妖精と王子様のへんてこワルツ(カクヨム版)

魚野れん

プロローグ

第1話 王子様に夢見る妖精1

 これは、エルフ顔負けの美しい美貌を持つ残念な少年と、物語に出てくる王子のような凛々しい顔を持つ残念な少女の「妄執から生まれた愛の物語」である。

 まずは、その残念なカップルの少年について話をしよう。

 少年の名はエルフリート。

 エルフリートはカルケレニクスと呼ばれる領に生まれた。この領は古代語で“雪牢”の冠を抱く名の通り、冬になると一時期雪に閉ざされ完全な閉鎖空間となる。

 この季節は、領に入る唯一の道路――と言っても崖を削っただけの細い道――への風の吹き付けが強くなって行き来が難しくなる上、太陽が昇る事のないただひたすらに闇に支配される暗黒期に入るからである。

 この季節に視界を奪われ火も焚けぬ極寒の細い道を越えて行こうとするのは、ほとんど死を意味する。辺境の地もいいとこだ。


 豊かな森林が広がっているとは言え、森の向こう側は崖と大きな川。王都へ向かう一本の道は行く者の身を削る。だが、そうまでしてここに住み続けるのには理由があった。自国の防衛拠点としてである。

 大きな川の向こう側は別の国。侵略がほぼ不可能な土地、カルケレニクスこそ住み続けるだけで価値があるのだ。ここは戦となる可能性が一番少ない辺境地だが、生きる事自体が戦であるという特殊な土地である。

この広大な領地には、田舎とは言わせない程度の人口はある。もちろん彼らは基本的に普通の人間で、非常時には全員が戦えるようにも鍛えられている。そんな人間の中で土地を管理し、守り続けるという特殊な役職を与えられたのがエルフリートの一族であった。


 孤立する時間が長く、更には生活スタイルが特殊にならざるを得ない特性上、この地域には独自の文化が根付いている。このお陰で編み物や革製品など、工芸品から実用品まで様々なものが名産となっている。

 もちろん民話も例外ではない。中でもカルケレニクスの暗黒期を中心にした話が有名で、闇に閉ざされ封印された妖精を助け出す異国の王子という内容の言い伝えが存在しており、カルケレニクス領の人間はそれを深く信じている。

 この言い伝えは絵本にもなり、帝国内で有名な物語の一つでもある。


 そんなカルケレニクスの地でエルフリートが生まれたのは丁度暗黒期となる日。外は真夜中のような暗さであった。暗黒期に産声を上げた彼は生まれるや否や、産声と同時に辺りを明るく照らした。

 屋敷で使われている魔灯が彼の魔力に反応して真昼さながらの明かりになったのである。むしろ普段よりも力を増していたとも言われている。

 眩しいほどの光に照らされた彼は物語に登場する妖精そのもののようで、そのままエルフリートと名付けられた。

 エルフリートは妖精の名にふさわしく、素直な性格で見た目もかわいらしい子供だった。雪と見間違えるばかりの銀灰色の髪の毛はふんわりとしており、大きな目はややアーモンドの形に近く、そしておっとりとした性格を示すかのように垂れ目がちだった。

 瞳の色は紫がかったアイスブルーで、魔力を行使したり感情が高まると紫の色が濃くなり、一層人間離れした雰囲気となる。


 妖精と異なる点があるとすれば、彼は狩猟を得意とするという点だろうか。そもそも、この領では狩りのできない人間は生き残れない。領主の家族――つまり貴族――であれば生活の為の狩りとは不必要なものであると思われるだろうが、この土地は特殊である。

 閉ざされる期間、闇夜に乗じて偶に凶暴さを増した野生動物が現れるのだ。生活の糧としての狩猟も必要ではあるが、生き残る為にも必要な能力であった。

 領主は民を守るという役割から、人一倍その技術を磨かなければならない。妖精のようなエルフリートも例に漏れず、領主となる為に狩猟を学んだのだ。彼は森をこよなく愛し、よく周りの山を散策していた。

 まだ十と幼いながらも、大人顔負けの技量で動物を狩ってくる。その様子はおとぎ話の妖精と言うよりは、近年滅多に見られなくなった希少種であるエルフのようでもあった。


 そんな彼が一番に気にしているのは、と言うと。


「母上、今度の暗黒期に王子様は現れると思う?

 俺……一度だけでもいいから会いたいんだ」


 エルフリートは繊細な筆加減で妖精と王子様が描かれている本を抱きしめた。絵本というには、かなり豪華な装丁である。エルフリートが生まれた記念に、領主夫妻が用意したものだ。

 金額がかかっていそうな本であるが、実際は領主自ら絵筆をとり、その妻がその絵画を製本したものであった。絵画は全て銀細工で縁取られ、簡単には壊れないようになっている。エルフリートが生まれて十年経ってもなお、美しい体裁を保っていた。


「もうフェーデったら」


 エルフリートの母親は、彼の言葉を否定せずに笑って誤魔化した。

 言い伝えになっている妖精に似ていると褒めそやされて育ったエルフリートは、自分の対となるであろう理想の王子様を求めていた。

 とはいえ、本物の王子様では困る。エルフリートは領主の息子で跡取りだからである。本人にもその自覚はある。

 つまり、女性でいて、王子様のような人間を捜しているのだ。あまりにも無謀極まりない彼の望みに、妖精のようだと褒めていた人間の一人である母親は苦言を呈す事ができなかったという訳である。

 彼が夢見がちな少年になってしまったのは、母親のこうしたぼやかした返事にあった事は言うまでもない。

 そんな彼女はいつの日か「そんな風に言っていた時もあった」と笑う事ができれば良いなと遠い目をしながら思っている。できれば、普通の男の子として育ってほしかった。これから少しずつ修正していけると良いのだが、難しいかもしれない。とまあ、彼女が今更後悔したところで、この話は進んでいくのである。

 複雑な心境の母親とは別に、エルフリートは否定されない事をそのまま応援の意と捉え、麗しい笑みを浮かべながら王子様の絵をなぞったのだった。

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