第7話 麗しの隊長は王子様2

「お嬢様、無理は程々にしてくださいよ」

「大丈夫ですわ、多分」

 厨房から笑いながらの声かけがきた。もちろん笑顔で返す。フルコースに比べたらぜんっぜん少ないもの。食べれるはず!

 ロスヴィータのトレイを見たら、適当なところでトレイを下げたらしく、エルフリートのそれに比べたら少しばかり控えめだった。

「ロスはちゃんとタイミングが分かっているのね」

「ああ。私も同じように洗礼を受けたんだ。もちろん食べきったとも」

 やっぱり洗礼だったのね。エルフリートは納得したが、一言だけ頬を膨らませて抗議した。

「教えてくれても良かったのに」

「すまない。驚く顔が見てみたかったんだ。ふふ、大丈夫。食べきれなかったら私がいただくよ」

 エルフリートは彼女の言葉に頬を赤く染め上げた。格好良い、素敵、さすが王子様。もう許しちゃう。

 彼女にだったらいじられていたい。

「フリーデ、いい加減食べ始めないと今日の予定に間に合わなくなるんじゃないか?」

「あ。そうだった!」

 レオンハルトがいてくれて助かった。飛んでいた意識を戻されたエルフリートは山盛りになった朝食を真剣に見つめ、胃袋へ詰め込むのだった。




 一度武器を取りに戻り、集合場所へと移動する。女性騎士団は全員時間通りにそろった。時間通り、というのは良い事だ。エルフリートはロスヴィータと顔を見合わせ頷いた。

「私は団長でこの小隊の隊長だが、初顔合わせの際に言ったとおり、ロスと呼んでほしい。

 あと、私の隣にいるのが副団長のエルフリーデだ。

 妖精のように見えるが実力はある。それはこれから一緒に確認してくれ」

「初めまして、お二方。わたくしはエルフリーデ・ボールドウィンと申します。

 基本的にロスの方針に従いまして、これからは敬語なしでいきますわね」

 にこり、と微笑んだら二人から微笑み返された。良い人たちだ。片方は一番の年長、もう片方は一番の年少だ。

「こう見えて辺境伯の娘なの。狩りは任せて」

 そう言いながら弓を引く動作をする。二人とも想像がついたみたいで、頷いていた。二人からも同じように自己紹介をしてもらう。


 年長の方がバルティルデ・ペンロド、年少の方がマロリー・グレアム。それぞれバティとマリンで良いと言われた。バルティルデは元々傭兵として生活していたらしい。しかも既婚者だそう。実のところ、一児の母で傭兵業を控えている時にこの応募を見つけたのだと言った。

 安定した収入が得られるのなら、傭兵業よりも良いかもしれないと早速応募したあたり、傭兵の身軽さを感じる。実戦経験もあるし、なかなか頼もしい。

 マロリーの方はすらっとした細身の少女で、騎士団にいるのが不釣り合いな印象があった。少しばかり冷めた表情なのがちょっと不安。でも、実力はあるんだと思う。後で存分に確かめよう。

 それぞれが、自分が思う動きやすい服装を身につけている。ロスヴィータは制服で、バルティルデは傭兵時代に使っていたと思われる革鎧、マロリーは騎馬服。私はというと、とりあえずの普段着であるドレス――ワンピースに近い簡単な作りだから持ち運びが楽なんだよね――のまま。

 制服がすぐに支給されると思っていたから、そういう服を用意していなかったんだ。それに、必要なものは現地で調達する主義だし。辺境の地から大荷物を抱えて移動なんて、笑えないよ。


 直前にロスヴィータへ提案した通り、魔法単体で試すのではなく実践形式にしようという話になった。だからロスヴィータはバルティルデと、私はマロリーと模擬戦をする。

 まずはロスヴィータ対バルティルデ。王子様の立ち回り、しっかりと見学しなきゃ。

 模擬戦に使う武器は刃を叩き潰しているから、相当な力がなければ大けがにはならないはず。そのせいなのか、自信があるからなのか、バルティルデは日焼けした肌に引き締まった筋肉が見える腕を露出したまま剣を構えた。

 ロスヴィータは制服のままで戦うらしい。制服は戦闘服としての側面を持たせた作りになっているから、騎士団としての戦いを考えるなら理想の服装だ。彼女は丁寧に剣を構えている。貴族特有の構え方で、ちょっとだけ不安がよぎる。

 正直、貴族騎士よりも傭兵の方が強い傾向がある。それは型通りの動きを仕込まれたせいで、生き残る為に戦う傭兵の戦闘スタイルと相性が悪いからだ。


 傭兵をしていただけあって、バルティルデの動きは良かった。先制攻撃を仕掛けたのも彼女だ。長身にその瞬発力があれば、戦場でもかなり有利になれただろう。

 小手先調べに軽い突き、最小の力で避けたロスヴィータはそのままバルティルデから繰り出される攻撃を避け続けた。彼女の動きを読んでいるかのような器用な避け方に関心する。

 エルフリートの不安は全く無駄だった。

「綺麗に避けるね!」

 剣だけでなく、時には蹴りが飛んでくる。ロスヴィータはそれらを指数本――時には指一本程度――で避ける。体幹の鍛え方が違う。エルフリートは舌を巻いた。

「取り柄なんだ」

 ロスヴィータが笑った気がした。彼女はひらりと避けたように見えたが、その瞬間に反撃した。避けた時の勢いを使って一撃を入れた。鋭い一撃だ。

 ロスヴィータが持つその俊敏さを生かした速度のある攻撃を、バルティルデが避ける余裕はなかった。

 それもそのはず、彼女が狙ったのはバルティルデの武器だった。ロスヴィータがバルティルデの剣に自分の剣をぶつけたのだ。それも、剣先の方へ思いっきり。


 速度のついたロスヴィータの剣は、剣の重さに速度とてこの力が働いてバルティルデの手から武器を奪った。すごい、とても計算された動きだ。

 これ、同じ事をしてみろって言われたらできるかな……ちょっと無理かも。余裕があるからこそのあの動き。本当にすごい。

「参った! さすが隊長。身のこなし方が凄いね」

 弾んだ息でバルティルデが降参を宣言した。ロスヴィータは見た目だけじゃなくて、本当に王子様みたいに強いんだ。エルフリートは爽やかな笑みを浮かべて剣を納める彼女に惚れ惚れとするのだった。

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