第24話

 そして、静かに【彼女】に対して語りだした。


「……すみませんでした。あの部屋でお祓いを頼まれたときに僕は何も考えていなかった。ただ、祓えばいい。できるなら打ち倒してしまえばいいとすら思ったかもしれない。それが人を救う事になると想っていました。でも、それは間違いでした」


「くっくっくっ……。中々の力をもっているようだが、その通り、あの程度で私をどうにかできると想ったら大間違いさ」


 その言葉を聞きながら【彼女】は嘲るように笑い声をあげる。


 しかし、そんな相手に対するこの場面でもあゆみは沈んだままだった。


「そう、どうにかするということで臨むべきじゃなかったんです。まずはあなたが救われるべきだった」


 あの村に伝わっていた話が事実だとすれば、一番最初に首を吊った【彼女】の怨み、悲しみは並大抵のものではなかっただろう。だからそれを考えれば、先ず救われなければならなかったのは【彼女】の魂そのものだったのだ。


 しかし、そういうあゆみに対して【彼女】は憎々し気な口調を改めようとしなかった。


「ふん。積年の想い、お前らなんぞに分かろうはずがない。まだ、まだまだ……」


 そのまま【彼女】は身をよじる。すると首を絞めている喉元の縄に切れ込みが入り、首からポトリと落ちた。


 あゆみは首にくいこんでいる縄の部分のみを切りつけたのだ。


「あ、く、首が……」


「あなたを締めていた首の縄は切れました。あなたをこの世に縛り付ける悪縁もこれで断ち切ってください」


 そう言って頭を下げる傍らにいつの間にか須磨子の姿があった。


 彼女は【彼女】の傍に近づくとお腹のあたりを優しくなでて、


「おんかかびさんまえいそわか」と唱えた。それは幼子を供養するといわれる地蔵尊の真言。


 すると、彼女のお腹が光りだして中から小さな光の塊が現れたかと想うと天高く飛び上がり消えていく。


「あなたの赤ちゃん。先に行ったわ。どうか、貴方も続いて行ってあげて」


 そう言い終わったと同時にあゆみが杖を下にトンと突き立てる。


 すると、そこから光の帯が上に広がり【彼女】の身体もまた天高く浮かび上がる。


 そして、一瞬あゆみ達の方を観た後上を見上げた。


 その場にいたみんなは自然と手を合わせる。


(どうか、安らかに)


 目を閉じて心の底から念じた後上を見上げると既にそこは何もない病院の屋上が広がるだけだった。


「おわった……かな」


 言ってあゆみはしゃがみこんだ。


「そうね。お疲れ様」


 須磨子はそんな我が子の横に立ちながらかがみこんで言う。


「うんん。それより母さんは大丈夫? 身体、かなり無理したんじゃないの」


 霊能力はこの世ならざるものを視たり触れたりする能力だ。無理に使えばそれだけの反動を受ける。事実、多津乃は晩年ほとんど視力を失ってしまっているし、またその寿命も他と比べて短いものだった。


「これくらいならね。でも、暫くは休ませてもらうわ」


 その口調に不自然なものはなく、月灯りの中で表情もはっきりしない。が、内容は疲れていることを如実に示している。


「うん。いつもより手伝い多くするから、してほしい事あったら言ってね」


 それに対して彼は息子としてできる限りの言葉を返すしかない。


「ありがとう。お願いするわ。それと……」


「な、なに? なんか気になる事ある? 」


 彼が今回引き受けた仕事。


 金鞠の一員として、多津乃の娘として、あゆみの母として、霊能者として。何か言われるのではないかと彼は少し身を固くする。が、母からの言葉は想像したものとは違った。


「あなた、女装似合うわね。お家でもそれでも過ごしたら?」


 須磨子の前でこの恰好を披露することはそうそう無いの。彼女にとっては貴重な場面なのだろう。


「たはは、もう、勘弁してよ。冗談っばかり……」


「冗談のつもりないんだけど……」


 須磨子は尚も言い募ろうとしたが、身体をヨロヨロよろけさせる。


「あ、か、母さん。やっぱり無理してたんじゃないか」


 そんな母に慌てて彼は駆け寄ってその身を支えた。


「へ、平気よ平気。そんな、心配しないで。ちょっと、よろけただけ。それより田村さんは大丈夫かしら」


「言われてみれば、まだ入院中なのに、相当無茶してたかも」


 そう想い、彼の方に目を向けると屋上の端で膝を抱えるようにして宙を見ていた。


「た、田村さん大丈夫ですか?」


「は、はい。た、助けていただいたんですよね。ありがとうございました」


 あゆみの問いに対して彼は我に返ったように言葉を返す。


「いえ。とんでもないです。そもそも僕がもう少ししっかりしてたら、こんな事にはならなかったかもしれない。申し訳ありません」


「は、はあ。そうなんですか」


 事ここに至って、彼は自分の身に。そして、あの部屋に何があったのか完全に理解できずにいた。なので、そのような答えを返すしかない。


「とりあえず、今日は病室に戻った方がいいでしょう。詳しいお話は山口さんも一緒に明日お話します」


「ああ、不動産の山口さん。大分お世話になってしまったようですね」


 彼は田村が入院したと聞くと、すぐに駆け付けて手続き諸々を請けおったらしい。普通なら部屋の貸主と借主というだけでそんな対応はしない筈だが、想うところがあったのだろう。


 隣に立っていた須磨子がそれに答えるように言った。


「ああ、そうそう。その山口さんから伝言です。明日お引き合わせしたい人がいるから楽しみにしてって」


 彼には会いたいという身寄り頼りがない筈だ。


(引き合わせたい人? 誰だろう)


 首を傾げながら彼は病室にこっそり戻った。


 気持ちが高ぶっていたが、ベッドに入ると直に眠気が襲いそのまま眠りにつく。

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