第14話
ガチャン
鈍い音が薄暗い部屋に響いた。
扉を開けると、
「あれ? 」
田村は思わず声をあげる。
玄関先に水の入ったコップがポツンと置いてあるのに気づいたからだ。
自分が家を出る時にはそんなものなかった筈なのに。
手に持ってみるが意外と冷たい。
コップに注いでそれほど時間が経ってないとおもわれる。
「またか……」
実際のところ、このようなことは越してきて珍しい事ではなかった。
とりあえず、スマートフォンのカメラでその様子をおさえる。
なぜ、そんなことしたのか。
彼は相も変わらずの派遣暮らし。先は全く見えない。
不安な日々を送る中で安心して帰れる部屋があるだけでもありがたかった。
新たに山口から世話をされた部屋は想った以上に快適だった。
前の部屋は入居当時から不穏な空気が漂っていたように思う。人が亡くなっているという前知識があったからか? いや、気のせいかではない。明らかにおかしかった。明らかに外にいる時と部屋にいる時に自分の精神状態が違うのだ。あのまま居たら命を落としていたかもしれない。
そこへ行くと今回の部屋はそんなものを感じないのだ。
だからようやく腰を落ち着けられる場所が見つかった。
そう想っていた矢先に妙な事に気づいた。
まず、このコップの様に物が勝手に動く。
最初それはボールペンだったり、爪切りだったりスマートフォンだった。
置いたはずの場所になくて、入れた筈のないポケットの中や、クローゼットの中から見つかる。一度などテレビのリモコンが冷蔵庫に入っていたこともある。
でも、そうしたものは無意識の内に手に持って移動させてしまっているのかもしれないとも思っていた。
所が3日目だったろうか。帰ってくると台の上に置いてあった炊飯ジャーが床にボンと置いてあった。明らかに不自然だ。気づかない内に地震が起きて落ちたのだろうか。或いはマンションに何らかの極地的な振動がおこった。
でも、それにしては他の物に影響がない。
そんなニュースを調べても出てこなかった。
「ははーん。これか」
部屋の来歴は山口から聞かされている。
人が入っては出てを繰り返しているのだという。その原因がこれなのだろう。
確かに、普通に考えれば気味が悪い。
しかし、彼は異常な状態になれてしまっていた。自分は人死にが出た部屋に一旦は住みながらも生還したのだ。物が多少動くくらいなんでもないと思うようになっていた。
実際、命の危険は感じない。
寧ろ最近は仕事中、外に出ている時に異様な疲労感を感じたりする。
この家で休んでいる時の方が安心できるのだ。
それに、一月耐えれば謝礼金が貰える。
どうせなら何も起きませんでしたといってただお金を貰うのは何だか申し訳ない気がした。
それより、こういうことが起きましたという報告事項があった方が話はしやすいだろう。
そういう訳で異変が起きたら記録にとっているのである。
しかし、今日も疲れた。日増しに疲労感がますのはなぜだろう。
とりあえず、一日の汗を流そうとシャワーを浴びた後、シャワールームから出て電気を消す。
と、今出てきた真っ暗なシャワールームから、
ザーッ
水が流れる音がした。
慌ててシャワールームに入るとシャワーからお湯が勝手に流れている。
締め忘れか? いや、そんな筈はない。なぜならシャワーの音が流れる瞬間を聞いているのだから。配管の異常か? いや、それもない。なぜなら蛇口の栓が全開になっているからだ。水漏れでないことは明白だった。
とりあえず栓を締めたと同時くらいに、誰もいない筈のリビングから声が聞こえてきた。
驚いて覗いてみると、テレビが勝手についていた。
「は、はは。テレビが見たかったのかな」
誰もいない部屋であらぬ方向へ言ってみるが勿論返事はない。
「け、消しますよ」
小さく呟いて消した。今までと挙動が明らかに違う。
その日は流石に薄気味が悪く寝るのに時間がかかってしまった。
翌日は仕事がなく一日ゆっくりと過ごす。そんな日に限って夜までは何もおきない。
結局、時刻は日付が変わる0時少し前に布団に入って眠りについたのだが、
3時間程してからだろうか。
「ねえ、ねえ。寝てるの? 」
耳元から聞こえる女性の声に起こされた。
「はい。どちらさん? 」
無意識に返事をしたが、すぐ異変に気付き覚醒した。部屋の中に誰かがいるのだ。でも、自分は一人暮らし。声をかける人などいない筈。
しかも、鍵はかけた筈だ。誰かが侵入したとは思えない。となると、
「あら、起きた? 」
目を開けると二十代前半の女性が立っている。茶がかった髪をたなびかせ小首をかしげていた。
「き、君は誰だ? 」
「あなたこそだあれ? 」
ぱっちりとした大きな目にすっと通った鼻梁。中々の美人に見えた。が、
「ぼ、ボクはこの部屋の住人だよ。君は、幽霊なのか? 」
いいながら自分は随分と間抜けな質問をしているなとも思う。
彼女の見た感じから死んだ人間とは想えない姿かたちをしていたからだ。
「そうね。私、生きている人間ではないと想うわ」
「想うって、記憶がないってこと? 」
「うん。はっきり覚えていないの」
「じゃあ、今まで部屋に潜んで物を動かしていたのは君なのか? 」
「そうよ。私がここにいるって知らせたかったんだけど、誰も気づいてくれなかったの」
「一体なにを伝えたかったんだい? そもそも君は誰なんだ」
「私が誰なのか私もわからない。でも、多分ここに住んでいたんだと想うの」
「そう言われても、今はボクがここの主なんだ。まさか、出てけっていうんじゃないだろうね」
「ううん。そんな事いわないわ。私も常に出てこれるわけじゃないの。でも、見えなくてもいるっていうのは分かっててほしい。後、物を動かすことがあるけど、気にしないで欲しいの」
「動かさない訳にはいかないのかな」
「無意識にしちゃうこともあるみたい。私ってきっと死んでるのよね。前にここに住んでいたんだと想う。そして多分触っていたものとか、していたことを繰り返しちゃってるんだと想う」
彼女も自分が無茶な提案をしていることは理解しているらしく、恐る恐るというような顔を見ていた。
しかし、田村はあっさりと返事をする。
「そっか。それだけならまあ、いいよ」
「本当に? 本当にいいの?」
彼女は彼女で言ってみた物の、許可がおりると思わなかったらしく面食らった顔をみせる。
以前の田村なら断っていたかもしれない。でも既に彼が経験してきた出来事が彼の判断力を鈍らせていた。
「いつもいるわけじゃいんだろ。ボクも行くところがないしお互い似たような身の上みたいだからね。ボクは君を気にしない。君もボクを気にしないってことにしよう」
「ありがとう。じゃあ、もう一つお願いしていい? 」
「な、なに? 出来る事と出来ないことがあるけど」
「また、こうしてお話してくれない? こういう状態でお話できたのはあなたが始めてなの」
「そっか、まあいいよ。毎日は困るけど、偶になら構わない」
まだ、現実味がないということもあったかもしれない。山口からこの部屋についての調査をたのまれているということもあるかもしれない。でも何より彼自身が今孤独な身だった。
だから幽霊とはいえ美人と同居できるのが嬉しいという下心が沸いたというのもある。
「ありがとう。じゃあ、また声をかけるわね。お休みなさい」
彼女がそういったかと思うと意識が途切れた。
気づくとアラームが鳴っている。いつの間にか朝が来ている。
夜更けに話しかけて来た不思議な女性のことは記憶に残っている。
が、夢かもしれないとも思う。だって幽霊と会話を交わすなんてありえのか。
あんなにはっきりした幽霊などいるのだろうか。
そんなことを考えながら枕元の目覚まし時計に目をやる。
するとそこにメモ用紙が置いてあることに気づいた。しかし眠る前にそんなものを自分で用意した記憶がない。
不審に思いながら紙に目を落とすとそこには見慣れない筆跡で、
『私はリオナ』と書かれていた。
それ以降、田村と幽霊の女の子リオナと奇妙だが、穏やかな同棲生活が始まった。
のだが、
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