第4話 一目惚れした王子様2
数時間のパーティーの後、ロスヴィータは自室で絵本を漁っていた。たしか、この辺りにあったはず。
「あった……!」
重たい絵本だった。小さな時から好きな絵本の一つで、それこそ何も分からない赤ん坊の頃からのお気に入りだ。乳母にはよくこの本を読んでもらっていた。
白銀の妖精と王子が出てくる絵本で、カルケレニクス領の物語である。確か、カルケレニクス領の暗黒期の仕組みを表した作品だったはずだ。妖精はカルケレニクスを守り慈しんでいたが、彼女の力を欲した悪い妖精がさらいにやってくる。
彼女を失ったカルケレニクス領は闇に閉ざされ、凶暴化した動物が蔓延る恐ろしい土地となってしまう。そこに妖精を助け出そうと帝国の王子がやってきて、悪い妖精との大立ち回りの末に彼女を助け出すのだ。
助け出される時、この妖精が王子に向かって飛び込んでくる場面があってロスヴィータはその場面が好きだった。絵本一杯にちりばめられた星屑のようなきらきら、嬉しそうに微笑む妖精。憧れだった。
今日出会ったエルフリートが妖精で自分が王子様だったら。彼は妖精のようにきらきらと輝いてみせるのだろうか。
そうだ。王子様。ロスヴィータは思い出していた。彼に王子様みたいだと、確かにそう言われたのである。王子様になろう。ロスヴィータは決意した。それは、エルフリートの女装生活に匹敵するレベルの決意だった。
ロスヴィータは生まれ変わった。まずは似合わないドレスを我慢して着る生活から逃げ出すところから。父親に直談判して自分用のコートを作ってもらい、母親には騎士になると宣言した。
彼女の両親は気まぐれによるもので、長くは続かないと高を括っていたのだが、いつの間にか遠い親戚筋でもある将軍の庇護下に潜り込む事に成功し、順調に頭角を現していった。
魔力にはあまり恵まれなかった為、剣や弓の技術、体術の方を中心に訓練を重ねた彼女は、まだまだ若いながらもしなやかな筋肉を纏った立派な騎士だった。
ここまできてようやく彼女の本気を理解した両親は慌てふためいた。これでは嫁の行き先がなくなってしまう。元から難しいと覚悟していたのに、これでは。
今や彼女が少女であるとは誰も思わないだろう。甘めのマスクをしているとはいえ、しっかりとした骨格に筋肉のついた身体は少年そのものである。それに胸元もすっきりとしていて同年代の他の少女と比べたら寂しいくらいである。
悲しい事に、それが一層少年らしさを醸し出していた。
「少しは女性らしくしなさい。あなたは貴族令嬢なのよ?」
母親にはそう苦言をもらう事もしばしばであったが、その度にロスヴィータは笑い飛ばした。
「私は、私らしくあれば良いのだ。この姿の方が似合っているし、他のご令嬢方にも人気だよ」
そうしたやりとりをしている内に数年が経ち、とうとう彼女は成人男性にも引けを取らない実力を身につけるに至った。一般的な貴族令嬢としては残念だと言わざるを得ない。
だが、これだけでロスヴィータを残念な少女と呼ぶには理由が弱い。彼女の残念な部分は、この先にあった。
「自分の騎士団を創設する。
私は血筋的にも王子にはなれない。だから、それに次ぐ存在になる」
彼女にとっては当然の流れだった。
「帝王からは将軍を通して許可を得てあるし、あとは人数の問題だ」
ロスヴィータはすこぶる手回しの良い人間だった。欲望に忠実だからなのか、企画力に優れているからなのか、上に立つ者としての能力を有しているからなのか。とにかく両親が苦言を呈する隙なくやってみせた。
彼女が男として生まれてきたのならば、跡継ぎとしてはこれ以上ない素質だっただろう。本当に残念である。
「きっとまた妖精さんと会えるから、それまでに完璧な王子様になる。
そして、あの人を守ってみせるんだ」
一体何から守るつもりなのか、全く分からない。実際、本人も良くは分かっていなかった。初恋にも似た熱量を持っているが、初恋と言うには方向がおかしかった。いずれにせよ、王子様として妖精と再会するのを目標にしているのには違いない。
しかし人生の目標にするには低すぎる。ただそれだけの為に、ここまでする事が残念だ。女性としての生き様を捨てたと言っても過言ではない状況で、それだけが目標である。
一般的に考えれば気がふれたのではないかと思う所である。本人は至ってまともだと思っているようだが、この生き方は周囲をあたふたとさせ続けている。
現に、女性騎士の初回公募に現れたのは二桁に欠ける人数で、その内に適正があったのは二人。何とも心許ない。ロスヴィータは気にしなかったが、両親は大いに気にした。
男性社会の中に突然入り込むだけでも心配なのに、同性の味方が二人では。騎士とは言え人間である。典型的な騎士だけではなく野蛮な性格の人間も混ざっているだろう。そんな中に大切な娘が入っていくのをぼんやりと見送る訳にはいかない。
子煩悩だとか、過保護だとか、そう周囲から言われても構わない。娘の安全の方が重要である。どれだけ残念な性格をしていたとしても女は女だ。絶対に間違いがないとは言い切れない。
城下町にある屋敷を改造して宿舎にしよう。そう両親に提案されたがロスヴィータは首を横に振った。先輩騎士とは騎士同士として対等でありたいというのがロスヴィータの気持ちだった。女性だから、貴族だからと最初から甘えてしまうのは簡単だ。だがそれでは理想の王子様にはなれない。
何事も試してみなければ分からない。それがロスヴィータを動かしている。時に周囲が無謀だと思う事でも、絶対に駄目だと分かる瞬間までは諦めない。この、彼女の粘り強さが望む結果を引き寄せる。少なくとも今まではそうだった。
確かに女性として配慮が必要な環境はあるだろう。だが、それ以外の部分では男性騎士と同じような条件でいなければ意味がない。成長したロスヴィータは、王子様に匹敵する騎士となるついでに、女性だからと否定されていた騎士という職業の革新をしたいと考えるようになっていた。
一見して志は高く、素晴らしい人物に聞こえるが、その行動が全て妖精に見合う王子様になる為の準備だと言うのだから、非常に残念な少女だとお分かりいただけたと思う。
両親が“妖精さん”ことエルフリートに会ったらどうするのかと何度か確認した時は「守る」としか答えなかった。自分のステータス磨きだけで頭がいっぱいで、会ってからのビジョンは全くなかったのである。
まだまだ、ロスヴィータの女性としての成長はこれからなのだった。
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