第27話

 外食チェーン「ご飯処・蔦正(こはんどころ・つたまさ)」にある週末金曜日。


「こんばんは、まだ大丈夫ですか?」

 飛び込んできた40歳過ぎの男。不動産屋の山口だった。


「ああ山口さんいらっしゃいませ。店長、山口さんです」


 カウンターからそう声をかけて厨房へ消えていったのは田村博昭だった。

 彼は退院後この店で働くことになったのだ。


「ああ、山さんいらっしゃい。いいよいいよ。ゆっくりしていって」


 入れ変わりに厨房の方から鎌池康太が顔をだした。


 田村は彼に向かって生姜焼き定食を注文した後に尋ねる。


「どうですか? 彼の仕事ぶりは」


「ああ、よくやってくれてるよ。細かい事にもよく気が付くしね。これなら後々も心配ないだろう」


 山口の問いに対して康太は目を細めながら答える。


「そうですか。それはよかった。本当によかった」


 田村は彼が職を失った理由も聞いていたし、短いながらのやり取りの中で彼の人となりはつかんだつもりだ。そしてとにかく生真面目すぎる程真面目であることは請け負えると実感していた。


 その上で生活基盤も安定していないため、なかなか就職活動もままならないようだということも察していた。


「コウさんから、人手が足りないから誰か当てはないかと聞かれたとき、彼の顔が浮かんでいたんです。彼の意向次第では紹介しようと想ってたんですよ」


「そっか。山さんの紹介なら間違いないだろうからね。どちらにしても縁があったってことなんだろうな」


 あの後、康太と恵に挨拶をしている最中、更に蔦岡リオナの両親もやってきた。


 結果、田村は蔦岡家の人々全員と顔をあわせることになり、勢い余った田村はその場でリオナに告白。返事は書くまでもないだろう。


 更にそのままとんとん拍子に蔦岡家が経営する蔦正への就職が決まってしまった。


 初めは準正社員扱いだが、康太の店で経験を積んだ後正社員として迎え入れられることになっている。


(めでたしめでたし……だな)


「お待ちどうさまです。生姜焼き定食お持ちしました」


 そう思っている所へ田村が食事を乗せたトレイを運んでくる。



「ありがとう、どうですか? 今の暮らしは。部屋は問題なく使えてますか?」


「はい。二人で住んでも十分な広さですし、住み良いですよ」


 それを聞きながら田村は思い出していた。田村から持ち掛けられた相談についてだ。


 そもそも二人が退院した後、リオナは実家。田村は元居た部屋で別々に住んでいた。

 そして彼が仕事を初めて生活基盤が固まった頃、改めて同棲することが決まった。


 そこで二人が一緒に住むことに決めた部屋。それは、あの縊れ憑きの部屋だった。


 流石にこれには山口も驚いた。


 実際、あの部屋はまだ空き室のままだ。山口が寝泊まりして問題ないことを確認していたが、事故物件である事実は消えない為扱いが難しい事に変わりないからだ。


 住み心地も悪くないしいっその事自分が住もうかなと考えてたりもしていた矢先にそんなことを言われたのである。理由を問うと、


「彼女が提案してくれたんです。初めは良い場所じゃなかったのかもしれないけど、それでも二人の縁を繋いでくれたのはあの部屋だからって」


 それにしたって彼はあの部屋で相当恐ろしい目に会っている筈で、いい思い出などないのではないか。と想ったが、二人の決意は固いらしくどうしてもと迫られ最終的に受諾した。


 何故か。

 実は一連の事が済んだ後、改めて慰霊祭を執り行ったのだ。


 場所はマンションの屋上。そこに、あゆみと金鞠家ゆかりの神主を呼び土地の神様と巫女を鎮める「土地鎮めの祭り」と後に首を吊っていった犠牲者達を鎮魂する意味を込めた慰霊祭だ。


 そして、昔ここがまだ村だったころに祀られていた水神を再び祀り、慰霊碑を立てた。


 その時にあゆみが言ったのだ。

「神と人、土地と人、そして人と人。それらが結ばれることを縁と言います。昔この土地に起こってしまった不幸な出来事結ばれた縁を悪縁としてしまいました。が、今それらは収まるべきところに収まりました。そして、これから結ばれる縁が良縁になるか悪縁になるかは人にかかっています。特に山口さん、あなたはここに限らず様々な土地と人とを近づけて縁を結ぶ仲介役の立場の方です。どうか、少しでも良い縁が結ばれるように祈っていますよ」


 そうだ、その言に頼ればまさしく彼らがやろうとしていることこそ、縁を良縁と変える行為になるのではないか。


 結局最後の最後まで彼に頼ってしまうな。


 そう想いながら山口は信じた。


 この不思議な「縊れ憑きの部屋」によって結ばれた二人はきっとこの地を良縁へと導いてくれるに違いないと。


 そんなことを考えているところへ突然後ろから声がかけられる。


「やあ、田村さん。お久しぶりですね。へへへへへへ」


 その特徴的な声、顔を視なくても分かった。


「修二さん。暫くぶりですね。お元気ですか?」


 振り返ると案の定、鎌池修二が下品な笑みを浮かべていた。


「ワタクシは相変わらずですよ。誰か困ってる人がいないかと、ねえ。探している所ですなにせワタクシ、人助けが大好きなものですから。いかがです? また、他に事故物件でも抱えていて困ってるなんてことはないですか?」


「いえ万が一、またそうしたことがあっても、直接金鞠あゆみさんにお頼みします。ご連絡先も伺ってますんで、ご心配には及びません」


「ええ! そりゃないぜ」


 それまでの丁寧な口調をかなぐり捨てて吐き捨てるように彼は叫ぶ。


 この期に及んで彼はあゆみを利用して金儲けを企んでいたらしい。


 流石の図々しさに呆れたが、ふと思う。


 彼に話しかけられなければ金鞠あゆみとはつながらなかっただろう。


 勿論、短い付き合いの中で確実にわかること、それはこの鎌池修二という男がとてつもないトラブルメイカーで付き合ってもろくなことはないということだが。


 そんな相手でも、良縁だったと想えればそうなのかもしれない。


 ふと気づくと、頼んだ生姜焼き定食に手を付けていなかったことに思い至る。


「いただきまーす」


 手を合わせて箸を口に運んだ。


 美味い。


 そのまま黙々と生姜焼きにご飯をかきこむ。

 そして未だなにやらぼやき続けている修二の声を受けて笑いをこらえる事ができなかった。      

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縊れ憑きの部屋 百鬼夜荘(闇) 山井縫 @deiinu

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