その9 平民のおねえさん

 手からこぼれ落ちなかったのは、公爵令嬢直々に渡された物を落とすなんて不敬にあたるから。もう数分もしないうちに、全てが終わるというのに、無礼を働かないように振る舞っているのが、なんだかバカらしい。


「なに、呆けていますの? シャンと立ちなさい」

「でも、あんなの……!!」

「わたくしは、理解した上で、二本の足で立っています……この意味が分からないほど、おバカさんなのかしら?」


 そうだ。シャルティア様は落ちてくることを理解して……それでも、諦めの言葉一つ溢していなかった。

 きっと、勝算があるから。半ば、縋るようにして背筋を伸ばす。

 ほんの少しだけ、ライトが光を取り戻した。


「先に渡しておきますわ……あなたがピンチだと判断したら、開きなさい」

「はい……」


 いったい、いつ用意していたのだろうか。一枚の折りたたまれた紙を渡される。


「もう一度言いますわよ……シャンと立ちなさい、フラウ=ユーグ」

「はいっ」


 縋るのじゃない。

 自分の足で立て。

 手なら幾らでも差し出すから。


 そう、聞こえた。


「さぁ、見ておきなさい。古今東西森羅万象一切合切をなぎ払うわたくしのビームを」


 両の手を頭上に掲げ、手の甲同士を向け合う形で交差させる。


 ぽぅ、と眩いほどの光が交差させた手の甲の間に生まれる。先ほどと同じ……いや、それ以上の力が渦巻き、背筋が粟立つ。


「過度な貫通力は不要。面と出力にリソースを割く……灼き滅ぼせればベストですが、地表に近ければ間違いなく余波による被害は避けられない」


 ぶつぶつと何事かを呟いているシャルティア様。光は強く強く……暗くなったメルクリオの中での一等星となって、光り輝く。

 先ほどまでは恐ろしかった力も今は、唯一無二の希望の光。

 頭上でクロスさせた両手。手の甲を向け合っていた両の手をぐるりと反転。そのまま、中心の球体を引きちぎるようにして手を後方へと力強く素早く引く。

 大の字のようになったシャルティア様の二つの手には、加速度的に熱量を上げる光球。


「さぁ、見惚れなさいっ!!」


 空間そのものを削り取るような大きな音を鳴らしながら、強くなっていく光球。メルクリオを照らす唯一の星。

 空が落ちてくる。赤熱とともに。


 引いていた両手を頭上……隕石に向かって、突き出した。

 轟ッ。世界が割れた。


「なッ……!!」


 そう感じるほどの衝撃。

 大きな、大きな、光の柱が天を衝く。

 余波を受けただけなのに、平衡感覚を失いそうになるほどの力の奔流。城すら容易く呑み込んでしまいそうなほどの光……シャルティア様の代名詞……否、そのものとすら言えるビーム。

 フラウの常人離れした動体視力でも追えない……まさに、光のような速さで伸びるビーム。


 隕石とぶつかり、空が嘶き、海が荒ぶる。

 ところどころに浮かんでいた雲が、空の端から端……一欠片すら残さずに、消え散った。

 ビシり、ビシ。余波だけでこの国で最も堅牢な城に罅割れが幾重にも走る。

 一個人……いや、幾ら人が集まったところでこれほどの現象を引き起こすことが出来るだろうか。


「と、止まった……!!」


 石というにはあまりにも巨大すぎるあまり遠近感が正常に働かずゆっくり落ちてくるように見えた隕石が……ビームが接触したと同時、近づいてくるのが止まる。

 文字通り、雲の上での衝突。遙か遠くの出来事であってもその衝撃波は城下町どころか、周辺全ての島にまで行き渡る。フラウが立てているのは、偶々、人よりも身体が強いお陰。


「スゴい……スゴいですっ、シャルティア様!!」


 天が落ちてくると言う未曾有の大災害。

 まさに、天災。

 ただの生き物が知恵を絞ったところでどうしようもない、埒外の現象。悪意もなく、ただ偶発的に発生する現象に、対話なんて不可能。かといって、対処するには大きすぎ、逃げるには時間がなさ過ぎた。


「で、でもっ……!!」


 城ほどのビームも、島ほどの隕石相手ではか細すぎる。木串で象を支えているような、違いすぎるサイズ比。それでも尚、拮抗しているのはシャルティア様もまた埒外の存在だから。

 シャルティア様の邪魔にならないように、ジッと祈り見上げていると……気付く。気付いてしまう。


「やっぱり……」


 止まっていない。

 減速はしているだけでじわりじわりと空が迫ってきている。


 どうするのですかっ!! このままでは……

 そんなこと、言えるわけがない。状況を一番理解しているのは間違いなくシャルティア様なのだから。

 ゆっくり落ちてくる隕石。ビームという光の柱が少しずつ短くなることによって、距離が縮まっていることが明示されていた。

 何か出来ることは……そう、考えてすぐに、思い至る。


『ピンチだと判断したら、開きなさい』


 渡された紙片。開くのに躊躇う理由が無かった。


「え、えぇ……」


 隕石を目の当たりにしても、シャルティア様のビームの余波をすぐ傍で受けても崩れなかったフラウから、力が抜けてすっ転びそうになる。

 冒頭に

『カンペ』

 と銘打たれ、次には

『感情を込めて、必死に。あと可愛く清楚に。大丈夫、フラウおねえさんならできますわ』

 とト書きまで添えられている始末。おねえさんってなんだ。


「あの、これを読め、と?」


 思わず聴いてしまった。少しでも集中力を乱してはいけないという自戒を忘れてしまっている。


 チラリとフラウに視線を寄せたシャルティア様。

 こくり。

 目を輝かせながら、頷いた。


「なんでもするとは言いましたけど……」


 想定よりも重いワケでも、軽いワケでもない。

 ただ、ただ……想定外。


 瞼を閉じて、祈る。精一杯、こころをこめて。

 ライトに光が灯る。目映すぎるビームに比べて、小さな光だけれど本題はそこではない。フラウにだけ渡された特注品の機能こそが、狙い。

 特大のビームが放れていて、通信条件は満たしている。


『メルクリオのみんなっ!! このままじゃあの大きな大きな隕石が降ってきて、この国が滅んでしまうわっ!!』


 細かな演技指導は、子供にも伝わるように態とらしいくらいに、と書かれている。

 毎日を生きるのに必死だったフラウ。演劇をやったことどころか、観たことすらない。精々が旅の大道芸人の人形劇や、吟遊詩人の手慰みの唄を目にしたことがあるくらい。

 経験値も知識も無いフラウの演じる力は……結局のところ、学園の騒ぎの時と同じ。


 やけっぱちだった。


『すっっごく強くて綺麗なシャルティアさまががんばって押し返そうとしているけど、今度の今度は見ての通り大きすぎてピンチみたいっ』


 演技の経験は無いが、子供を相手にしたことならある。それが唯一のアドバンテージ。

 まさか、魔法学園に特別編入した挙げ句、固有魔法でもなんでもなく……近所の子供の世話をしたスキルが救国に繋がるなんて人生とは分からないものだ。


『だから、みんなの応援をシャルティアさまに届けてあげて!!』


 いや、分からなすぎる。波瀾万丈通り越して奇々怪々の意味不明。何がどう転んだらこうなるのか。


『みんなの手にあるミラクルハイビームライトにメルクリオや家族を大事に想う気持ちを込めて!! そうすると想いに反応してミラクルハイビームライトに希望の光が灯るのっ』


 フラウが精一杯読み上げている近くで、相変わらずシャルティア様は天に向かって巨大なビームを放ち続けていた。島より大きな隕石を止めるほどの出力のビームを、持続的に放ち続けている……規格外にも程がある。

 間違いなく、この国を救えるのはシャルティア様をおいて他には居ない。それだけは疑いようのない事実。


『それから、ライトを振りながら「シャルティアさまがんばれー!!」って精一杯応援してあげて!! 手元にライトがなくても大丈夫。一緒に応援することでライトに想いが伝わるの!!』


 少しずつ落ちてきていた隕石は、もう雲のあった場所よりも随分近く……少し飛ぶだけで届いてしまいそうなほど。

 息が詰まるほどの圧迫感。理性が『こんなのどうしようもない』と訴えてくるのを蹴っ飛ばす。

 カンペには

『※必ず明るい声で。暗さや恐れは出さないように』

 と書かれているのだから。


『それじゃあ、せーの……シャルティアさまー、がんばれー!!』

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