その7 ミラクルハイビームライト(入場者特典)

「さて、もう一つの頼み事はここに居るみなさんで『ミラクルビームライト』を可能な限りの人間に行き渡るようにしてください」


 空気なんて全く読まないシャルティア様は話をぐいぐい進める。

 ミラクルビームライトってなに?


「こ、これのことか?」


 リオルネウス様が恐る恐る、近づいて『ミラクルビームライト』とやらを手に取る。よくよく見ると玩具みたい。


「あ、やっぱり国を救うほどのビームを放つのですから『ミラクルハイビームライト』にしますわ」


 まぶしそう。


「……何か意味があるんだな」

「説明は長くなるので省きますが、それがあって初めて、迎撃が出来ると言っても過言ではありません。移動の最中、街中でも生成いたしますので、可能な限り大勢の方に行き渡らせてください」

「分かった……信じるぞっ!!」

「わたくし、期待を裏切ったことはありませんの。時間は待ってくれません、今すぐ動いてくださいなっ」


 刻一刻と迫ってくる時間、シャルティア様の奇天烈な発送に毎回毎回質問をしていては、時間がいくらあっても足りない。ここまでで、時間を無駄遣いしすぎてしまったとも言える。

 シャルティア様が本気で準備を始めたことで、弛緩していた空気に緊張感という糸が張り巡らされ、リオルネウス様とフェルナンド様が陣頭指揮を執って、『ミラクルハイビームライト』とやらを学園内、ひいては王国内に行き渡らせるように指示を出す。

 誰もが、その声に反応し、従っている。率いる者としての性分が、遺憾なく発揮されていた。


「フラウさん!!」

「は、はい」


 凜としたハリのある声で呼ばれ、本能的に背筋が伸びる。先ほどまでのフニャフニャしていた雰囲気とは一転。切り替えが早すぎて、ついていけない。


「両手の掌を上に向けて、腕を前に出しなさいっ」

「わかりましたっ!!」


 わかっていない。勢いだけで返事をした。


 ぽすっ。軽い音と共に、視界が一瞬遮られて……


「さっ、向かいますわよ」


 なんかもうちょっと間違ったら口付けしてしまいそうな距離に、とんでもない美人がいた。


「ど、ドぅぉえぇ!? シャルティア様!? シャルティア様、ナンデ!?」

「それ、淑女が出してはいけない声ですわよ。今後、要教育ということで留め置いておきましょう」


 フラウの出した両腕の中に、童話の中から飛び出してきた美少女が収まっていた。


「ほらっ、時間がありませんのよっ。道中で幾らでも説明してあげますから」

「うっっっっわ、すっごい……」


 羽のように軽くて柔らかい。

 ぶわりと、降りてきた時に膨らんだシャルティア様の匂い。紅茶のような芳醇さに、程よい甘みが、匂いの奥行きを演出。そこに、体温や汗と言った隠し味がエッセンスとなり、ただの“いい匂い“では終わらない、ナマ感となって、鼻腔を厭らしく撫でる。


「……えぇ、すご……」


 すんすん、と鼻を鳴らす。フラウを包んだ匂いが、幻ではなく確かにここに存在。今、嗅げるときに嗅いでおかないともったいない。


「あの、フラウさん?」

「あ、ちょっとだけ汗ばんでるのが、近づくと……」

「初対面のうなじに鼻を埋めるバカがいますかっ!?」


 気持ちはソムリエ。

 かっこよく言えば、フレーバースペシャリテ。


「やめなさいっ、こんの匂いフェチっ!!」

「ぬァッ!?」


 目に、光が突き刺さった。


「目がッ、目がァ……!!」


 ピカッと、シャルティア様の指先が光ったと思ったら全て見えなくなった。痛み……はほとんどない。


「威力はゼロ。光量も絞ってありますので、ご心配なく。数秒もすれば視力も戻りますわ」


 目に突き刺さった光……ビームによる影響は、言うとおり、数秒もすれば収まっていた。


「う、うぅ、取り乱しました」

「えぇ、かなりね」


 本来、フラウを止めるべきブレーキはここまでのやり取りや、突拍子もない状況によって壊れてしまっているみたいで。


「で、では、しっかり掴まってください」


 きゅっ、と腕の中のシャルティア様がフラウの背に両手を回す。

 やわらかっ。


「これくらい、でしょうか?」

「い、いえっ、全然、もっとっ……」


 ひっつくと暖かい。シャルティア様の慎ましやかな、わずかの双丘の形が分かるほどに密着。

 いい匂いの源泉も近づいてくる。源泉掛け流しとはまさにこのこと……?


「ここまで強く掴まる意味はあるのでしょうか……あなたの欲望じゃありませんわよね?」


 ぎくり。顔がこわばる。


「……否定は、できません。けど、危ないのも本当ですから」

「……であれば、仕方ありませんわね。実益も兼ねているのであれば、思う存分、ひっついてさしあげましょう」


 ぎゅーっと、普通の人だと痛さを感じるほどの力でひっつかれる。身体と身体の間には、数枚の布以外の隙間は存在しないほど。


「どれほど嗅いでも許してあげます。ですから、頑張ってくださいまし。ただし、後でお代は請求させて頂きますわよ?」


 さっきまで、フラウの人生を振り回していた公爵令嬢は、今度はフラウの性癖をねじ曲げてきていた。


「ま、魔性……!!」


 頭がおかしくなりそう。


「い、いきますっ」


 シャルティア様を抱きしめる腕と手にしっかりと力を込める。 

 背筋を伸ばし、深呼吸する。いいにおい。何か見返りを求められると分かっていても、抗えない。


 新鮮な空気が血液となって体中を巡り、フラウの体温を上げる。

 腕以外の力を液体のように脱力。地に引かれるまま、腰を下ろしていく。

 そして、膝が曲がりきった瞬間、解放。

 完全な脱力からの、爆発。

 最高速に到達した早馬すら、亀と勘違いする程の加速。

 踏み抜いた石畳は砕け散り、全身の筋肉は一気に全力稼働状態に。


「ひゃんっ!?」


 可愛い悲鳴だった。


「舌を、かまないように、喋るときは、口を開かないで、ください、ねっ」


 少し離れた王都に向かって、土を踏み抜きながら駆けていく。


「あの、どうして、王城へ?」


 重力によって生じる加重によって、更にフラウへとひっついたシャルティア様。体温と体臭を密かに味わいながら、気になったことを問う。

 今なら、第三者に聴かれることもないから、口が軽くなっていた。


「一番高いから、ですわ」


 フラウへひっついたまま、指先だけで魔法を編みながら器用に答えるシャルティア様。


「なるほど」


 空から落ちてくる隕石相手に、出来るだけ近づいて迎撃しようとするのは理に適っている。


 馬ではもう少し時間がかかる道でも、全力のフラウにはないも同然。すぐに、待ちの入り口へと差し掛かっていた。


「シャルティア様っ、もうすぐ、城下町ですっ」

「検問は突っ切りなさいっ。突入後、少しだけ、速度を落としてくださいまし」

「わかりましたっ」


 街への入り口には当然、憲兵が待ち構えており、検問を行っている。常日頃であれば、制服を見せ説明をするだけで簡単に通れるのだが……今は、その時間すら惜しい。


 ぐっと、更に足腰に意識を割いて……加速。


 疾風となって、門を、突っ切った。


 声をかける暇もないほどの加速をする。ただ、それだけ。


「さぁ、変わりなさいっ」


 街中……建物の屋根から屋根へと飛び移りながら、王城へと一直線。

 移動している最中、シャルティア様が魔法を行使。先ほど、学園の広場で生み出していた、ナントカライトとやらをそこかしこで量産していた。


 建物を飛び越え、文字通り一直線。止まることなく、城下街を突き進む。空気を壁に感じるほどの速度により、時間をかけることなく突破。

 続く、貴族街も当然のように憲兵を無視。

 シャルティア様に言われるがまま、突き進む。


「お、お城はどうします!?」


 普段、貴族街にすら滅多に近づくことのないフラウが、近づく王城にビビりながら聴く。

 答えなんて、わかりきっているのに。


「あなたの足なら、入城の説明なんて不要ですわっ。さぁ、駆け上りなさいっ!!」

「は、はいっ」


 止まるわけがなかった。


 走る勢いを落とすことなく、城壁を駆け上がる。そのままの勢い、中空へと飛び出した。

 見下ろすと、城壁の上や、内側には既に迎撃準備を整えつつある、最精鋭の騎士たち。


「し、侵入者っ!!」


 流石に、王城を素通りするのはムリ。

 フィジカルは兎も角、戦闘能力には自信がない。何より、突破するために殴りかかるような度胸、欠片も存在しない。


「お黙りなさいっ」


 シャルティア様が手を上空に掲げ……

 ゴッ、衝撃とともに閃光が空へ一条。


 迅速すぎるほどに迎撃態勢、王城を守護するエリートたちの動きが止まる。

 そして、指揮官らしき人が真っ先に武器を下ろしていた。


「やはり、派手な代名詞は便利ですわね」

「……そんなことできるの、シャルティア様だけですよぉ」


 国内外に轟くビーム令嬢の名はダテじゃない。 名乗ることもなく、公爵令嬢であると伝えることが出来るのだから。


 横やりが入ることもなくなったので、壁を蹴ったり、窓枠に足をかけたりしながら、駆け上がっていく。


 たどり着いたのは、城の中央に位置するがため、普段は誰も足を踏み入れることのない、主塔の天辺。

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