第一章:女性騎士団設立

第1話 斜め上行く二人1

 着々と準備を進めていくロスヴィータの一方、エルフリートの方は、こちらもある意味順調に準備を進めている最中だった。

「お兄様、こちらの方がお似合いよ」

「そう? じゃあ、そっちにする」

 エルフリートは女性用の下着を身につけていた。コルセットにドロワーズまできっちりと、である。彼は妹が薦めるままにふんわりとしたバルーンスリーブが特徴的なドレスを受け取り袖を通した。

 本格的な女装――いや、むしろ女性としては正装――である。化粧はこれからとはいえ、柔らかい髪の良さを維持させるようにゆったりめに編み込まれた髪型や、人によっては派手すぎて似合わない濃い紫色のドレスをみる限り、これが男性だとは分からないだろう。少年故の中性的な色気がそうさせるのか、本当に妖精のようだった。


「今日はダンスのお稽古だよね」

「お兄様はどちらのパートも完璧ですごいわ」

「だって、王子様が男性パートを踊りたいかもしれないじゃないか。

 かと言っても彼女が女性パートを踊る気になった時に恥をかかせる訳にはいかないし、そう考えたら両方踊れる方が好ましいだろう?」

 エルフリーデの手でドレスが締まっていく。きゅっと音がしそうな程にリボンを引っ張った彼女はそのまま綺麗に結ぶ。

「お兄様、ドレスを身につける時は言葉遣い」

 エルフリーデがエルフリートの鼻をつまんだ。

「あぁん、ごめんなさいー」

 やや甘ったるさを残した声色でエルフリートが謝った。彼の目の前で叱りつけていた少女はそれを聞いてにこやかに笑う。

「さ、先生の所へ行きましょ」

「はぁい」

 ホールへ向かえば、先生が待っていた。と言っても、先生とは執事長である。

「先生、今日もよろしくお願いしますね」

 優雅にドレスを持ち上げ、女性の一般的な礼をするエルフリートとエルフリーデは、貴族令嬢姉妹そのものであった。


 一般的な貴族令嬢としての所作や知識を片っ端から身につけていったエルフリートは、跡継ぎとしての勉強も欠かさずにしていた。この領地の歴史から防衛手段、反撃方法について、またありとあらゆる武具の使い方を学んだ。

 もちろんいずれは財政の方も勉強しなければならない。だが、それは貴族令嬢としてどこに出ても恥ずかしくない礼儀を身につけてからだ。エルフリートは順を追って計画的に全てを進めていた。とはいえ、これらの計画は全て非公開である。

 エルフリートが女装を趣味としている事は、エルフリートの屋敷にいる人間は秘密とするように厳命されている。公にするにはあまり良い趣味だとは言えない。それはエルフリート自身もよく分かっていた。外部の人間でこの事を知っているのはほんの一握りであり、エルフリートの自身もこの屋敷の外に女装したまま外出した事はない。

 辺境の地とは言え、催し物を開いたり招待されたり、という事は少なくない。その時は男性として身を晒す。美しいとは言われても、女っぽいとは言われた事がないのがエルフリートのちょっとした自慢だった。




「やはり今回もロスヴィータ嬢は欠席か」

「そのようですわ、お兄様」

 今日は不定期に開催されるウォーデン家の夜会である。ウォーデン家の次男坊であるレオンハルト・ロデリックとは親友で、よくカルケレニクス領に遊びに来てくれる。そしてエルフリートの女装を知る数少ない外部の人間である。

「エルフリート」

 片手をあげて颯爽と歩く少年が見えた。レオンハルトである。

 ふんわりとした髪の毛はエルフリートのそれとはまた質の違う柔らかさで、どこか猫科の動物を彷彿とさせる。鋼鉄のようなくすんだ鉛色という髪色は、汚らしく見えてしまいがちのはずだが、彼はむしろ重みのある威厳のようなものを感じさせていた。

 光の加減で青みがかって見える事もある位で、そういう時は神秘的に映った。今は光源が限られていてそういった美しさとは無縁である。その代わりに明るい緑系のコートが重さを軽減させ、軽やかな雰囲気へと変える役割を担っていた。


「やあ、レオンハルト。お久しぶり」

「お元気そうでなによりですわ」

「フリーデ、相変わらず素敵だね。

 フェーデは見る度に綺麗になっていく気がするよ」


 最初の挨拶だけは貴族らしく。それからは親友として話しかけてきた。エルフリートよりも身長の高い彼は、エルフリートの一つ年上だった。その割に兄妹へかける言葉を取り違えているようだが、彼に他意はない。

 エルフリートの女装趣味に動じなかった唯一の親友である。一癖あるのは仕方がない。彼の場合は、その外見に似合わず純粋で天然な人格が特徴であった。

「そうだ。今度またそっちに遊びに行っても良いかい?

 近々騎士団に入団する事になったんだ。 忙しくなる前に遊んでおきたくて」

 ややつり目がちなアーモンドアイは好奇心に輝いている。


 レオンハルトは狩りが好きだ。罠をかける技術も中々だが、それ以上に腕っ節が強い。剣技ではエルフリートも力負けしてしまう。

 そんなレオンハルトは騎士になるというが、向いている職業だとエルフリートは思った。優しくて他者思いの性格をしている。それでいて荒事――と言っても相手は野生動物だが――にも慣れている。

 跡継ぎという訳ではないから社会見学という名の騎士生活ではなく、就職という事だろう。優しい性格は彼を苦しめる事もあるかもしれない。そういう時はエルフリートが支えてあげれば良い。

 気兼ねない相手との繋がりは、人を強くする。強くする、と言うのは大げさかもしれないが、頑張る力を与えてくれるのは確かであった。

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