第18話

百鬼夜荘に戻ると未だいつもの様にみんなワイワイやっていた。

が、修二はその中にあゆみの姿を認めると田村が首を吊ったことを一気にまくしたてた。

言われたあゆみは「そ、そんな……」と呻いたかと想うと二の句が継げないようだった。

そこへ更に言い募ろうとした修二に対して、


「喝っ!」

するどい声がつきささった。

「ひゃっひゃいっ。す、すみません」

修二は反射的に謝ってしまった。


「うるさいぞ馬鹿イタチ。何を取り乱している」

そう言って渋い声を張り上げたのは、スリーピースのスーツをビシッと着こなしたメガネの美男子。年は三十歳くらいに見えるがその正体は齢八百歳を超える天狗の棟梁、白蔵陣八だった。


「な、お、お天狗様。事情も知らないで……く、口挟まないでくださいよ」

陣八は沢山の天狗を従え、自身も強大な力を持っている。普段の修二は傍にいるだけでビクビクだったが、その時の彼は取り乱していたので強い言葉をぶつける。が、


「ふっ……。何をいっている。貴様の所業などこのワシが知らぬと想ったら大間違いだ」

「え。あの、しってらっしゃるんですか。あ、てめえシロ。告げ口しやがったな」

お祓い当日に設営などを手伝っていたシロは本来、陣八の居候で助手兼秘書の役割を担っていた。日当二千円で口止めをしていたのだが、彼らの関係性を考えれば筒抜けなのは明らかだ。


「そもそも、ワシの大事な助手を安い金で使い潰しおって。貴様の思惑などシロを通じずともお見通しだわ。たわけっ」


彼の配下の天狗は姿を見せずともあちこちに散って行動している。常に監視カメラで見張られているようなものなのだ。


「あははは、そうなんですか。いや、それならそれでいってくださったら良かったのに。お人が悪いなあ」

修二は旗色が悪くなったと悟ったのか、突然こびへつらうような口調になる。


「事情が呑み込めないんだけど、そもそも、あんた何やったわけ?」


「また、ろくでもない事企んだんだろ。あゆみを利用して金儲けしようとしたって訳かい?」


「か、金儲け何て人聞きが悪いな。引き合わせしただけよ。人助け、ひとだすけ~」

あきなとメアリーに詰め寄られた彼は、とんちが得意な小僧さんが主役の古いアニメに出てくる口癖のようなイントネーションでおどける。


「で、何があったんだい?」

「いや、だからよ。首吊りが続いてる事故物件てのがあってな。そこをお祓いしてほしいって人にあゆみを紹介したんだよ。でも、上手くいかなかった、のかい? 何がどうなってんのか俺にもさっぱり」


「イタチよ。人間から貴様が仕事としてそれをうけたのだな?」

「あ、はい。まあ、そっすね」

今更否定しようがないと察したのだろう。彼は力なく返事をする。


「では問うが、具体的に何を頼まれた? 」

「いや、だから。さっき言ったとおりね。事故物件をお祓いしてほしいっていわれたんすよ」

「ふむ。では、あゆみに問うぞ。貴様は何をした?」


「清め祓いの儀というのをやりました。婆ちゃんの残した資料に書いてあった通りにやったんです。なんでダメだったんだろう。結局僕の力が足りなかったんでしょうか」

あゆみは聞かされた事実に相当打ちのめされたのだろう。未だ立ち直ることができないようで、その言葉には力がない。


「いや、必ずしもそうとは言い切れんのじゃないかな」

ところが、陣八はこともなげにそういってみせる。

「だ、だって。首吊りがまた起きたんだから。失敗したんじゃないですか」

この件に関しては修二も同様に混乱しているようで、しきりに首をかしげている。


「では、問おう。そもお祓いとはなんだ? 何をすることが目的だ? 」

「そりゃあ、あれでしょう。その部屋に憑りついてる幽霊やなんかを追っ払ってどっかにやっちまうってことじゃないっすか」

そう言った修二の言葉に以外にも陣八は笑みを浮かべて答える。


「ほほう、イタチよ。馬鹿だ馬鹿だと想っていたが、なかなか鋭いところもあるな」

満足げな顔で返す陣八。そして修二は、

「へ? へへへ。そっすか。嬉しいなほめられちった」

馬鹿だと想われていたの部分は耳に入らないのか、そのふりをしているのか分からないが呑気に浮かれ声をあげている修二。それを後目にあゆみは呆然と呟いた。


「どっかへやってしまう?」


「そうだ。清め祓いの儀とはまさしくその言葉の意味通り。場を清め、悪しきものを除きふり祓う儀式」


払う=祓うの語義通りだとすれば。

ホコリを払うという場合も別に消し去るわけではない。人払いをする、追い払うも、その人が消える訳じゃない。どこかへ移動させるという意味でしかないのだ。


つまり、あの部屋についていたものは。

縊れ憑きそのモノは……。


「じゃ、じゃあ。あそこに居たモノはどこへ行ったんでしょう」

そこに至り、あゆみはようやく先へ思考を進めようとした。


「ふむ、大概、霊が憑く物は決まっている。場、物、そして人だ。儀式によりその場と物は浄まった。残るは人だ」

「つまり、あの時やってきた田村さんに……」

「憑いて言っちまった訳か。くそ!」

気づいた二人は思い思いに苦々し気な顔を見せたが、修二に対して陣八は不思議そうな顔を見せた。


「イタチ、何を不満げにしておる」

「だ、だって。結局失敗しちゃったわけじゃないっすか」

その言葉に怪訝な顔をして修二は答えた。


「そうかな。依頼の内容は【部屋のお祓いをしてほしい】じゃなかったのか」

「そうですよ、だからっ……待てよ?」

そこまで言って彼は何かに気づいたようだった。そして顎に手を当てながら暫し黙考した後、こう続けた。

「……そっか。あの田村って兄ちゃんに憑いてったって事は部屋から居なくなったってことだ」


あの部屋をお祓いしてほしい。それは部屋に憑いているものを取り除いて綺麗にしてほしいという事。山口からいわれてるのはそこまでだ、ということは見事それは遂行したことになる。つまり、頼まれたお祓いは成功したのだ。


そこに思い至り、修二は屈託ない笑顔を作る。


「なーんだ。問題ないじゃねえか。あゆみ、悪かったなデカい声出してよ。山口の旦那にはそういって突っぱねよう。こっちはやることはやりましたってな」


既に修二は逃げの姿勢に入ろうとしている事が分かった。

しかし、あゆみの気持ちはそれで収まるはずがない。


「そ、そんな訳にはいかないよ。田村さんはく、首を……」


苦悩の声をあげるあゆみ。

それに対して陣八は穏やかな声で言葉をなげかける。


「しかしな、あゆみ。お前はやることはやったのだ。それ以上の事まで責を追おうというのはキリがないぞ。そも、負うとしてどこまで負うつもりだ。その田村という男の行く末を未来永劫見守り続けるつもりか」


陣八の言葉はある意味論理的だ。

しかし、頭ではわかっても納得できないことはある。


「そ、そうは言いませんけど。だからといって、今この段階でこのまま見捨てる事なんてできませんよ……」


とはいえどうしたらいいのかと思い悩むあゆみ。

とそこへ、


「……あらあら。陣八さん。あまり息子に意地悪しないであげてくださいな」

割って入ってきたのはあゆみの母、須磨子だった。

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