第3話 斜め上行く二人3
読むわ、と宣言したアデラが手紙を開いた。
「私の娘、ロスヴィータの事です。
かねてより王子のような騎士になると公言していた娘ですが、とうとう女性騎士団の創設に漕ぎ着けました――まあ、凄いわねぇ」
おっとりとアデラがそう感想を漏らすと、ナターリエは苦笑した。その先が何となく読めたのだろう。
「ですが、初期のメンバーは娘の他に二人だけしか決まっておりません。
それも元傭兵と魔法の虫と呼ばれる貴族の娘です。
たった女三人で、あの騎士団と対等に渡り合おうとしているのです――あら大変」
ナターリエはまだのんびりとしているアデラに、そうのんきな事を言っている場合じゃないのではないかと小さく息を吐いた。
「知恵をお貸しいただけませんか? もしくは、どなたか適任をお貸しいただけませんか?
――まあ、うちの領の人間は皆騎士になれなくはない実力をもっているとは思うのだけれど……それにしても突然ねぇ」
お願いの本題を読み上げてもマイペースだった。それもそのはず、アデラはエルフリートの女装によって本人が思う以上に鍛えられていたのであった。
「エルフリーデ嬢を王都へ行かせますの?」
この流れから行けばエルフリーデが妥当だが、さすがにまだ幼い。狩猟のプロ集団でもあるカルケレニクス領の人間であれば、十を越えればほとんどが使える人材であるのは周知の事実である。
それでも、さすがに対人で即座に活躍できるとは思えず、この頼まれ事を簡単に承諾するのにナターリエは肯定的になれなかった。
「まさか。うちの娘はまだまだ未熟ですのよ。ですから、息子をエルフリーデとして行かせますわ」
「……ああ、その手が」
自分の息子がエルフリート兄妹のダンスの稽古相手をしているのは知っている。あの練習を見た時はアデラの気が触れたのかと思ったくらいである。
実際はエルフリートに振り回されての事だと分かり、どんなにほっとし、そして今後が不安になった事か。
「ルイーズにはフリーデの代わりに、フリーデに扮したフェーデを送るって、正直に言った方が良いかしら」
「何かがあった時を考えたら、その方がよろしいかと思いますわ。
ただ、そこは辺境伯とご相談された方が」
「そうね。そうするわ」
そうして妖精さんと王子様の再会準備が進んでいくのであった。
「え、私がエルフリーデとして王都へ?」
王都へ行き、やってもらいたい事がある。そう辺境伯アーノルドは息子に言った。
「この前のウォーデン家の夜会も欠席したロスヴィータ嬢は分かるな?」
「もちろんです。私の王子様ですから」
エルフリートは即答した。その言葉にアーノルドは苦虫を噛み潰したような顔で小さく唸り、そして口角を下げたまま詳細を説明した。
「そのロスヴィータ嬢が、女性騎士団を創設したのだが、団員数が少なくてな。
騎士団との生活では何が起きるか分からない。故に女装の得意なお前に護衛を頼みたいのだ」
「やります」
またもや即答。アーノルドはこの仕事がどれほどに重要、かつ困難なのかを本当に理解しているのか、不安でいっぱいになった。目の前に立つ自分の跡継ぎは、凛々しい表情で真面目そのものである。
やる気があるのはありがたいが、本当に現実を彼は分かっているのだろうか。
「期間はいつからですか」
「二月後から一年間だ」
「つまり、秋口から新採用の騎士と共に活動が始まるのですね」
秋口に採用される騎士は、平民や腕に自信のある貴族が多く、春先に採用される貴族の特権だけで入ってくる騎士よりもまともな人間が多い。恐らく許可を出した国王陛下もそのあたりを考慮しての事だろう。
アーノルドの不安は、冬に入れば暗黒期のせいで連絡が取りにくくなる事であった。サポートが必要となるかもしれない期間に連絡が取りにくいというのは、かなり大きな不安要素となるからだ。
「……何かがあっても、私が一人で判断し、行動しなければなりませんね」
「そうだ。念の為、暗黒期でも連絡できる手段を貸してやろうと考えているが、これはカルケレニクス辺境伯の特権でな。
表だって使う事は許可できんのだ」
愛鳥を撫でながら、彼は残念そうに言った。つまりこの要請を受けるという事は、敵陣に一人で潜入するに等しい。それをやり遂げられるかはエルフリートの肩にかかっている。
「父上、心配は無用です。
私は領主となるべく鍛え上げた体と知識、そして女装の心得があります。
更に、ご存じの通り、お恥ずかしながら私の王子様への執念は人並み以上です。彼女の為ならば、何でもやり遂げてみせましょう」
「……そうか」
これが王族への忠誠心であればどれほど頼もしい事か。アーノルドはいつかは真っ当になってくれる、という期待を捨て切れていないせいで、より複雑な心境であった。
「まずは、出立するまでに、女性としての心得を完全に習得しなければなりませんね!」
「……任期内に尻尾を捕まれぬようにな」
「もちろん尻尾を出すつもりはありませんし、王子様とお近付きになれるチャンスも逃すつもりはありません!」
ただの不祥事となる可能性を内包しているこの依頼。本当に大丈夫だろうな、と念を込めてエルフリートを見つめれば、彼はたおやかな笑みを浮かべた。
「わたくし完璧主義者ですから、お父様はご心配なさらないで。
立派にカルケレニクスの妖精として立ち振る舞ってみせますわ」
一瞬の内にふんわりとした雰囲気をまとい、声色を変え、柔らかで上品な仕草をしてみせたエルフリートに、アーノルドはゆっくりと頷いて見せたのだった。
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