第2話
定食チェーン「ご飯処・蔦正(こはんどころ・つたまさ)」
藤浜市をメインに複数展開する外食チェーンである。
和食を中心とした様々なメニューを取り揃えており、味も良く値段もお手頃という事で町の人に人気のお店だ。
その蔦正の北口商店街店。
時刻は22:00の閉店間際だったが、
「まだ大丈夫ですか?」
飛び込んできた40歳過ぎの男。不動産屋の山口だった。
「ああ、どうも山さん。大丈夫ですよ、どうぞどうぞ」
店長の鎌池康太は笑顔で答えた。
平日木曜日の閉店間際ということもあってか、客は奥のテーマにに一人しかいない。
山口はカウンター席に陣取った。そして、
「ブリ照り定食お願いします。あ、後生を中ジョッキで」
言った後、
「ふう」
物憂げに溜め息をついた。
「はい、ビールお待ちどう。どうしたの?元気ないね」
二人は高校出身。康太が一つ上。共に写真部所属で先輩後輩関係だ。
部員の数はそこそこいたが、ほとんどが幽霊部員。部室にいるメンバーも殆どまともに活動しない。
適当に駄弁ったり、本を読んだり、中にはゲームを持ち込んでプレイしたりと、思い思いに過ごしていた。
そんな部活なので、先輩後輩関係といっても緩く、歳は違いながら彼ら二人の関係も友人関係に近い。
山口はその後大学を出て稼業を継ぎ、康太は専門学校を出た後に飲食業へと進んだ。
が、その後も付き合いは続き、未だに「コウさん」「山さん」と呼び会う中だ。
この店舗を新たに出店する際にも山口に相談していたのだ。
そんな訳で康太は古くから付き合いがある友人の様子がおかしい事に気づく事が出来た。
「ええ、ちょっと厄介な問題が起きてましてね」
「へえ。仕事の事かい?なんか、住民トラブル持ち込まれてるとか?」
マンション、アパートなどの集合住宅での、騒音などを初めとする近隣トラブルなどが起きた場合、不動産屋や管理会社などが仲介に入る事が多い。
「いや、そういうんじゃないんですがね」
言って山口はグイッとジョッキを大きく傾けると、グビッグビッと一気に飲み干し「もう、一杯」
言ってトンとジョッキを置く。
「おいおい。どうしたんだい?」
彼と何度か酒を酌み交わした事があるが、小ジョッキや焼酎の水割りをチビチビやるタイプ。ビールをあおる所など見た事が無い。やはり今日は様子がおかしい。
「コウさん。家の親父亡くなってるのは知ってますよね」
「ああ、一年前じゃなかったかな。まだ、若かったんだろ」
「はい。60歳でした」
「そっか。大変だったよな。山さん、丁度出てた時期だろ」
卒業後、山口は稼業を継ぐつもりで暫くは実家の不動産屋で働いていた。
しかし、将来を見据えた時。実家の業務範囲だけの経験では不安が残る。これから業務も拡大する予定だ。
そんな訳で、一度実家を離れ同業大手の会社に入り経験を積むことにしたのだ。
父親が亡くなったのは彼が家を離れて7年目の事だという。
「ええ。慌てて家に戻りました。葬儀やら業務の引き継ぎやらで、それはもうバタバタで」
「だよな。あの頃は忙しそうにしてたの覚えてるよ。でも、落ち着いてきたんじゃないかい」
「ええ。身の回りはね。どうにかこうにかやってるんですが」
「あれかい、一年を境に疲れがどっと出たとか?」
言った後、丁度ブリ照りが配膳される。ビールのおかわりも運ばれ、一旦、会話が止まった。
きつね色に程よく焼き上がったブリの身に大根おろしが添えられていた。
独特の香ばしい匂いが漂い食欲をそそる。
定食のおかずは他に白菜の漬物にきんぴらごぼう。
タコの酢の物になめこ汁というシンプルな構成の定食だ。
山口は「いただきます」言って後は黙々と箸を進め、合間にごくごくとビールをあおる。
そうこうしている内に閉店時間が過ぎた。ほとんどの片付けは終わっているらしく、康太は二人のバイト店員に「もう、いいよ。上がっちゃいな。閉店の看板だしちゃっといてくれ。お疲れさん」と声をかけた。
「あ、すみません。早く片付けますね」
その様子に気づいた山口は慌てて残りを平らげようとする。
「いいよ。いいよ。他にお客様もいないしね。ゆっくりやってくれて構わない」
「そうですか。じゃあ、遠慮なくありがとうございます」
山口は礼の言葉を述べるが、同時に箸の手も止まる。
そのまま何か黙考しているようだった。
既に康太は山口が何か言いたいことがあるのではないかと察しをつけていた。
でも、余計な声をかけず、彼が話し出すのを待つことにする。
BGMとして昔前のポップスが流れる中暫し訪れる沈黙。
そこへ、
「お疲れ様でしたー。失礼します」
という声が聞こえてきた。
バイト店員二人が声をかけてきたのだ。そのまま裏口へと消えていく。
それを合図にするように山口が言葉をしぼりだすように話だした。
「コウさんは花森町のコーポフラワーフォレストってマンション知ってますか?」
「いや、ちょっと解らないな。どの辺だろう」
花森町は解る。藤浜市街から東の外れにある地域だ。
「昔は小花山っていう小さな山があった辺りなんですが」
「ああ、電車の新駅が立つとかで、崩して造成地にした辺りだよな。なんとなく見当はついてきた」
「ええ。その新駅開発が本決まりになったんで、急激に開発が進みました。その地域にたまたま家が所有する土地がありまして、マンションを建てたんです」
「山さんの家が代々持ってた土地だった訳だ」
「はい。元々人が入らないような単なる荒れ地だったんですが、新駅開発の話が出て俄に価値が上がりまして」
「じゃあ、良かったじゃないか」
大して価値もなかった土地が切り開かれてマンションを建てられた。
そこまでは悪い事だと思えない。
「それについては良かったんです。が、マンションが建って入った住人が部屋で首を吊りまして」
「ええ!なんとまあ、そりゃ確かに大変だな」
「まだ私が戻る前の話だったんですが、色々対応しなければなりませんからね。大変だったと思います」
管理運営だけではなく、権利も山口家。全ての責任を引き受ける形になる。これは確かに厄介な感じがする。
が、
「でも、大分前の話なんだろ?なんで今になってそれが問題になるんだよ」
「それが。一度じゃないからなんですよ」
「一度じゃないって、何が?」反射的に聴いてしまったが、話の流れから何となく察しはついてしまっていた。
「首吊りですよ。あのマンションの同じ部屋でです」
「マジかよ。そこで、二人もやったっていうのか?」
「いいえ。二人どころじゃありません。最終的に四人亡くなってます」
「……」
余りの答えに康太もすぐ言葉を返せなかった。
二人目の住人には若い男性だった。
事情を話して家賃を安くする事で合意したようだ。
自分は幽霊など信じないから大丈夫だと嘯いていたようだ。
が、半年後変わり果てた姿で見つかった。
三人目というより、その後入ったのは若いカップルだった。駆け落ち同然で逃げてきたような状態らしく、兎に角安い部屋がいいとの事だったので、言いくるめて押し込んだような感じらしい。
「じゃあ、そのどちらかが首を吊った?」
「いえ。これに関しては首吊りではありません」
「じゃあ、問題ないじゃないか」
「いえ、大有りなんです。そのカップルの内、女性が男性を殺してまったんです。紐で首を絞めてね」
「な、何と……。うーむ、またしても首をか」
「はい。そのカップル。入居時にはとても喜んでいたそうなんです。部屋探しの相談時もとても仲睦まじい感じだったようで」
「まあ、男女の仲の事はわからないからな。一緒に暮らしてみると合わない部分も見えてきたり。それが揉め事に発展するのも良くある事じゃないか」
「ははは。コウさんもそんな事いってる所を見ると上手くいってないんですか?」
康太は現在フィアンセと同棲中だ。結婚も間近だと思われる。
「バカ。俺んとこは違うよ。一般論を言ってんの。俺と恵は日を追う事に愛が深まっていってんだから」
「そりゃ羨ましい話です。今日も惚気話を肴に和やかな話ができれば良かったんですが。そのカップルはそうじゃなかったって事なんでしょう。しかし、問題は殺した方法なんです。絞殺ですよ」
「首を……って事だよな」
確かにそれだけ続くと気にするなというのは無理だ。偶然ではない何かの力を考えてしまう。
「普通はおかしいと考えますよね。ウチは家族経営ですから、お袋や姉貴も流石におかしい。何とかした方がいいっていったらしいんですよ」
当時山口家は父親、母親、姉が二人という構成だった。全員経営にも関わっている。
「何とかって、何とかする方法があるのかい」
そもそも原因も何もわからないのだ。対応する方法などあるとは思えないが……。
「いや、まあ。お祓いしてもらうとかって事なんでしょう」
こんなに人が亡くなるのは普通じゃない。なんらかの超常的な力が働いているのではないか。と考えたわけだ。
「なるほど。お祓い、ね」
それが唯一の解決法なのかはわからないか、事情が事情だ。そうした物にすがりたい気持ちも解る。
「でも、親父は合理主義者ですし、頑固者ですから。中々取り合おうとしなかったんです」
「しかし、流石に四人目が出たら。そうも言えなかったんじゃないのかい?最後の一人はどうだったんだ?」
三人首吊りが続いた部屋だ。いくら安くつくからと言って好んでそこに住もうというのは余程豪胆な人間かそれとも……。
「はい。部屋で吊っている所を発見されました。ただ、住人ではなかったんです」
「住人ではない?おいおい。そりゃ流石に尋常じゃないぞ。見ず知らずの関係ない人間が入り込んで首吊ったってのか」
「いえ。関係ない人という訳でもなかったんです」
「だって、入居者じゃないんだろう。他に関係者と言えば……」
鎌池康太はそこでハッとした。
まさか、そこで首を吊った四人目というのは、まさか。
「そう、ボクの父親です」
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