傷を癒やしたり、軽い傷を癒やしたりするのには向いていない。
本当の意味で『死にかけた時』にしか本領を発揮しない。
「あなたの言うことは理解しましたわ。決まり、ですわね」
流石シャルティア様。誰よりも理解が早い。超速理解令嬢。
「一般人だと二度と立てなくなるような、骨が砕け、筋肉が一つ余さず千切れるようなことを何度も繰り返していたのでしょう」
「あ、はい。生きるのに必死で、いつの間にか……」
追い込まれていたというのもあるが、気付けば身体能力が人間離れしていた。
そんな馬鹿な……と珍しい動物を見るかのような視線が集まってくるけれど、シャルティア様が納得しているのなら、と誰も口には出さなかった。
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