第6話 麗しの隊長は王子様1

 朝食は食堂で、という事でロスヴィータと約束をしている。もちろん副官であるエルフリートが彼女を迎えに行く事になっていたんだけど。ロスヴィータの部屋へ向かう途中で彼女と落ち合ってしまった。

「おはよう、フリーデ」

「おはようございます、ロス。お部屋で待っていてくれれば良かったのに」

「いや、そんな手間をかけさせる訳にはいかないさ」

 ……ああ、眩しい。さすが王子様。

 エルフリートはくらくらとする頭を気合いで止め、朗らかな笑みを作った。窓から差し込んでいる光が彼女の金糸を煌めかせている。朝から幸せだ。日頃の私の行いが良いからだね。はあ、本当に幸せ。


「うう、かっこいい」

「可愛らしい妖精さんには適わないけどね」

 ああ……私本当に妖精さんになれそう。うん。私は妖精さんになる!

「じゃあ、行こうか。

 私は一足先にこの寮で生活しているが、ここの食堂はなかなか面白いんだ」

 さっと差し出された手にうっかり手を添えてしまい、エルフリートは夢うつつのまま彼女に導かれて食堂へと向かうのだった。




「朝食は選べなくて一種類だけなんだ。……ああ、果物は選べるよ。

 昨夜とは雰囲気も違うから楽しみにしていて」

「はい」

 食堂に近付くにつれて人混み特有のざわつきが耳に入る。そこでやっと自分を取り戻したエルフリートは緩みきっていた気持ちを引き締める。

 一歩室内に入ると、視線が集中した。女性騎士団員が珍しいからだろう。ロスヴィータだって数日しか利用していないはずだし、エルフリートに関して言えばこれが初めての利用である。

「あら? 皆様、はじめまして。女性騎士団の副団長となりましたエルフリーデ・ボールドウィンと申します。

 今後ともよろしくお願いいたします」

 こういう時は、挨拶が大切だったよね。にこやかな笑みに淑女の礼をする。第一印象が大事って言うし、私はより女の子らしく見てもらわないと。


 エルフリートは挨拶のあと、口笛と拍手の歓迎を受けた。口笛はちょっと行儀が悪いと思うんだけど、あれは中級階級の騎士かな。

 騎士には柄の悪いのが混ざっている事もあるって聞いたから、そういう部類の人間なのかも。気を付けなきゃ。

「フリーデ、あまりそうやって愛想をばらまくと後で絡まれるよ」

 王子様の小さな声が耳に入る。あら、それは困るかな。と、思ったんだけど。

「フリーデ、この前のパーティーではありがとう」

「まあ、レオン」

 聞き慣れた声。レオンハルトだった。前に騎士団への入団の話をしていたんだっけ。別の騎士団だけど同期だねって笑い合った記憶が甦る。

 ……見知った顔にちょっとだけほっとしたのは内緒。


「相変わらずぽんやりとしているけど大丈夫か? 狼の群に無防備に紛れ込んだ鹿みたいだったぞ。

 あなたもそう思うでしょう? マディソン団長」


 ぽんぽんと軽く頭を撫でながらレオンハルトがロスヴィータへと問いかける。彼女は大きく頷いた。

「その通りだ。あと、団長というよりも人数の少ない今は隊長みたいなものだから、気遣いは不要。ロスと呼んでくれ。ところで、お二人はお知り合いのようだが……」

 あれ、とエルフリートは首を傾げた。レオンハルトの母親はロスヴィータの母親と仲が良いと聞いていたけど、レオンハルトの事は知らないみたい。

 間に入って紹介するべきだったのにタイミングを逃しちゃった。本当にぽんやりしてるかも。かといって不思議に思った事を口に出す訳にもいかず、紹介するのを諦めてカウンターへと向かう。

 打ち合わせなしに三人とも歩き始めたけど、ここでのんびりとしていたら時間に間に合わなくなってしまうもの、当然だね。


「私はレオンハルト・ロデリック。彼女の幼なじみみたいなものです。

 彼女の兄であるエルフリートとは親友なのですよ」

「ロデリック……聞いた事があるな。

 ウォーデン侯爵の血筋か。母がウォーデン侯爵夫人と親しくさせていただいている」

「よくご存じで。いつもお世話になっております」

 ああ、そっか。レオンハルトは跡継ぎじゃないからロスヴィータとは面識がないんだ。レオンハルトにトレイを渡され、彼の見よう見まねで前へ進む。厨房では男女共にせわしなく動いている。

 誰もがどのポジションでも問題ないようになっているのか、ころころと配置が変わる。飽きずに見ていられそうだ。


「フリーデがここに来ると決まったのは、私の入団が決まった後だったので、これでも親友の妹をどうやって守りきろうかと悩んでいたんですよ」

「大丈夫だ。私が守りきってみせる」

「麗しの隊長なら、彼女も安心できるでしょう」

 厨房に気を取られている間に勝手に話が進んでいく。けれど、私が間に入れそうな話題じゃないから割り込むのが難しいんだよね。

 それにしても、王子様の柔らかなテノール。聞いているだけでうっとりしちゃう。

「本当にぽんやりしてるけど大丈夫か?」

「えっ、大丈夫に決まっているじゃないの。

 私だってお兄さまには負けるけど鍛えてるのよ?」

「そういう意味じゃないんだけど」

 苦笑するレオンハルトに首を傾げてみせると、また頭を撫でられた。


「良いよ。それくらい鈍い方がここでは生活しやすいかも」

「カルケレニクスの人間は統率されていて民度が高いという話だからな。

 王都ではそうはいかないだろうが、私がずっと側にいるから大丈夫だ」

「とてもありがたい話です。フリーデに何かあったら親友に合わせる顔がありません。どうぞ、よろしくお願いします」


 本当に勝手に会話が進んでいく。それも、私の面倒をロスヴィータがみる事になってる。けれどこれって結果的にはずっと一緒にいられるって事で、守りやすいって事じゃないか。

 ああ、レオンハルトがロスヴィータの性格を見抜いた上で誘導してくれたのかな。気配りのできる男って良いなあ。まだまだ学ぶところは多いや。

 一つしか違わないはずなのに、周囲の環境が彼にそうさせるのだろうか。

 エルフリートの時のお手本はいつもレオンハルトだ。きっと、これからもそうなるだろう。


 そうこうしている内に、トレーの上がにぎやかになってきた。目玉焼きにソーセージ、ジャガイモのサラダとコーンスープ。あれ、ジャガイモはサラダじゃないのかな。今、普通にサラダが追加された。え、ベーコン?

 どんどん増えていく朝食に目を丸くする。

「おっと、フリーデ。適当なところでカウンターから離れてやってくれ。

 目の前にトレーが置いてある限りずっと増えてくぞ」

「あら、まあ……食べきれるかしら?」

 わわ。今度はスクランブルエッグ! 慌ててそっとトレイを下げた。厨房の人がこっちを見て笑っている。わざとやったな? エルフリートは目を見開いたまま、瞬きを繰り返した。周りで様子を見ていた騎士たちも笑っているし。

 あーん、もしかして早速洗練受けちゃったー? でもちょっと楽しい!

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