Episode2 届いたかな? 僕がなびかせた風 Did it arrive? The wind I fluttered.

「光、一緒にダウンしよ」

「あ、うん」

 私は高校に進学した。そしてもう三年生だ。


 月日が流れるのは瞬く間だ。

 もうじき私、私達三年は引退する。

 春季大会で高成績をマークした私は、すでに何校かの大学からオファーされている。


 このまま陸上で推薦進学をしてもいいと思っていたんだが、実際自分の大きな壁をこれ以上乗り越えることは困難なことだということに結論ついた。

 中学の時、一度はあきらめた陸上。復帰して、やれることはやった。


 多分、完全燃焼したんだと思う。


「うんしょっ。ねぇねぇ、光。どうして推薦全部蹴っちゃったの? もったいない」

「いいじゃない。大学行ったら陸上じゃなくて、別なことに力注ぎたくなっただけよ」

「別なことかぁ。じゃぁもう思い残すことないんだ……陸上に」

「そうだね。完全燃焼しちゃったかな」



「そっかぁ。で。彼とどうなの? 仲直りできたの?」

「仲直り?」

「あれ、喧嘩中じゃなかったの?」

「喧嘩中? ……違うわよ」



 皇太子こと、七井智春なないともはる。彼とはあの時からずっと私の隣にいてくれる存在になった。

 陸上。ランナーに復帰したのも彼のおかげ? いやあれは半ば強引な彼の思いがそうさせたのだ。


「ねぇねぇ、光ちゃん。もうそろそろ陸上復帰しない?」

「しない」

「どうしてさ。僕は光ちゃんが走っている姿を見ているのが一番好きなんだ」

「だってもう陸上やめたんだから。走ることやめたんだから」


「なんでだよ。なんでそんなに簡単に諦めちゃうんだよ!」

 そんなこと言ったて、七井先輩には私の気持ちなんてわかんないよね。

「無理だよ。だって怖いんだもん」


「どうしても無理?」

「……多分ね」


 落胆したような顔をして、そのままこの会話は終わってしまった。それから数日後、彼はまた入院した。

 今度は検査入院と言う名目ではなかった。


 ずっと気になっていた。体は弱く病弱だということは理解している。

 でもその病気が、悪いものだという認識はまだなかった。

 私はまだ幼く、臆病なだけだった。


 はぁ、なんでだよ! なんでこんな体で生まれてきたんだよ。

 医師からは宣告されていた。いわゆる余命宣告だ。

 二十歳までは生きられないと。


 好きな人。いつも傍にいたい人が出来て、その人に想いを伝えた。

 でも本当に輝く姿をまた僕は見たい。彼女の僕の一番大切な人が輝く姿を。

 それが僕の望みだ。


 彼女が走る姿。……光が輝いているのは走っているときだ。

 彼女が怪我をする前からずっと見つめていた。


 でも彼女は怪我をしてから走るのをやめた。

 もし本人が本当に燃焼しきっているのなら何も言わない。でも、彼女は、光は燃焼なんかしきっていない。

 本当はまだ走りたいんだ。


 僕が生きたいと願うように。それがどうにもならないことだとわかっていても、抗がいたいという気持ちと同じなんだ。

 光と一緒にいれば、その気持ちが秘しと感じられるんだ。


 だから僕はもう一度光を、あのトラックの上に戻してやりたい。

 そして僕は賭けに出た。


「なぁに、大切な話って?」

 見舞い? 日課のように毎日来てくれる光。

 おどけた感じで僕に話しかける。

 でも僕は真剣だ。


「あのさ、これから言う事、しっかりと受け止めてほしいんだ」

 真顔で話をする僕の表情に光の顔もこわばった。

 ごくりとつばを飲み込んだ。


 もしかしたらこれで僕たちは終わりになるかもしれない。

 別れて、光が陸上にも戻らなければ僕の負けだ。

 完敗だ。

 でも僕は多分。生きること生き抜くことに抗い続けるだろう。

 たとえ一人きりになっても……。


 七井先輩から聞いた話は、はじめ信じられなかった。

「嘘だよね……嘘だって言ってよ!!」

 声を荒げて彼に抱き着いた。


「……僕も嘘だって言いたい。でも本当の事なんだ。ごめん光」

「ごめんじゃすまないよ! 嘘だって言って! 今すぐに。出ないと私。私……」

 泣きじゃくる光の体を抱きしめた。


 泣きながら彼女の体が震えているのがわかる。そう言う僕の体も震えていた。

 この後どうしたらいいかなんて考えてもいない。

 もうすべては光次第だ。

 強く彼女の体を抱きしめながら「でも僕は、抗い続けるよ。こんな体だけど、一秒でも長く生き抜いてやる。まだ、やりたいこと。……まだ、もっと。ずっと……光と一緒にいたいから」


 ずるいよ! 智春さんは。

 でも、私に本当の勇気を与えてくれたのは、紛れもなく智春さんだった。

 初めは本当に怖かった。でも、あの音が耳に入ってくると不思議とその怖さがなくなっていく。


 中学ではそこそこの成績しか残せなかったけど、高校に進学してから私は全力で陸上と向き合った。

 そしてすべてを燃焼しきった。


 彼との約束。全部出しきったら、その時は……。

 そして智春さんも自分の未来をかけて、病気に自分の運命に抗い続けた。



 彼の最後……は。

 智春さんの最後はとても安らかで、そして幸せな顔をしていた。



 いつだったかな。智春さんと一緒にここに来たことを思い出した。

 私のお気に入りの場所。


 岬公園。


 その時彼はこんなことを言っていた。

「僕は先に君の未来に行っているよ。この風に乗って」



 A few years later(数年後)


「光、急がないと。式場で準備かかるでしょ」

「分かってるって、大丈夫よ。まだ余裕あるからそんなにあせんないで、お母さん」


 偶然と言うのか。それとも狙っていたのか? それは分からないけど。

杉浦光すぎうらひかるさんですね。郵便です」

 一通の郵便が配達された。


 送り主は……七井智春なないともはる


 封を開けてみると一枚の便せんに書かれた言葉。


「行こう一緒に。未来の風を求めて」



 ――――もう、結婚式当日に私、う・わ・きしちゃってるよ!


 どうすんのよ。


 ――――智春。


 終わり。

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行こう一緒に。未来の風を求めて Let's go together. In search of the future wind. さかき原枝都は(さかきはらえつは) @etukonyan

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