その4 のーみそビカビカビーム令嬢

「ぐ、ぐぬぅ」


 フラウがポカンとしているのに、シャルティア様には大打撃だったようで。国内悔しそうな表情グランプリがあったら間違いなく優勝争いに参加できる。

 置いてけぼりにされていたオーディエンスも、話が当初の婚約破棄に戻ってきて、再びざわめき出す。


「公爵令嬢と第一王子の婚約破棄なんて前代未聞だ」

「その上、公爵と国王のお墨付きなんて」

「一体どれほどの不興を買ったのでしょう……」

「シャルティア様の寝汗を吸ったベッドシーツがほしい」

「他国からなんと思われることか……内政は勿論、外交への影響も甚大だ」

「リオルネウス様以外にシャルティア様を引き取れる人はこの国にいないぞ……」


 国を揺るがす一大事に会話が飛び交う。さもありなん。国を担うトップ同士の婚約が解消されるのだから。

 平民のフったフラれたとは影響範囲が違う。それだけで失業者が大量に出る大事件。


「納得いきませんっ!!」


 そりゃあ、そうなる。


「というか、キミだって『いやなんかリオルネウス様、タイプじゃありませんの。夫婦になる気が起きませんわ。一人でのんびり気ままに過ごしたいですわ。そもそもわたくしより弱い時点で論外』ってボロクソ言ってたじゃあないか!!」

「えぇー……」


 シャルティア様、貴族とは思えないほど俗だった。貴族の令嬢なんて、如何に家格の高い家に嫁ぐか、良い血を残すか、子をどの家に売り込むか……そういった事に心血を注ぐのが一般的なのに。

「『昼まで寝て、後は読書や観劇、食べ歩き。たまに、魔物退治して働いた気になって過ごしたい』と二日前にも言っていたのを忘れたわけじゃないだろう」

「言っていましたが……」

「言ってたんですね」


 貴族としてはあるまじき怠惰さ。というか平民でも『飯の美味さは労働の対価』なんて言われ、真面目に働くのが美徳とされている。

 ちまちま日銭を稼いで暮らすのがイヤで、楽に一攫千金をしにきたフラウは共感できてしまった。


「でも、それだけ結婚をしたくないのでしたら、シャルティア様にとってもチャンス……とは、考えられないでしょうか」


 そんな簡単に考えられるほど、事は甘くない。と口に出してから気付く。

 公衆の面前で、一方的に婚約破棄をされる。ひいては未来に敷かれていた人生の導石がすべて撤去されたに等しい。

 そんな簡単に受け入れられるワケがない。

 俯いて、ふるふると怒りに打ち震えている姿が抑えきれない激情を物語っていた。


「婚約破棄についてはいいでしょう」


 いいんだ。


「気に入らないのはたった一つ」


 顔を上げ、リオルネウス様を睨み付けながら言い放った。


「わたくしがフラれる側だというのが気にくわないのですわ!!」


 しん、と静まりかえる広場。

 一拍置いてから、その場にいた全員の気持ちが一つになった。声に出した者も居れば、心の中で呟くに留まった人だって居る。

 だが、間違いなくシャルティア様以外の全員はたった一声。


「えぇー……」


 その反応が全てだった。


「あー、なんだ。もしかして、婚約破棄には異論はないけれど、破棄される側だというのがイヤなだけ、なのかい?」


 呆れ半分……いや、呆れ全部で問いかけるリオルネウス様。胃に穴が開いてそう。


「えぇ、その通りです」

「嘘だろう……」


 破棄を言い渡す側と、言い渡される側では立場が違う。その後の別の婚約者を探すのに有利であったり……などと言った、政治的な理由が絡んでいないのは誰の目にも明らかだった。


「こんなにも可憐なわたくしがフラれるなんて、あってはなりませんの」


 ふふん、と胸を張るシャルティア様。可憐と自分で言い張っても、自慢でもなく事実を言っているだけなのがズルいと思う。

 リオルネウス様は王国全土に広がるほどの長い長いため息を吐いて……背筋を伸ばした。


「そんなの、どっちだっていい!! 兎に角、婚約は破棄する!!」

「イヤですわ!!」

「晩ご飯に魔物の丸焼きとかだして来るだろう!!」

「揚げ物にもしますわっ」

「他国と親交を深めるための会食に同席されるのを想像するだけで胃が痛いんだよ!!」

「絶対に負けませんから安心してください」

「それが安心できないって言っているんだ!! 会食に勝ち負けの概念を持ち込むな」


 王子と公爵令嬢の白熱の舌戦……というか会話のドッジボール。それも剛速球なものだから、入る余地がない。


「とにかく困ったらビームで解決しようとする脳みそビーム令嬢と結婚したくないと言ってるんだ!!」

「の、脳みそビーム令嬢……!!」


 がっくり。膝から崩れ落ちるシャルティア様。落ち着いた灰色の髪がふわりと膨らんでから、頭を追従するように重力に引かれた。


「ふ、ふふ、ふふふふふふ……」


 地面に手をつきながら、うな垂れる公爵令嬢という状況。立場からするとあってはならない姿。

 そんな姿から放たれたのは、さめざめと泣くわけでもなく、怒り狂うわけでもない。

 不気味なまでに明るい笑い声でした。


「初めてですわ……ここまでわたくしをコケにしたおバカさんたちは」

「もしかして私も含まれてます……?」


 ゆらり、俯いたまま立ち上がるシャルティア様。表情はよく見えないけれど、三角に弧を描いた口元だけはハッキリ見えた。


「己が身から出た錆は、己が手で雪いでみせましょう」


 立ち上がった流れで、ふわり、浮遊したシャルティア様。

 非常に難易度の高い飛行魔法を何事もないように使われて、思い出す。この人、物凄い人なんだ、と。

 そのまままっすぐと上昇するシャルティア様。バサバサとアッシュグレーの髪が舞い、制服のスカートドレスもはためく。

 どういう理屈か、スカートの中身はチラリとも見えないところまで含めてとんでもない技量。


 ぴたり、ある程度上昇すると空中に縫い止められるように止まる。


「恥も屈辱も……そして婚約破棄すらも。全てこの手で焼き払って見せましょう」


 両手を頭上でクロス。手の甲が向き合った中心に目映い光球が生まれる。

 素人にだって、その光球に尋常ならざるエネルギーが宿っているのが理解できる。


「あの、あれってよろしくないやつじゃないですか?」

「いや、まさか……仮にも公爵令嬢だ。そんなことをするわけが」


 輝きが増していく。ギャリギャリと耳を劈く高音を響かせながら、力としか表現できないものが大きく膨れ上がり続ける。


「この国もろとも、大海の藻屑と消え去りなさいッ!!」


 だめそう。


「なるほど……考えたな。国が吹き飛べば婚約破棄以前の問題。それを知る者もいない、ということか」

「『と、いうことか』じゃありませんって!! あんなのが地上に向けて撃たれたら」

「痛みも感じる間がないだろうから安心するといい」

「なんで悟ってるんですかぁ……!!」


 一個人に大きすぎる力を持つと碌な事にならないという典型例。


「か、考え直してくださいっ!!」

「お断りします!! 生まれてこの方、気に入らないことは頭ごなしに否定して生きてきましたので!!」


 交渉の余地なし。輝く光は美しいのに、秘められた力は破滅的。

 渦巻くあらゆる力。魔力、熱量、光、嵐風。

 軍隊に対してたった一個人が抑止力となりうる代名詞が、今まさに振り下ろされようとしていた。

 どうすれば止められる。

 ビームという唯一無二の魔法。

 その恐ろしさは威力と射程距離と速射性。撃たれる前に近づいてしまえば……なんて誰もが考えること。

 一息に距離を詰めることなら、フラウの固有魔法でなんとでもなる。ただ、近づいたところでシャルティア様を止められる気がしない。

 あの方向性の間違った天才は、きっと対策済み。


「……せめて、貴族と同じような美味しいものを食べたかったなぁ」


 フラウのワクワクドキドキ魔法学園生活、なんと、入学初日にて完結。電撃打ち切りだった。

 リオルネウス様と二人で、ぽけーっと花火でも眺めるように見上げている。


 ……と、そのとき。

 学園の中では聞くことのない蹄鉄が近づいてくる。混沌とした場に更なる参加者がエントリー。


「リオル、緊急事態だ!!」


 雄々しい黒馬に乗って現れたのは、白金の短髪が印象的な美丈夫。黒馬と白金、そして深い蒼の鎧が描くコントラストは、絵物語の騎士様、そのもの。


「あ、フィル兄様。ごきげんよう」

「あぁ……あぁ!?」

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