第2話 お手伝い兼野暮用で

 日がちょうど高い位置に来る時間。館の応接間で会議が行われていた。


 ウィナは扉近くの壁に立ち、行われている会議の邪魔にならないよう静かに目を伏せる。


「よもや鉱山から出土するとは、珍しいこともある」


 そういって気難しそうに顎をさすったのは、栗色の髪を撫でつけた中年の男性――この館の主であるベルトランドだ。


「見つかった場所はともかく、特徴を聞く限り水祭前の魔装ティタニスで間違いありませんね」


 彼とはテーブルを挟んだ向かいのソファで、修道服に身を包んだ女性がカップを持ち上げる。組んだ白い足がスリットから覗いていて、艶っぽい雰囲気を醸し出していた。


 彼女はアイナ――この街の賢人だ。既に何百年もの時を生きる、ギアードという種族である。その証として、彼女の瞳孔は白い輝きを放っていた。


 彼女の言葉を受けて、ベルトランドの横に座ったフィロメニアが続ける。


 帰省して早々に、フィロメニアは自領での仕事を任されていた。それだけ父であるベルトランドは、娘に大きく期待しているのだろう。


「先んじて送った魔装ティタニス二騎と兵のおかげで、坑道の補強作業は終わっています。今のところ崩落の心配はなさそうです」


「なら、運び出すための人員と物資を考えるとその場で起動させるのも良いかもしれません」


 アイナが返すとフィロメニアは困ったように表情を歪ませた。


「少し問題が」


 アイナの目が瞬く。それを受けてフィロメニアは続けた。


「構造がわからず、装従席が開かないそうです。ラウル技師長が同行しているのですが」


「基本構造は他とそう違いはないはずだけれど……。現地の騎士でも駄目だったのですね?」


「はい。明日、追加の物資と共に、新たに選定を受ける人員を送る予定です。その結果で判断しようかと」


 ラウルと聞いてウィナの頭に髭面の男が思い浮かぶ。確か両親の乗っていた魔装ティタニスを整備していた技師だ。小さい頃に遊んでもらった記憶がある。


「……そうですね。それで駄目なら運び出すしかありません。【忌獣】の予兆のない今ならば、魔装ティタニスの数も増やせるでしょう」


 アイナはしばし考えた後、フィロメニアの方針に従うこととしたようだ。フィロメニアが「そのように」と書類をまとめはじめる。


「ひとつ提案があるのですが」


 すると、アイナが切り出した。

 フィロメニアとベルトランドが顔を見合わせる。二人が言葉を待っている様子をウィナが眺めていると、アイナの顔がこちらに向いた。


「――ウィナを同行させたいのです」





「納得がいかん!」


「おぉっとォ!?」


 フィロメニアが部屋に戻り次第、思い切りぶん投げたネックレスを、ウィナは素早くキャッチする。

 こんなことは日常茶飯事だ。多くて重い荷物を運ぶための人並以上の筋力と、主の癇癪に素早く反応する反射神経が要求される。


 それが侍女という職業だ。


「そんな馬鹿な話があるか!」


「えっ!?」


 一瞬、自分の思考に対しての言葉かと思い、仰天するが、どうやらウィナが鉱山に行く話についてのようだった。


「私が帰ってきた途端にお前を鉱山なんぞに行かせるなんて、ただの嫌がらせだ」


 そう言いながら、フィロメニアはベッドに飛び込む。ここに来て一気に精神年齢が下がってきた主の機嫌を取るように、ウィナは話しかけた。


「い、一日だけなんだから機嫌直して……。ほら、エレノアさん、だっけ? 構ってあげないと可哀そうだよ」


「あいつは学園で一日中ついてくるから嫌だ」


「そんなド直球な。本人が聞いたら失神モノだよ」


「あと匂いが嫌いだ」


「匂い」


 猫みたいな話だな、と思いつつベッドに近寄ると、手を引っ張られて横に座らされる。


「アタシも、治るアテがあるなら興味あるんだよね……」


「むぅ……」


 アイナが提案したのは、ウィナを発掘された遺跡に同行させ、遺物を実際に見させるという荒治療だった。

 ウィナが今朝も見た記憶の夢は、古の時代の記憶である。物心がついたときからの特質ではあるが、最近はかなりの頻度で眠りを妨げられていた。


 アイナが言うには、記憶が混濁し始めると精神に異常をきたす場合があるらしい。

 ちょうど遺跡が見つかったこともあり、今回の提案に至ったそうだ。


「……絶対に日を跨がずに戻す。そう手配する」


「アタシだって野宿は嫌だよ。リタもついてくるんだし」


 不貞腐れた表情でウィナの手に頬を擦りつけるフィロメニアを見て、やっぱり猫かなと思うのだった。





「……なんでここにいるんだ?」


 馬車に揺られるウィナの正面に座る青年が、低く唸るように問うてくる。

 同時に同じく馬車に乗った面々が、コクコクと一斉に首を縦に振るのが見えた。


「お手伝い兼野暮用よ」


「もう少し、こう……あるだろう!?」


 ウィナの雑な言い草に、正面の青年――バルネット・ヴァル・ボールドウィンが掴めない空気を必死に掻き抱くような奇怪な動きをした。

 この男とは付き合いが長い。それこそ物心がついたときから、フィロメニアも交えて城の庭で走り回った仲だ。


 相変わらず反応が面白いわね、と思いつつ、ウィナは話を続ける。


「アタシって昔から変な夢見るじゃない? それが遺跡の実物を見たりすればよくなるかもって話よ」


「私はお手伝いです!」


 ウィナの脇から飛び出すように小さなメイドからも声が上がった。隣に座らせた少女――リタはウィナの下で見習いをやっているメイドだ。気立ても良く、なんでも器用にこなすので館の皆に可愛がられている。


 ウィナにとっても、ちょこちょこと付いてきては「お姉さま」と慕ってくる妹分が可愛くて仕方がない。


「だからといって鉱山なんかにお前を……」


「アイナ様に言われたんだからしょうがないでしょ」


 なおもぼやくバルネットにウィナは言い返した。


 この男は最近、何かとウィナが前に出ることを嫌がる節がある。

 街で一緒に歩いていればウィナを隠すように前に立つ。魔法の修練中でも、少しでも近くに寄ると「危ないから離れてろ」と追い払うのだ。


 むきになって熱くなりそうなところを周囲になだめられ、バルネットはため息をつく。


「仕方ないか……」


 そう言いながらもバルネットは納得していなさそうに頭を抱えた。


 今、馬車に乗っているのはライニーズにある学園で、騎士として養成を受けている若者たちだ。

 ウィナも同じ学園に通っており、彼らとは当然、顔見知りである。ただし、騎士候補生と呼ばれる彼らとは違い、あくまで学問を修めるためだけだ。


 馬車の中の見回して、生徒たちの顔を順々に確かめる。その数は十人に満たない。他の馬車には軍服を身に纏った正規の兵たちが乗り込んでいたはずだ。ふと気づいてバルネットに尋ねた。


「なんか少なくない?」


「ここにいるのは成績が優れると認められた者だけだ。半数以上は学園に残っている」


「そっか。来られない子もいるんだ」


 まぁな、とバルネットが相槌を打つ。改めてみると皆、緊張した面持ちで腕を組んだり、祈るように胸の前で手を合わせていた。今更ながら自分がここにいることが場違いな気がして、ウィナははしゃぎ気味だった気持ちを落ち着けた。


 ここにいる皆が日々厳しい修練に励んでいるのはウィナも知っている。騎士の家系の出として使命感を持って乗り込んだ者と比べて、自分が遠足のような気分でいたことを恥じた。

 かといって自分が静かなままでは皆を戸惑わせると思い、ウィナは頭を振って車内に呼び掛ける。


「誰かが選ばれたらアタシも嬉しいな」


 その言葉に各々が顔をあげる。バルネットも共感するように頷いた。


「水祭前の魔装ティタニス神格魔装ティタニス・エルダーとも言うんだ。憧れない騎士はいない。もし選ばれれば国中に名が広まるぞ」


【七剣星】しちけんせいみたいに?」


 国における騎士の最高位の称号を口にすると、バルネットは一層大きく首を縦に振る。


「ああ、そうだ。それだけかつての魔装ティタニスの力は絶大らしい。領内で見つかったのは本当に運がいい」


 へぇ、とウィナは口を開けて感心した。最近は落ち着いた雰囲気を出すことに凝っているバルネットがこうもはしゃいでいるということは、ラウィーリア家にとっても良いことなのだろう。


 ウキウキとした幼馴染は、ウィナに見つめられていることに気づくと、コホンと咳払いをして居住まいを正す。


「俺たちはどう転んでも数日は帰れないが、お前はどうなるんだ」


「今日の夕方に帰る馬車を出してくれるってさ。なんか悪いから、お昼ご飯の手伝いでもしようかなって」


 ウィナが何気なく言った言葉にわっと歓声が上がった。驚いて何事かと訊くと口々に理由を述べだす。


「ウィナって料理得意なんでしょ?」


「いつもくれるお菓子、美味いもんな」


「初日だけはまともなメシが食えるかもしれない」


 涙目になって喜ぶ者もいて、ウィナはバルネットに顔を向けた。


「え、なになに?」


「あまり大きな声で言えることではないが……その、こういった時の食事はあまり、な」


「不味いんだ」


「学園の食事と比べると、まぁ……」


 どうやら野営の食事は往々にして不評らしい。バルネットも良い感想を持っていないらしく、神妙な表情をしている。


「頑張らなくちゃね」


「はい!」


 学友の喜びように俄然やる気が漲ってきて、ウィナは決意を新たにした。

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