第5話 一年のお約束2
「まずは、私の事はロスで良い」
ロスヴィータはそう切り出した。
今は最後の案内になった執務室。肉体労働がメインとは言え、騎士団員は仕事をこなしたら報告書を作る義務がある。暴漢から助け出した、であったり、失踪人の捜索を行った、とか、はたまた魔獣を退治した、とか、とか様々だけど、そういうのはお偉方に報告しなければならないんだよね。
これを面倒だとしてしまえば、どの仕事だって面倒になってしまう。書類の作成は、父親からある程度指南してもらっているから、最低限ならばこなせるはず。やってみるまではどのレベルか分からないけど、何とかなると思っている。
「エルフリーデ嬢、フリーデとお呼びしても?」
「もちろん構わないわ」
フリーデとは、元々妹の愛称だ。自分の愛称は違うけれど、分かりやすくて良い。
「フリーデ、基本的な活動は騎士団と同じだ。
ただ、今回は設立して間もない為、研修がメインの一年になる」
「はい」
「秋が設立なのは、大々的なお披露目をするのが春だからだ。
今までの傾向からして春の方が盛り上がる。それまでに我々が騎士団と同等の働きができるという証明をしていきたい」
そう言いながら彼女は資料を広げた。ロスヴィータは本気だった。エルフリートは両親からは娯楽のようなものだろうと聞かされていた。が、綿密な計画の上にあると分かる。
これは必ず彼女の計画も成功させなければならないな。一年の間にどれだけできるか分からないけど、先駆けのひとりとしてやれるだけやろう。そう決意した。
「少人数であるからには連携が必須。まずはそれを調整したい。ある程度形になったら、今度は実地で演習をする。危険区域すれすれで行う事で、緊張感を感じてもらいたい。
この演習訓練で絆を深めたら、地道に知名度をあげる作業に入っていく。つまり、実際の騎士団の業務に参加させてもらったり、という事だ」
「なるほど」
凛々しい相貌に凛とした瞳、彼女はしっかりと“女性騎士団の未来”を見据えている。
「私の時には難しいだろうが、いずれは騎士団に統合され、半数は女性という騎士団になるというのが私の理想だ。その足がかりとしてふさわしい一年にしたい」
凄い志を持った人だ。エルフリートは感心した。見た目だけではなく、中身までも王子様だった。やっぱりこれは運命なのかも。どこまでもついて行きたい気持ちになってしまう。
自分自身は辺境伯の地位を継がなければならないのがとても残念なくらい。家督を妹に譲ったら駄目かなぁ……。
「あなたの兄上、エルフリート様はドレスの似合わない私に一番の言葉をくださった。無理矢理に可愛いとか、そういう誤魔化した言葉ではなく、一人の人間として見てくださったんだ」
急に本名が出てきてドキリとする。
あれ、もしかしてとても好かれている? エルフリートは自分が何を言ったのか思い出した。確か――
「王子様みたいで本当に素敵」
そう。公式の場で会えたのが嬉しくて、今一番の幸運だと言って挨拶したんだっけ。ドレスなんて本人の評価とは何ら関係ない。エルフリートはただ彼女が自分の理想の王子様だと実感しただけだった。
「あれ以来、自分に自信が持てるようになったんだ。
だから、彼の妹ならば、無条件で信用できると思っている」
「ありがたいけど、重圧を感じちゃいそう」
思っている以上にエルフリートの好感度が高いようでびっくりした。嬉しいけど、今それを表に出すわけにはいかないし。変な顔になっていたらどうしよう。
「という事で、フリーデには正直に言っておく。私はその時に妖精さんを守る王子様になるって決めたんだ。
だから、あなたをちゃんと守り抜いてみせる。一年という短い間だが、安心して私の側にいてほしい」
「……はい、お願いします」
一年の期限付きは変わっていないみたいだと思うと同時に、どうやらエルフリーデは彼女の脳内では妖精さんになっているらしいと気付く。自分の脳内で彼女を王子様と呼んでいるのと同じなのだろうか。と、冷静に考える自分とは裏腹に頬が熱くなってきた。かっこよすぎるんだもん。
彼女の期待を裏切らないように、今後はもっと上を目指さないと!
今日は他の団員との顔合わせをする。確か、貴族のご息女と元傭兵だったはず。エルフリートは年齢的には諦めなければならない、うっすらと生え始めた髭を剃りながら今日の段取りを思い出していた。
妖精さんにより近付きたいエルフリートとしては不本意きわまりない生理現象だった。地毛が地毛なだけあってほとんど目立たないそれは、乙女としての一手間だという言い訳がきく。
美意識の高い人間が多い貴族では、そんなに不思議に映らないだろうと思う。はぁ、生えなくなる魔法でも開発されないかなぁー……。
で、問題の段取りだけど。まずはその二人と顔合わせ。ただ全員がほとんど初対面の為、各々の能力を見せ合う時間をとる。物理の方は団員同士での手合わせのような形を取り、魔法の方は的に向けて術を使う形とする。
基本的に騎士団は魔法師団ではないから、物理の実技ができないといけない。だから、四人とも何らかの形で武器を扱えるはず。貴族出身の子が自分の事を魔法師と名乗っていたそうだから、武器の扱いは最低限なのかもしれない。
――そうか。魔法込みでの実技なら、私と組めば良いか。手合わせの組み合わせは会ってから決めようという話になっていたけど、提案してみようっと。
ムダ毛――正直、髭と呼びたくない――の処理が終わったエルフリートは、保湿をして簡単な化粧を始めた。騎士たるもの、そんな事に力を入れていては……なんて言われるかもしれないから、本当に自然な感じで。
昨日よりも簡素に、でも手抜きではない化粧を施した顔は、どこからみても可愛らしい少女だった。
「うん。妖精さんはいつも身綺麗でなきゃね」
さあ、王子様の右腕として、妖精さんとして、一年間がんばろう。
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