第11話
「さあ、着きましたよ。どうぞどうぞ」
修二は部屋の前に戻ってくるとまるで我が家の様な気安さで扉を開けた。
ところが、靴を脱ぎ部屋に足を一歩踏み入れたところで、
「うっ! な、なんだこりゃ」
一言呻いてその場に固まってしまった。
「どうかしたんですか? 」
続いて入ってきた山口は前を塞いでたっている修二を不思議そうな顔で見つめた。
よくよく見てみると全身の毛が逆立っているのが分かった。
恐らく普通の人間には見えなかっただろう。
しかし、修二は腐っても妖怪。その敷地に入った途端その異常性に気づいたのだ。
「ど、どうって、こんな部屋に居てあんたは何も感じないんですか? 」
それまでの山口へ対する丁寧な口調も大きく変わっている。
「ああ、こりゃあ凄い瘴気だ。想像以上だなあ」
更に続いてやってきたあゆみが言った。
内容はのんびりとしたものだが、言葉の端々に緊張が漲っている。
霊視能力がある彼にもはっきり見えていた。
扉の向こうから黒い霧のようなものが立ち込めている事に。
「お、おい。こんなの何とかできんのかよ」
「さてね。まあ、やれることをやるしかないな」
「た、頼りない事いうなよな~」とぼやいている修二は無視して、
「山口さん、これを……」言うと、透明な石で作られた数珠を渡した。
「こ、これは? 」
「お守りです。終わるまで着けていてください」
「わ、分かりました」彼は言われるままに数珠を右手に嵌める。
山口にはあゆみ達が言うような瘴気というようなものは視認できないが、二人の様子だけ見ても尋常じゃないことは見て取れた。また、この部屋の来歴を誰よりも良くしっていた筈なのだが、麻痺していたのかもしれない。
が、改めて想う。
ここは危険な場所なのだ。
「これはどうすればいいのですか? 」
いつの間にか上がってきていたシロが木の柵を手に聞いた。
「ああ、とりあえず問題の部屋に運ぼう。修ちゃんも手伝って」
「お、俺。ここで見てるだけじゃダメ? 」
「責任もってアテンドしてくれんじゃなかったっけ? せめて荷物運びくらいやってよ」
「わ、わかったよ」
観念したのか、彼も青い顔をしながら部屋に入る。
「あ、そういえば山口さん。ここに住んでいた方はどうされたんですか? 」
「それなら既に半分引っ越しているような状態です。荷物はまだ残ってますが、寝泊まりは新しい部屋でしています」
「確かに、それがいいでしょうね。ただ、この部屋に住んでいたことで影響を受けているかもしれない。その方自身の様子も観させてもらいたいんですが」
「はい、少し遅れるようですが必ず来るようにとは伝えてます」
「そうですか。なら問題ないですね。まず部屋の方を先に済ませましょう」
ここへ来て山口からあゆみへの評価は上がり始めていた。
歳は若いが受け答えは丁寧だ。初めは不安要素だった巫女装束姿も改めて見ると威厳を感じさせている。対して、
「おい、シロ! お前先に行け。何かあったら声をあげろよ。俺はすぐに逃げるからな」
この期に及んで中の扉を前に躊躇している修二の株はダダ下がっていたが、こちらは元々大した信頼はなかったので問題はない。
「もういいよ。僕が開けるからどいてて」
それを見ていたあゆみが後ろでしびれをきらしてそういった。、
「え、本当に? いや~。率先していきたいところなんだけどね、お祓いの当事者様がそういうんじゃねえ。へへへへ」
下卑た笑いを上げる修二にあゆみは冷たい視線を送ったあと言った。
「シロさん」
「なんですか?」
「一発やっちゃって」
「はいです」
シロは言うが早いか修二の顔面にストレートパンチをお見舞いした。
ゴスッ……鈍い音が部屋に響き渡った。
「いって~。何すんだよ? オレがなにしたってんだ」
「何もしてなかったでしょ? 」
「…………そ、そんなことはない。と、想うけどね」
流石に図太い神経の修二もあゆみから凄まれると消沈した様子をみせる。
それを後目にあゆみは扉に手をかけた。
ガチャリッ、扉を開けると、モワッ……
霧のような黒い瘴気が廊下に立ち込めてきた。
そこであゆみは装束の袂から木の棒を取り出す。
「剛霊杖! 」叫んで力を込めるとそれは光輝き始めた。
祖母から受け継いだ剛霊杖という退魔の杖だ。
彼はそれを構えると立ち込めてくる霧に向かって思い切り振りかざす。
すると、表現としてはおかしいかもしれないが、
霧がスパッと「切り開かれた」かと思うと雲散霧消する。
「はは、さっすが。やっぱりあゆみだ。見込んだだけのことある」
つい今しがた消沈したのを忘れたかのように修二のはしゃいだような声が聞こえる。
まあ、仕方がない。それが彼のちょっとした長所でもある。
それよりも大きな大きな短所でもあるのだが。
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