その3 支払いはビームで。あっ、一括で。
「ここまで近くで見たのは初めてです。一昨日に見たのも寮の窓からでしたし」
「その時は商業区でしたわね。学園に居たら見ることもないでしょう」
この国で時々空に向かって光が伸びるのは一種の名物。
結構バカスカ撃ちまくるからこそ、シャルティア様は有名人なのです。
「……その後始末をしたのは結局僕たちだ」
「頼んだ覚えはありません」
「放置していたらそれこそ、我が国の沽券に関わったのを自覚してくれ!!」
苦々しい表情。もしかしたら、王子にも穴が開いているんじゃないだろうか。
「フラウ、キミは買い物をしたときにお金を持ち合わせていないことに気づいたらどうする?」
「諦めるか、仲良くさせてもらっているお店でしたらツケにしてもらう……でしょうか」
「あぁ、それが普通だ。というか常識的な選択肢だ」
もし間違っていたら……とビクビクしそうになったけれど、とっくに口を滑らせているので『もうどうにでもなーれ』という気分で普通に答えた。
「だが、彼女はお金を持ってないことを思い出すと……空に向かってビームを放った」
「脅迫?」
「ち、違いますわよっ」
「そして『釣りはいりませんわ』と言い放ったらしい」
「斬新な脅し文句ですね」
「だから、脅しじゃないと言っているのです!!」
また空に柱が伸びた。今日は大盤振る舞いだ。
「一人でショッピングをしていた時のことです……」
口調は特に怒っているでもなく、回想に入るときのそれだった。もうオチがわかっているのに粛々と回想するほどのことなのだろうか。
「貴族の令嬢って商業区に一人で買い物に行ったりするんですか?」
「普通は護衛や侍従を連れるが……従者は兎も角、彼女に護衛が必要に見えるかい?」
「あぁー」
ビーム令嬢の武勇伝はこの国に留まることなく、他国まで知れ渡っている。
大陸に挟まれ数多の国々の船や飛行船が行き交う……謂わば大陸同士、大国同士の狭間であるメルクリオ海洋国家は立地上常に陣取り合戦のパイにされる可能性が高い。
中立を謳っている手前、表だって大国が攻め入ってくるようなことはなかったが……裏では、軍事演習と称して島々に接近したり上陸訓練をしたりでやりたい放題だった。海賊や、海賊を騙る非公式の組織に翻弄される小国でしかなかった。
今は平和のメルクリオ海洋国家だけれど、荒れていてフラウを含む平民は明日の食事を用意できれば上等な方だったのだ。
だが、それら大国の牽制合戦はシャルティア様の台頭によって収まる。
名目上では『他国籍軍及び所属不明船の侵入に対しては防衛措置を取る』と対外的に宣言しているが、実際は軍事力の問題で遺憾の意を発するのが精々だった。
それが、ただ一人の少女が大砲を優に上回る射程、速度、威力、精度の攻撃をバカスカ連射出来ると知れ渡ったおかげで収まったのでした。
どこの国も、訓練で艦隊を蜂の巣にされてはたまったものじゃありませんから。
閑話休題。
「メルクリオでも大陸でもない遠い島国から商人が来るというので伺ったのですわ。いろいろと興味深いものがあったので是非にと思ったのです」
「それに関しては同意する。やはり島国というのは独自の文化が発展する傾向にあるのだろうな……遠い離れた地ではあるが、同じ島国として関係を深めていきたい国なんだ」
「あの、私が聞いても大丈夫なお話なんですか……?」
一商人が言うのなら兎も角、王子が言葉にすると言うことは即ち外交方針そのもの。それをこんなオープンな場所で話すなんて……コンプラ的に問題ありそうな気がしてならない。王族にコンプラが適用されるのかは知らないけれど。
「構わないさ。どこの国ともそこそこ仲良くしていくのが我が国の在り方だからね」
「なら、いいですけど……」
というか聞いてしまったものはどうしようもない。
「幾つかを購入してからふと、一人で来ていたことを思い出したのです。我が国の商人であれば、クレッセンセティアの名で幾らでもツケに出来たのですが、遠い国の方でしたから後払いというワケにもいかず撃ったのです」
「?????」
最後の最後で急に意味不明になった。もしかして、途中、フラウの意識が飛んでいたのだろうか。
「他国との商売は通貨よりも、物々交換が主となります。それも、遠い異国となれば尚更。つまり、そういうことです」
「つまり、どういうことですか??」
言っていることの大半がまともなのが厄介だった。酒に酔っているわけでもなく、きちんと理性が下した判断の上でこんな文脈が破滅した内容を喋っている。
「翻訳すると『価値あるビームを見せることで支払いを行った』になる」
「やっぱりバカなんですね」
「あぁ、バカだ」
「なんですって!!」
ムキーと地団駄を踏むシャルティア様。もう、言い逃れできないと思う。
「その商人は当然脅されたと腰を抜かしていたから、僕直々に謝罪と王族と商売することを取り付けて一先ず波風は立てないようにしたが……疲れた」
「お、お疲れ様です……」
リオルネウス様には、十代とは思えぬ哀愁が漂っていた。
「……そして、諸々を片付け心身ともに疲弊していたときに心優しく気遣ってくれたフラウ、君のおかげで目が覚めた」
「へ?」
間の抜けた声が口から、ぽろり。
「淑女とは周りを気遣い、支えることの出来る者こそを言う。周囲を振り回す者は淑女とは言えない……ましてや、王妃という政に否が応でも関わる立場には据える訳にはいかない」
至極まっとうな意見だった。
リオルネウス様の言葉に対して、十全の同意で溢れていた。シャルティア様に国と預けるのは不安……というか、一番やっちゃいけない気がする。
「ぐ、ぐぬぬ」
ぐぅの音も出ない、としか言いようのない表情でリオルネウス様をにらみつけるシャルティア様。かわいい。顔は。
「シンプルに聞こう、シャルティアが国政に関わっていいと思うかい?」
「国の偏差値下がりそう」
いや、シャルティア様の学力自体は高い……というかダントツで学園一だというのは有名な話。
悲しいかな、頭が良いのと、頭がおかしいのは両立してしまう。
「言わせておけば、平民が好き勝手言ってくれますわね……」
消し炭にでもされるのだろうか。そうされてもおかしくはない程の粗相を行っているので、致し方ない。不思議と落ち着いている。
死ぬのが怖くないわけじゃない。あまりにも展開が早すぎて心が追いついていない。
「ちなみにだが、フラウは今年の次席入学していた名前だったはずだ。顔はわからなかったが、名前は聞いていたからね」
「あら、まぁ……」
固有魔法という一芸特化故に、他の魔法の適性がない。魔法を磨くという方向では期待できない。だからこそ、座学でそのハンデキャップを埋めなければと図書館に寝泊まりして勉強をし続けた。
結果、次席という好成績を収めることが出来た。
「あら、それは素晴らしい。貴族のような教師を湯水のように呼べる環境もないのに……頑張り屋さんなのですね」
ころり、と表情を変え、屈託のない笑顔を浮かべるシャルティア様。
てくてくと歩み寄って、フラウの頭をポンポン、なでなでと優しく触れながら褒める。
「己が手で切り拓こうと直向きに努力をする姿勢は、評価されるべきですわ」
「は、はぃ」
「それに関しては僕も同感だが……少しは落ち着いてくれ。フラウが夕焼けのように真っ赤じゃないか」
なんだ。なんだこの人は。
トンチキ蛮族かと思ったら、思い出したように怖い貴族っぽいことを言い出した次の瞬間に、フラウの頭を撫でて褒めてくる。
初対面の相手の頭を撫でるなんて、美人じゃないと許されないぞ……まぁ、絶世の美人なので許してしまうのだけれど。
「よかったら今日の放課後にお茶でもいかがかしら?」
「え、あ、はい」
「そう、それは重畳」
「婚約破棄の最中に、後輩を口説くのをやめてくれ」
訳もわからず、シャルティア様の誘いに頷く。魅了魔法まで使えるというのか。
「この件は既に、父上と公爵に報告し『あー、まぁ、しゃーない』と了承を得ている!!』
それは了承に入るのだろうか。軽すぎる。
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