言葉も時代も国も越え、音楽は異世界すらも越えるのか

クリスマスの日に謎の空間で目覚めた売れないミュージシャン『キング』こと『萩原旭鳴』。宇宙人らしき謎の相手との熱いセッションから始まり、『音楽』という概念すら存在しない異世界へと飛ばされ、そこで出会った様々な種族や人々と『音楽』を通じて交流していく――。

note.52まで読了しました。
異世界転移作品は世に数多ありますが、ミュージシャン志望の若者が『音楽のない世界』へ飛ばされる、という設定や導入は非常に個性があって面白いと感じました。
いきなり冒頭からセッションで始まるストーリーなんて急展開すぎでは……?と思うかもしれませんが、文章のみでも躍動感やグルーヴ感が伝わってきて、物語の中へグッと惹き込まれる部分が素晴らしかったです。『小説』という媒体の性質上、「文字を眺めていたら何か旋律が聞こえてきたぞ」なんてことは絶対にないのですが、それでも『音楽』を確かに感じられたのは、ひとえに作者さんの高い技量によるものだと思います。
そうした演奏シーンの巧さだけでなく、現時点で14万文字という『やや長め』のボリュームでありながら、テンポの良い展開や読みやすい文章も相まって、どんどんページをめくっていくことができました。そうした点もお見事だと思います。
何より主人公キングのキャラ個性が魅力的で、魔物に襲われても自分の身より仲間とギターを守ることを優先して失神したりなど、まさに『音楽馬鹿』と呼べる熱さや真っすぐさが好印象でした。こういう熱血系……とまではいきませんが、悩んだり迷ったりしながらも自身を構成する『軸』に対して真摯なキャラクターは、それだけで応援したくなります。

ただ序盤は良かったのですが、最新話に近づくにつれ魅力的な演奏の表現が減り、『演奏した→周囲は喜んだ』みたいな描写や、歌詞を載せるだけで済ませてしまう場面が増えたのが、個人的には残念でした。冒頭のセッションが良かっただけに、「ああいう表現をもっと読みたい、キングの演奏を聞きたい」という気持ちになっていたので。
加えて、ファンタジー的な種族や魔物がいる世界観、【負の面】などといった設定があること自体は良いのですが……『海の魔物との対決』のような戦闘描写が増えると、折角の『音楽』をテーマにしている個性的な作品なのに、既存の異世界ファンタジーバトル作品との差異を感じにくくなってしまいます。

しかしながら「どんな時でも歌う」「音楽は絶対に守る」「戦い続ける人達のため、立ち上がる人達のために音楽を届ける」という信念や作品の根幹がブレたわけではないため、52話以降でキング達の演奏が再び他者の感情を揺さぶり、音楽のない異世界に『変化』をもたらす展開に期待が持てます。
個性と実力に溢れた良作だと感じました。面白かったです!

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