第3話 一目惚れした王子様1
では、王子様の方はというと。彼女の名はロスヴィータ。似合わないドレスを文句も言わずに着てみせる忍耐力の固まりのようなお嬢様である。そんな生活も今日までだ。
今日はロスヴィータにとって、特別な日であった。それはお披露目を兼ねた誕生日パーティーである。ようやく貴族の一員として、対外的に紹介される日だ。
似合わないドレスに適当な笑み。長髪が似合わないのを気にしてか、彼女の髪は半分以上が顎の辺りまでしかない。長い部分はひとまとめにされており、不釣り合いなほどにふんだんにレースを使ったリボンで飾りたてられている。
そのどれもが彼女の魅力を落としていた。
ロスヴィータはまだ子供だが、愛らしさを強調させたデザインのドレスよりも大人びたタイトなドレスの方がまだましであっただろう。
「凛々しいお嬢様だ。未来が楽しみだよ」
「ありがとうございます」
凛々しい、と愛らしい、は同居しない。お祝いにやってくる貴族たちはこぞって凛々しいと褒めそやした。そんな中、彼女を残念な道へと引き込むきっかけが訪れる。
「ファルクマン公爵、以前はどうも。お久しぶりだね」
「おお、カルケレニクス辺境伯」
父親がいち早く来客に気が付いた。ロスヴィータは父の動きを真似して挨拶をすべく振り返る。
「先日は追い返すようにしてすまなかった」
「安全の為であれば仕方のない事。戻れなくなっては我々も困ってしまうところだった」
大人の会話を始めてしまっていた二人に挨拶するタイミングを逃してしまった。これは紹介されるまで後ろで待っていた方が良いだろうと、彼女は控える事にした。でしゃばる貴族は繁栄しない。それが身についているのだ。
「そうそう、今日はな、年も近いから息子を連れてきたのだ」
「おお」
「ロスヴィータ、こちらに」
長く待たずに父親に呼ばれ、俯かせていた顔を上げる。そこには穏やかそうな男性が立っていた。だが、コートの中からでも分かる。しっかりと筋肉が付いており、人好きそうな顔に似合わず逞しく生きている人間だ。きっと武術を嗜んでいるに違いない。
よくは覚えていないがあの時の領主だ。なんとなく声だけは覚えている。あの時は初めて通った細い道に緊張してしまっていて、ぐったりと疲れていた。全く周囲に気を配る余裕などなかった。
旅先で情けない姿は見せられないという気持ちだけで一人で立っているように見えたものの、その実、周囲の大人がこっそりと支えてくれていたからできた事である。
「実は初めましてではないんだがね。元気そうで良かった」
「本日はありがとうございます」
形式ばった礼をし、最大限に努力した笑顔を作る。
「これが息子のエルフリートだ。仲良くしてくれ」
「はい」
当時の事を引き合いに出して会話を弾ませるテクニックを持ち合わせていない彼女は、何とか無難な挨拶をこなした。そんなロスヴィータが冷静でいられたのはここまでだった。再び姿勢を正すと、その目の前には美しい人間が立っていた。
透き通るような白い肌、ふんわりとした銀糸は雪のよう。やや垂れ目がちの瞳は儚げな雰囲気を醸し出している。
「ロスヴィータ、よろしく」
「……」
人間に、こんな美しい造形を神が授けるのだろうか。まだ幼いロスヴィータは言葉が出なかった。固まってしまったロスヴィータを思いやってか、ほんの少ししかない身長差を大きくさせるためか、はたまた単純に女性に対する礼儀としてなのか、エルフリートは膝をついて恭しく彼女の手を取った。
見た目よりもしっかりとした手である。その見た目からは想像できないが、父親同様に鍛えているのかもしれない。
手から視線を移動させれば間近に不思議な色合いの瞳が見えた。みずみずしく潤った瞳はあちらこちらの光を吸い込んで輝いている。そう言えば、大好きな絵本の中に似たような容姿のキャラクターがいた気がする。
「あなたとこうして出会えた事、私の人生での最大の幸運です」
そして手の甲へと軽い口づけを落として立ち上がる。
「同年代と出会って逆に緊張してしまったようだ」
「ふふ、かわいらしいお嬢様でよろしいですな」
頭上では大人が勝手に解釈して話を盛り上げている。エルフリートの容姿に一瞬にして心を奪われてしまったロスヴィータは、ただただ彼の動きを追ってしまう。
もう一度目が合った。
「王子様みたいで本当に素敵」
ふんわりと雪が溶けるように、微笑まれた。春を表現するとしたらこんな表情だろう。周囲に差してある花瓶の中の蕾が開いてしまいそうだ。しかもこんな美しい人に王子様みたいだと言われるなんて、夢みたいだ。と中途半端に口を開けたまま、そんな間抜けな事を思っていた。
そんな夢のような時間はほんの短い間だった。
それもそのはず、誕生日パーティーの主役でありホストはロスヴィータである。幼いながらも父と共に客をもてなさねばならない。あの美しい少年ばかりを見つめてはいられないのだ。
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