第2話 斜め上行く二人2
レオンハルトが騎士になるなら、エルフリートも数年なら騎士をやってみても良いかな、という気持ちになる。実際にそうするかどうかは別として。
「もちろん構わないよ。また、一緒に狩りをしよう。
この前狩ったのは薫製しか食べられないけど、去年のものは丁度いい具合のハムになっている」
「本当か。それは良い。そっちも楽しみだ」
必要以上に狩った場合は基本的に保存食に加工する。中でもレオンハルトと狩りをする時は、レオンハルトが食べ損ねる事のないようにしっかりと加工している。それを知っているレオンハルトは純粋に喜んでみせた。
「せっかくですから、今回は私も連れて行ってくださる?」
「フェーデが良いなら俺に断る理由はないな」
そっと話に割り込んできたのはエルフリーデで、彼女もカルケレニクスに住む人間としてある程度の狩猟を勉強している最中だった。
今は狩ってきた獲物を捌いたり加工したりする方をメインにしているが、以前から見学したいとエルフリートにお願いをしていた。
森や山の中に入ればどんな危険があるか分からない。エルフリートは二つ年下の少女を一人で守りきる自信がなくて毎回断っていた。だが、レオンハルトも一緒ならばどうだろうか。
片方が危険に対峙している間、もう片方が彼女を守れるだろう。
「レオがフリーデを守ってくれるなら大歓迎さ。
一人では心許ないから、フリーデのお願いを断っていたんだ」
「そうか! ならばこの機会を逃すのは惜しい。一緒に行こう」
レオンハルトの天使のような無垢な笑みに、エルフリートとエルフリーデも微笑んだ。
レオンハルトがエルフリートの屋敷に行くと必ずする事がある。それは、エルフリーデの猫に挨拶をする事と、エルフリートのダンス相手を務める事である。レオンハルトはダンスが上手である。
同じくダンスが得意なエルフリートでもさすがに男役と女役を同時に行う事は不可能だ。だから、ダンスの練習につきあってもらうのである。男役の時はエルフリーデが相手になってくれる。
両親は未だに女装趣味の事については良い顔をしないが、エルフリーデとレオンハルトは違った。最初からエルフリートの味方である。
「リッター! 相変わらずかっこいいね」
「あぉん」
相性が良いのか、エルフリーデの猫はレオンハルトが大好きだ。屋敷に到着するなり、すぐに彼は姿を現した。短く鳴き声をあげながらどこからか現れた猫は、そのままレオンハルトの肩まで軽く上る。
まだ若い猫であるが既に成猫で、結構な大きさと重さがある。それを軽くあしらいながら腕に抱き込んだ。ブルー系の毛並みを持ったリッターはレオンハルトとお揃いの長毛で彼の顎や喉をくすぐりながらも、撫でられるがままにしている。
一人と一匹がそうして穏やかにじゃれ合っていると、仲のいい親友のようだ。
「私よりもレオの方がリッターに懐いているみたい」
「そうかな。たまに会うからこその仲良さという気がするけど」
エルフリートも妹と同じ感想を抱いていたが、無難な言葉に変えて答えた。エルフリーデはレオンハルトに妬いているだけだ。これも毎回の事だった。
レオンハルトがやってきた日の夕方はダンスの時間だ。レオンハルトはボールドウィン兄妹の相手役を務める。お互いにお互いをしっかりとチェックしあい、より恥ずかしくないダンスを踊れるようにするのである。
ドレスアップして美しい姉妹へと変貌した二人はレオンハルトと交互に踊るのだった。
そんな三人の裏側でエルフリートを巻き込むややこしい話が進んでいた。エルフリートの母親、アデラはカルケレニクス領に到着したレオンハルトの母親をサロンでのお茶会に招いていた。
執事長に用意させた菓子がテーブルいっぱいに広がっている。
「ごきげんよう、アデラ」
穏やかそうな表情をたたえた美女がサロンに入ってきた。レオンハルトよりも濃いブルーグレーの長髪をゆったりと結っている。ドレスはシックな色合いにも見える深いブルー。落ち着いた雰囲気にまとまっていた。
「お手紙を預かってきたわ」
「ようこそナターリエ。お手紙ってどなたから?」
「驚かないでね。何と、ファルクマン公爵夫人」
「まあ、ルイーズから!」
ルイーズ――つまりファルクマン公爵夫人――とは、ロスヴィータの母親の名前である。直接会う機会は少ないものの、親しい友人の一人であった。
「一緒に読んでって言われたわ」
「何かの相談事かしら……」
訝しみながらも蝋を剥がす。公爵家の印を押されたワックスがぺりっと音を立てた。枚数からして、内容は多くはないらしい。
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