第12話 ただいま
「うおおああぁぁぁっ!」
忌獣の尾から放たれる光を展開した防御魔法が阻む。弾かれた光はラグナの後ろへあちこちに飛び散って、街並みを切り刻んだ。
これまでの光弾とは違い、光は濁流のように途切れることなく押し寄せてくる。
すぐに後ろにはフィロメニアたちがいるのだ。彼女たちはラグナの背後から動くことはできないだろう。故に、ウィナはこの攻撃を受け切るしかない。
『魔法障壁、耐久度低下、出力限界値。危険です』
「耐えて――ッ!」
苦悶の叫びにも近い警報音を出すミコトにウィナは叫んだ。氷の結晶のようにも見える防御魔法にヒビが入る。ごと押し切られそうな衝撃波が桿と鐙を通してウィナにのしかかるが、全身の力を振り絞って抗う。
「ぐっ……!」
外界の風景にノイズが走り、ウィナの目に映る計器全てが警戒色に変わった。踏ん張るラグナの足が地面を削り、姿勢を維持できずにたまらず後退る。
このまま押されればフィロメニアたちを踏み潰してしまう。背後の彼女たちにウィナは意識を向ける。
それ故に忌獣が鋏を振りかぶったことへの認識が遅れた。
放出されていた光が突然に消え、ラグナはつんのめる形で体勢を崩す。「うわっ!?」と慌ててラグナを引き起こそうとしたウィナを、横からの衝撃が襲った。
「――くふっ……!」
味わったことのない衝撃にウィナの体は装従席の中で激しく揺さぶられる。数舜の後、二度目の衝撃があって、叩き飛ばされたのだと気づいた。
額が濡れる。
体中の痛みが遅れて主張を始め、思考が止まりそうになるが、ウィナは歯を食いしばって意識を繋ぐ。動くなと訴える肉体の悲鳴を無視して、肺を大きく膨らませた。
脳裏に蘇るのは衝撃の前に見えたフィロメニアの姿だった。恐怖の色を残しつつも、こちらを見て顔を輝かせた彼女を、今すぐにでも抱き締めてあげたい。そして、あんなにも大変で、こんなにも頑張ったと、話を聞いてほしい。慰めてほしい。
そのためには再び立ち上がり、あの邪魔者を退けねばならない。
ウィナは己の内から湧く衝動に任せて跳ね起きる。呼応するように、ラグナが周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら身を起こした。
「アタシのフィロメニアにぃぃ――ッ!」
ウィナは街中に響くような咆哮する。
対する忌獣が激昂の金切り声を上げた。
桿を力のかぎり握り締める。全身の感覚が肉の体を離れ、鋼鉄の巨体を駆け巡ったように感じた。
「近づくなぁぁぁ――ッ!」
ウィナが桿をねじ込むと共に、ミコトが叫ぶように魔法を行使する。世界の理を歪める響きがあたかも彼女の声のように重なった。
剣を抜いて踏み込むラグナを背後の推進器と、さらなる暴風の魔法が加速させる。
真正面から破壊を伴う光が迸った。
ウィナはまるで自分の体を走らせるような感覚で鐙を踏む。光がラグナを飲み込まんとする瞬間、肩の推進器が火を噴き、巨体を横へと弾き飛ばした。
ラグナは前進しながらも立ち並ぶ民家の列に突っ込む。ウィナの視界を吹き飛んだレンガや木材が覆うが、構わずに跳躍させた。
数多の瓦礫を伴って敵の上へと躍り出る。一瞬だけこちらの姿を見失っていただろう忌獣が、わずかに体を持ち上げて叫喚を響かせた。
「おおあぁぁッ!」
空中で推進器の爆風を借りて、流星のように斬りかかる。忌獣は後ろへと飛びずさるが、ラグナの剣は巨大な鋏を斬り飛ばした。
刃を返して追いすがる。見れば忌獣は片方の鋏を失いながらも、尾に雷光を瞬かせていた。
フィロメニアたちが近い。防御すれば彼女たちに被害が及ぶ可能性がある。撃たれる前にやらねばならない。
健在な方の鋏がラグナを殴り飛ばそうと迫る。
回避しろと本能が叫ぶ中、背筋を凍らせる恐怖を頭から突き破るように、前へと飛び込んだ。ラグナの右肩を金づちのような鋏が削る。眼前では今まさに尾から光が放たれようとしていた。
「させるかあぁぁッ!」
ウィナは裂帛の気合と共に幹を引き絞り、巨体を唸らせる。
忌獣の甲殻に激突するが、構わず渾身の一撃を振りぬいた。地面ごと真下から上へと斬り上げた剣が甲殻を斬り砕く感触。
雷光を解放せんとする尾に、刃が達する。
一瞬の静寂の後、空気を震わせる轟音と共に光の柱が空に向かって奔った。
◇
放たれた光はやがて、徐々に眩さを失う。それは赤く照らされた雲に傷跡を残し、最後は燐光を散らして消えていった。
大地を揺らす振動と共に土煙が晴れ、光を放っていた場所が露になる。
そこには一体の
フィロメニアはスカートが汚れるのも構わず、その場にしゃがむ。というより、安心感と脱力感が同時に襲ってきて、膝が体を支えられそうになかったのだ。
不思議なもので、子供たちはすぐ目の前で巨体同士の戦いを目撃したというのに泣き叫ぶわけでもなく、唖然と口を開けて巨人を眺めている。
同じようにフィロメニアはその光景を眺めて、ふっと笑った。
なぜウィナの声が聞こえたのか。なぜ鉱山にあるはずの
そうだといい。そう信じたいと思う自分がいた。
子供たちをまとめて抱き締める。
「皆、しっかりと目に焼きつけるといい」
「私の親友にして、我が侍女、そして――」
装従席から小さな人影が飛び出した。青いリボンと水色の髪が風になびく。
「我らが騎士、ウィナフレッド・ディカーニカの勇姿を」
離れていても彼女だとわかる。服もボロボロで、額にも血が流れていて酷い有様だが、そこに立っているのは確かにウィナだ。
「ただいま」
彼女は静かにそう言う。
これだけのことをしておいて、何事もなかったかのような言葉が滑稽で、フィロメニアは笑った。
細めた目から涙が溢れるのも構わず、彼女を迎える。
「おかえり」
ぼやけた視界の中で、ウィナは歯を見せて大きく笑っていた。
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