第4話 一年のお約束1

 ついにやってきた! エルフリートは王都にある女性騎士団用の寮を目の前に深呼吸をした。緊張と期待がごちゃ混ぜになって興奮していた。

 王都は何度か来たことのある土地で馴染みがないわけではないけど、騎士寮は初めての場所だもん。

 そもそもこの姿でカルケレニクス領から出たのは初めてだし、緊張したりするのもしょうがないよね。

 王都へ旅立つ前の一月半は母と妹の協力で女性としての生活を叩き込み、王都へ移動しながら女装とばれない生活を実地で特訓してきた。その旅の中で自信があれば緊張しないとエルフリートは思っていたが、全くそうではないのだと思い知ったばかりである。

 おそらく完璧な擬態のはずだ。しかし、いつ見破られるか分からないという気持ちが頭をチラついてしまう。

 でも、王子様と一年、付きっきりになれるんだと思えば何でもできる気がするよね!

 そんな事を寮を見つめたまま考えていた。


「あなたがカルケレニクス辺境伯の一人娘、エルフリーデ嬢ですか?」

「あら、あなたは……」

「失礼。私はロスヴィータ・マディソン。ファルクマン公爵が娘、新しく創設された女性騎士団の団長です」

 エルフリートが振り向けば、騎士団の制服を少しだけ華やかにした女性騎士団の制服を身に纏った王子様が立っていた。約五年前に初めて見て、その半年後にお披露目会で挨拶をした、あの王子様だ!

 彼女を見た瞬間、女装の不安なんてどっかに飛んでった。

 相変わらず爽やかで麗しくて、本当に王子様なんだもん!

「初めまして。わたくしはエルフリーデ・ボールドウィン。カルケレニクス領より、ロスヴィータ様の補佐をする為に参りました」

 わあ、私、本物と会話をしている! 幸せ。なるべく丁寧な言葉を選んで自己紹介をしたエルフリートは胸をときめかせ、ぽんやりと彼女を眺めた。

 相変わらず美しい金糸に光の加減で煌めく瞳、空のようでいて森のような複雑な色彩は見ているだけで飽きる事はない。はあ、なんてすてきなの……。


 ロスヴィータに見とれているエルフリートをくすりと笑い、それから話を続けた。

「騎士の試験は免除という話でしたね」

「はい。辺境伯の子ならば実力を見なくとも分かるそうです。

 実際に確認していただいた方が良いとは思ったのですが、その意志は堅いようでしたので……そのまま免除していただきました」

 絶対裏で何かがあった。エルフリートはそう思っている。どうせ任期は一年だから、とかエルフリーデとして来ているが中身はエルフリートだから、とか結果が変わらないのであれば時間の短縮になって良いから、とか何とかあったのだろう。

 王子様はそこの辺りを気にしている風でもなく、ただ確認しただけみたい。あまり関心なさそうに頷いて、それから私の荷物をさり気なく奪いながら背を向けた。

 ああ、その背中も凛々しくてかっこいい。仕草だって完璧。本当にすてき。もう、夢みたい。


 あっ振り返った。その斜めの顔は最高にかっこいい! そんな角度で見られたらたまらなくなっちゃう!! ふっと意識が遠のきそうな気配がして、ふらりと倒れてしまわないように踏ん張った。

「お互い名乗ったわけだから、ここからは敬語は一切なしでお願いしたい」

「っはい!」

 そう言って彼女は歩き出した。……敬語はなし、かぁ。敬語も素敵だったけど、こっちはより凛々しくて好きかも。

「早速だが、私はあなたに副団長を務めてもらいたいと考えている」

「え? わたくしが?」

 早速、というよりも突然の事にもう少しで素が出るところだった。あぶないあぶない。え、私って任期付きの護衛じゃないの?


 優しい王子様は、疑問のあまりに立ち止まってしまったエルフリートに気がついたらしく、きちんと説明してくれる気みたい。

「試験免除という事は、それだけ実力が見込まれているという事。

 私としては信用のできる副官が欲しいんだ」

「……どうして信用できると思ったの?」

 立ち上げ一年しかいないというのに、副官にしたいとは不思議な話だよね。エルフリートは王子様が考えなしに言っているとは思えず、疑問を口にした。


「簡単な話だ。私は、辺境伯はもちろんエルフリーデ嬢の兄上とお会いした事があるし、私の両親共に辺境伯を信頼している。

 実力については、後で確認する必要があるが……まあ、他の良く知らない二人の内どちらかを副官にするよりはよほど良い」

 一度お披露目会の時に会っていたのを思い出す。あの時はひらひらのふりふりですごい姿をしていたっけ。申し訳ないけれど、あのドレスは私の方が似合うと思う。

 ほとんど一瞬と言っても良いくらいに短い時間だったのに、信用してくれるのは本当にありがたい。それに、この役職ならずっと一緒にいられるはずだし。王子様とは一秒でも多い時間を共にしたいじゃないか。

「わかりました。お受けしますわ」

「敬語!」

「あら、ごめんなさい」

 指摘されてしまい、片手で口元を隠して笑う。敬語の方が女の子っぽくしやすいんだけど。あんまり男の子っぽい話し方にならないように気をつけなきゃ。

「まずは、部屋の案内をしよう。打ち合わせは寮の案内が終わってからで」

「はい」




 最初の案内で部屋に荷物を置いたんだけど、小さくてそこそこ綺麗だった。制服はサイズが分かってからの特注だという事で、今日はもらえないみたい。

 女性騎士団は人数が少ないから、専用の訓練場はないらしい。現役騎士と一緒に訓練をする事になるという話を訓練場を見下ろしながら聞いた。

 男性に囲まれた方が女の子っぽく見えるから良いのが利点だけど、その分彼女たちを守る任務は難しくなりそう。

 騎士試験を切り抜けただけあって、そう簡単には事件も起きそうにない……と良いなぁ。という感想を抱いてしまう。

 どんな環境でも一定数は変なのが混ざっているとも言うし、油断は禁物だと軽く見積もろうとした自分を諌めるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る