その2 どんなに素敵な人でも主食がハムスターって言われたらなんかイヤだよね
「わかってくれるか……!!」
泣きそうな顔をされた。王子の弱気な表情に、町娘でしかないフラウは胸が高鳴る……ことはなく、気の毒さが遙かに上回る。
あと、周りに集まっていた貴族たちは、いつの間にか減っていた。残っているのもフラウと同じ、新参者……もっと言えば入学したばっかりの一年がほとんど。
「もしかして、王子とシャルティア様ってよくこういう」
騒動を起こしているのですか? とは流石にいえなかった。
「えーっと、なんていうか」
「ゴミ騒ぎ?」
「そこまで言ってません」
貴族相手どころか下町の友人にさえそんな剛速球な罵倒はしない。普通に友達が減る。
「……騒動、を起こしてるんですか? なんというか先輩方は慣れたように素通りしていたので」
結局、ほかに相応しい言葉が見つからなかった。この二人が多少の失礼には目を瞑ってくれる寛大な心を持つことを願うばかり。
「いますぐ訂正してもらおうか!!」
「ひゅ、ひゅい!?」
ブチ切れられた。
泣きそうな顔をしていたのが、憤怒に様変わり。リオルネウス様、躁鬱の気があると思う。
さようなら、お父さん。お母さん。近所のおじさん。いつもおいしいパンを焼いてくれたお兄さん。なぜかフラウにだけやたらと威嚇してくる斜向かいのケルベロス(小型犬)。
頑張って、自分一人の命で済むように嘆願します。
「僕は、被害者だ!!」
学園の中心で悲哀を叫ぶ王子がそこにはいた。
被害者と言うには、力強い声。
「あの、たしかに少し……少しアグレッシブというか元気がいいところはありますけれど、容姿も成績も非の打ち所が」
「例えば、だ」
なんとか仲を取り持つ方向に軌道修正をしようとしたけれど、途中で打ち切られる。偉い貴族というのは人の話を聞かない生き物なのかもしれない。
「どんなに落ち込んでいるときも、なんかムカムカする時も、理由もなく当たり散らしたい時も……イヤな顔せず寄り添って、先回りして気を遣ってくれるキミ好みの容姿をした婚約者……仮に『理解のある彼くん』が居たとしよう」
「はぁ」
そんな都合のいい存在が居ていいものだろうか。悩み相談しているのに『私は理解のある彼くん』のおかげでなんとかなりました、だなんて言われた日にはノータイムで平手打ちする。なんの参考にもならない。
「気遣いだけではなく、仕事もでき、かといって家庭も疎かにしない。公私とも素晴らしい彼くん」
「……いたら、いいですよね」
居たら、こんな魑魅魍魎が犇めいているような魔法学園になんて入学しない。
そんな素晴らしい人が、不機嫌で周りに当たり散らしたり自分をコントロールできない未成熟な女性を選ぶものだろうか……という当然の疑問は横に置いておく。
王子は一拍ためてから……言い放った。
「ただし、彼くんの主食がハムスターだとしたら」
「全部台無しサイコパス野郎」
テーブルの向こう側で理解のある彼くん(仮)が、ハムスターを口元に運んでいる画が浮かんできた。優しげな笑顔も、全く違うものに見える。
「それが、シャルティアだ」
「あー……」
どんな素晴らしい魅力が袋いっぱいに詰め込まれていても、ただ一点の尖りすぎた点が袋を突き破り台無しにする。
「そんな残酷なことはしませんわよっ」
「でも、魔物食べるんですよね?」
「それ、は、命を賭けたものへの礼儀と言いますか」
ぶんぶん、と頭を横に振り否定するシャルティア様。長い髪が左右に揺れる。優雅さのかけらもない。
オーバーリアクションを振る舞うその姿は公爵令嬢どころか、貴族かどうかも怪しい。貴族らしさと言えば身につけている制服の質が素人目に見てもわかるほど質が高いこと。デザインは同じだというのに、職人が特注で仕立てているのがフラウにだって分かる。あと庶民離れした顔立ち。
「じゃあ、強大なハムスターが立ち向かってきたら?」
リオルネウス王子が神妙な顔で問う。端整な顔立ちと既に威厳が見え隠れする声から繰り出される『強大なハムスター』に頭が混乱する。
強大なハムスターってなに? 尋常じゃない速度で滑車でも回すのだろうか。
「討ち滅ぼします」
「そして?」
「食べます。可食部があれば」
「ハムスターに可食部って単語適用されるんですね……」
初めて知った。
「そんなありえない仮定の話で変人扱いされるの、ちゃんちゃらおかしいですわ!!」
「剣劇」
「それはチャンバラ」
ぼそっと呟いただけなのに、しっかり聞こえている。ツッコミもいけるらしい。
この国って不敬罪とか存在しないのだろうか。
「ともかくっ、わたくしがほんの少し変わっているのは兎も角として、婚約を一方的に打ち棄てられるほどの失態をした覚えはありません!!」
「ほんとうですか?」
「…………えぇ」
「間がありました」
「あぁ。自覚はあるんだろう」
ふっと目を逸らす、シャルティア様。そろそろ授業が始まるのだろう……周りを囲んでいた一年生もほとんど居なくなっていた。
何も声をかけず冷たい……とはいえない。誰だって公爵令嬢と王子の口論に割って入りたくなんかない。
「実際のところは?」
「彼女の父上……公爵の胃には塞がらない穴が開いているらしい」
「あぁー……」
大体察した。
「魔の三角群島って知っているかい?」
「えぇ。そりゃあ」
メルクリオ海洋国家は複数の島々からなる国である。王国のある大きな本島がほぼ中心に位置し、周りに幾つもの島々が存在。
その中で、北西に位置し……島々の中心から、少し距離のある幾つかの群島が存在する。人が住める程度には大きく高さもある島で、土もあれば木も存在する。資源も豊富そうだと専門家は口を揃えている……でも、人っ子一人住んでいない。
「なぜかバカみたいに凶悪な魔物がうじゃうじゃしてる島々ですよね?」
「あぁ。何度も騎士団が調査及び掃討に向かったが、成果の芳しくない我が国最大の空白地帯だ」
この国は大陸との間に位置するため、船や飛行船が数多も行き来する交易国家でもある。
資源採集の為であったり、船や飛行船を停泊させたり、リゾート地や要塞として開発できるような島はいくらあっても困ることはない。
「実力の知れ渡った傭兵団や、他国の部隊に協力を仰いでも未だ手にすることのできていない頭痛の種……幸い、あの島から魔物が外に出ることがほとんどないため被害は存在しないが、島から飛び出て他の島々に雪崩れ込んできたらと思うとゾッとしないよ」
「はい。子供の頃は、その話をお父さんからされて夜眠れなくなってしまったのを今でも覚えてます」
「ハハッ、子供を怖がらせる謳い文句は貴族も平民も変わらないものなのだな」
「リオルネウス様も?」
「あぁ。悪戯をすると連れて行くぞ……なんて父上に言われたものだ。そんなことするわけがないとわかっていても、震えたものさ」
「ふふっ、リオルネウス様がそんな子供だましで怖がっていたなんて」
「そりゃそうさ。文字通り子供だったからだまされていたのさ」
「お化けと違って、実在するから余計に怖いですからね」
「そんな魔の群島で三ヶ月も一人で暮らしたあげく、伝説と言われ実在も確認できなかった魔物を両手の数ほど討伐して戻ってきたんだよ信じられるかい?」
「うふふ、どっちがバケモノかわかりませんね」
「本当にね、そもそも令嬢が一人でサバイバルって何考えてるんだろうね、何も考えてないんだろうさ。あはは」
あははうふふと笑いを交わす。その事実は、明るみに出れば大きな政治的影響を齎すことは明確。だからこそ、笑って現実逃避するしかないのだ。
というか、そんな事実をサラッと公開しないでほしい。
ゴパッ。背筋が震えをあげるような衝撃が駆け抜け、空に一条、柱が上る。
「私を置いて盛り上がらないでくださる?」
これが、ビーム。詠唱もなければ、予兆もない。 天にまで伸びた一筋は、空を泳ぐ雲に綺麗な穴を作っていた。
「これ、が……」
「そう、彼女の十八番。天を穿ったのも、クレッセンセティア公爵の胃に穴を開けたのもこの光さ」
シャルティア様の代名詞。
天をも衝く光線。この目で見るのは初めて……という訳ではなかったりする。
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