その5 泣いちゃった!!!
駆けつけてきたのはクレッセンセティアが長男坊且つ、王国直営の騎士団所属のフィルナンド=リルトリニル=クレッセンセティア……フィル様と呼ばれ親しまれている、シャルティア様のお兄様。
明らかに『只ならぬ』と語っていた表情。
普段は貴族平民、老若男女、誰に対しても分け隔てなく穏やかな表情のフィルナンド様が声を荒らげるものだから、よっぽどの事が起きているのだろうと何一つついて行けていないフラウも察することが出来る。
いや、その『只ならぬ』も空中に浮かんでピカピカ光っている妹を見上げて、塗りつぶされたのだが。
「シャル、今度は何を……いや、今はシャルの奇行の相手をしてる余裕はない」
「いや、その奇行で国が滅びそうなんですけれど」
「世界で一番かわいい妹よりも大事な用事がありまして?」
「とりあえず、そのピカピカを収めてくれませんか?」
「どこかの偉人が言っていましたは……偉大な者とは輝いて見えるものだ、とね」
「物理的に?」
もう、口から出てくる言葉を収める気はなかった。そうすることが、フラウはまだマトモだと確かめる手段。
フィルナンド様は、太陽と並んで光る妹を放置して話を続ける。流石、シャルティア様に最も振り回され続けた人。年期が違う。
「冗談でもなく、もう一時間もすればこの国は滅びかねないんだ」
「妹さんの所為じゃなくて?」
「アレは、適当にビームを褒めてたら調子に乗って収まるから放置でいい」
「えぇ……」
そんな犬猫みたいな扱いなんだ。
「シャルのことなんて後でいい……フィル、国が滅ぶなんてキミがそれほど強い言葉を使うなんて余程のことなんだろうな」
あっ、やっぱりシャルティア様を相手にしていたらよくあることなんだ。先ほどまで、焦っていたリオルネウス様は表情をスッと切り替えていた。引き締まった率いる者としての表情。
「……あぁ。星詠みが口を揃えて、一時間後にはこの国が、メルクリオが消し飛ぶと、な」
星詠み……能力が高いと認められた占い師にのみ許された肩書き。
「要因は?」
国家星読み師ともなれば、その実力は限定的な未来予知と言っても過言ではない。
「島ほどの巨石が、音に近い程の早さで本島に直撃。本島及び本島に近い島々は一瞬にして消滅。多少離れている島も、城よりも数十倍高い大波に飲み込まれる……信じたくないがな」
「……冗談、ですよね」
広場に残っていた生徒たちのざわめきは留まらない。誰もパニックになっていないのは、規模が違いすぎて信じられていないから。
それでも『もしかしたら』と会話を交わすのは、それを告げたのは、学園で最も信頼の厚いフィルナンド様だから。
これが、他の人だったら『騙されている』だとか『そんなワケがない』と一笑に付されていたことだろう。
「う、ウソ……」
信じたくない。
死にたくない。
フラウだけじゃない。家族も友人も、想い出も、生きた証も。何一つ残すことなく消えるだなんて。
「打つ手は?」
「地下への退避は人数と時間的に不可能……そもそも、この島ごと吹き飛ぶのだから焼け石に水だろうな。船での避難も同様」
「つまりは、落ちてくる隕石をどうにかしないと意味がない。だから、学園へと来た」
「あぁ。我が国の魔道部隊では対城戦略魔法が限度。城は落とせても、島は落とせないさ……長い時間と余裕があれば被害を減らす手段は用意してくれるだろうが……時間がなさ過ぎる」
絶望的な状況でも、フィルナンド様もリオルネウス様の声に暗さは欠片だってない。
「聞いていたな、シャル」
見上げる二人。
「……えぇー、流石に荷が重いですわよ」
面倒くさそうな表情を浮かべるシャルティア様。 誰もが言わんとすることを理解。
ちなみに、まだピカピカしていた。
「シャル、僕からも頼む」
「ですがぁ、さっき婚約破棄されましたしぃ? ただの小娘がぁ? そこまでする義務はないと思うんですけどぉ?」
そして、拗ねていた。
「どうしてもダメかい? 婚約破棄を破棄するさ」
「そういう問題ではなくてぇ、婚約破棄されるような令嬢がこの国の存亡を背負うなんて誰も認めないと思いますしぃ」
「こ、子供か……!!」
ぷくぅーっとほっぺたを膨らませているシャルティア様。表情だけを見れば可愛らしいのに、光球と国が滅ぶという状況が台無しにしていた。
「フィル、アノ手段を使うしかないと思うんだが」
「あぁ……ただ、最近は擦りすぎてシャルも薄々気付き始めているぞ。一昨日も食事の時間ずっと首をかしげていたからな」
「分かっているさ。婚約者である僕や、兄であるフィルが乱用しすぎたから通じない公算が高い」
「なら、別の方法で誘導しないとシャルは動かない。アレは意固地だぞ……!!」
「簡単な話さ……僕たちじゃない口から言えばいいだけだ」
ゆっくり、二つの整った顔が同じ方向に動く。
ぱちくり。
なぜか、フラウに向くと同時に動きが止まった。
「……と、言うわけでフラウ、キミに一つ頼みたいことがあるんだが」
「え、わた、私ですか……!!」
「あぁ、少しこっちに来てくれ」
リオルネウス様に手招きされる。公爵家の跡取り兼時次期騎士団の団長候補と第一王子。
更には美男子でもある二人に挟まれに行く度胸なんて、欠片もない。学園中の令嬢から、爪弾きにされること間違いなし……いや、そんなことを気にしている状況ではないのは解っている。解ってはいても、小市民のフラウに割り切って居直る太い肝の在庫はない。
「ワ、ァッ」
「泣いてしまった……!!」
結局、てくてくと歩いてきた二人に心はもう限界。これで、二人に挟まれただけではなく、手招きを無視して歩かせたという実績まで手に入れてしまった。
「大丈夫、たった一言、シャルティアに投げかけてほしいだけなんだ。何言われても、言い張るだけでいい」
「責任は全てシャルの兄である俺が取る。だから、頼まれてくれないか?」
「うぅ……な、何を言えばいいんですか……」
蛇ににらまれた蛙……というよりも、首根っこを押さえられた子猫みたいな状況。
二人の美男子がフラウへと顔を近づけてくるが、キャパオーバーの頭では、一生に一度あるかどうかの役得を堪能する余裕はない。
両耳を挟まれて、ごにょごにょこそこそと耳打ちされくすぐったさを感じる……が、内容が脳に届いた瞬間、サァーと、頭から血の気が引く。
「む、ムリムリムリムリかたつむりですよ!!」
ぶんぶんぶん、首をもげそうな勢いで左右に振るう。
近い将来の国のトップを担う二人が用意した国家存亡回避の一手。あまりの杜撰さに考える間もなく拒否していた。
「だ、だって、そんなことを言ったらシャルティア様の逆鱗、全部私に向くじゃないですか!!」
「どうしてもか? シャルはあれで面食いだから、可愛らしいキミなら……まぁ、うん。なんとかなるだろう」
「そんなこと言われたってイヤですよぉ!! 公爵令嬢から睨まれたら、私、生きていけませんもんっ!!」
隕石が事実だとしたら、フラウ一人の犠牲で国が救われるのであれば安い……のだろうが、フラウ本人からしてみれば堪ったものではない。国のためにと言うほど、覚悟は育っていないし、もし隕石が振ってこなかったらただ人生が壊れただけで終わってしまう。
「なら、仕方ない。不敬罪でキミを裁かないとならないな」
「え」
「公爵家及び王家に対して、一平民として礼節に欠ける態度……不問にしようと思ったのだが、拒否されたとなれば、致し方ない」
「ちょちょちょちょ、そ、それズル……」
「第一王子に、狡い……卑怯と? 更に罪を重ねるのは感心しないな」
「だ、だって、さっきまでのはツッコミというか」
「リオル……おまえ、エゲつないな……」
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