第2話 王子様に夢見る妖精2

 憂鬱な暗黒期も、王子様が現れるかもしれないと思えば楽しい時間に変わる。今までは誰も現れないままに暗黒期が終わり、残念な思いを繰り返し抱いてきた。しかし今回は違うかもしれない。エルフリートはそうやって気持ちを奮い立てて暗黒期を迎える。

 今年もそうして暗黒期を待っていたが、意外にも暗黒期が訪れない。珍しい年もあるものだと領民が口にする中、暗黒期に入る前に、と観光をしに貴族が領地へとやってきた。

 危険なタイミングでの観光とは言え、その貴族が領主のよく知る人物であった為に領民たちはもちろん、領主当人も追い返す事はできず、表向きは歓迎する事となる。すぐに帰ってもらう事がほぼ確定していたその物好きな貴族の中に、いたのである。

 ――理想の王子様が。


 エルフリートが初めて彼女を見たのは、エントランスホールであった。歓迎の意を示すために家族そろって出迎えた時、大人たちの間に隠れるようにして少女が立っていた。

 正確にはただ小さいせいで目立たなかっただけであるが、エルフリートには森の中に王子様がただ一人でぽつんと立っているように見えた。

 ああ、なんて爽やかな黄金の髪だろうか。そのさらさらとした金糸は絵本に出てくる王子様そっくりだ。それに、あの瞳。美しい空のような瞳である。いや、角度を変えるとかすかに緑の紗が入る。森と空の色を溶け込ませたかのような美しい色は、エルフリートを夢中にさせた。

 何よりもすばらしいのは、凛々しい顔立ちなのにドレスを着ている事だ! しかも……彼女には失礼だが、全く似合っていない! 幼心のまま、こんなに女性としての格好が似合わないのならば、競争相手も少なそうだ、と更に失礼な感想を抱いた。これで性格が王子様だったら完璧じゃないか!


 エルフリートは理想の王子様に出会えたのだとばかりに、歓喜に震えた。息子の不審な様子に気が付いた母親はまず体調不良を疑い、そしてその視線の先に少女を見つけ――理解した。

 妻の耳打ちに領主は頷き、妻と子に退出するよう指示をした。エルフリートは不満げであったものの、そこは幼いとはいえ貴族の一人である。領主の言葉に反抗する事なくエントランスホールから去っていった。

 領主は二人が去ると貴族たち――実は妻の親戚であった――に向かい合い、歓迎はするが暗黒期がいつ来るか分からない危険な状態である事を告げ、観光はそこそこにして安全な時に日を改める約束をさせた。そうして領主が勝手に決めた予定通り、王子様共々、翌日の朝には領地を発ってしまったのだった。


 一夜だけしか滞在しなかった貴族の少女にエルフリートは大層嘆いた。しかしながら、その日の内に暗黒期へ入ってしまうと、王子様が無事でいるのならそれだけで幸せな事だと勝手に機嫌を良くした。良くも悪くも単純な年頃であった。

 父親である領主は、息子が客に粗相をしないで良かったと心底ほっとしてから、一夜だけでも理想の王子様を見かけてしまった息子が暴走しないかと心底不安になった。ちなみに母親も父親に似た心理状態であったのは仕方のない事だろう。


 両親の不安をよそに、夢見がちだった少年は王子様のような少女を見て感動し、彼女にふさわしい妖精になる事を誓っていた。暗黒期が無事に明けると、本格的に彼は行動を起こしたのである。

「フェーデ!?」

 屋敷中に響きわたろうかというほどの悲鳴が爽やかな朝の雰囲気を破壊した。その悲鳴は食堂からであった。末端とは言え、王家の血筋からなる貴族の姫であった母親から出てきた声とは思えなかった。

 叫ばれた側である少年は、こてりと頭を軽く傾けてたおやかな笑みを浮かべている。その一歩後ろでは彼の妹が困ったように肩をすぼめ、叫んだ主を見つめている。

 叫んだ当人であるエルフリートの母は行儀の悪さも忘れて息子を指さしたまま血の気を引かせていた。その隣では彼女の夫が目を見開いたまま固まっている。完全に言葉を失っていた。


「おはようございます。お父様、お母様」

 叫ばれる前に言っていた言葉をもう一度繰り返す。とりあえず、エルフリートは今の騒動をなかった事にしたのである。両親が驚く事はエルフリートの想定済みだった。

 ここで負けては、王子様に見合う妖精さんにはなれいないのである。


「……」

「……」


 しばし母親と見つめ合ったエルフリートだが、これ以上動きようがないのを察すると妹に目配せをして席に着いた。両親どころか周囲の人間までもエルフリートを見つめている。視線が集中しているのに気が付いた彼は、正直に言った。

「この姿が気になるのですか? もちろんフリーデに借りました」

「お兄さまがどうしてもって言うので着せました。

 髪も私が結いました」

 少年はその妖精のような見た目を利用し、妹のドレスを着こなしていたのである。ドレスを着てしまえば、妹と瓜二つである。多少エルフリートの方が体格が良いとは言え、所詮は二つ違い。ほんの少しだけ、ドレスが小さいような気がする程度の違和感だった。

 この土地に住む一族として、最低限の身の回りを一人で行えるように育てていた弊害が想定外な所で発生していたのである。


「僕はあの物語に出てくるような妖精さんになります。そして、王子様に見初めてもらいます」

 彼は家族全員が見つめる中、そう宣言した。

 以来、エルフリートは理想の王子様を手に入れる為、両親を振り回し続けるのであった。

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