第8話

 鎌池康太の店でやり取りした翌日すぐに、修二から山口に連絡が入ってきた。

 金鞠あゆみの協力をとりつけた。

「お祓いを希望するならいつでもお受けしますよ」


 それを聞いて山口は心底ほっとした。未だ完全に信じられるかは分からない。効果があるかも疑問である。それでも問題を具体的に解決するためのアクションを起こせたということが何より気持ちの上で大きかったのだ。


 お祓いを頼むことは彼の中できまった。が、その為に今の住人田村に許可を得なければならない。どのようなことをするかは聞いていないが部屋の中に入らない訳にはいかない筈だ。まずは彼に連絡しなければ。


「お世話になっております。不動産の山口でございます」

「ああ、お世話になってます」

 電話に出た田村の声には元気がなかった。


 彼とは入居後に2度程連絡をしている。その時に家の中で奇妙な音がすることは聞いていた。


「田村様、いかがですか? その後」


「すみません。もう、限界かもしれません。他の所へ移ることはできないでしょうか」


「そうですか。いや、無理はなさらなくて結構ですよ。引っ越し先はご用意させていただきます。ご安心ください」


 お祓いが済んだ後、彼はある事を実行しようと考えていた。。

 その為に田村が居ては正直邪魔になる。他の部屋をあてがって移り住んでもらった方が都合が良い。


 翌日、改めて細かなやり取りをする為に田村は山口の会社へやってきていた。


「実は、信じていただけないかもしれないんですが」

 そう前置きをすると、田村は夜な夜な起きる怪奇現象について話をする。

 山口は途中で相槌を打つのすら忘れて聞き入った。


 夜な夜などこからか聞こえる奇怪な音。

 義兄にかかってきた電話と符合する。しかし、それを田村は知らない筈なのだ。


「幻覚、幻聴の類かと思おうともしたのですが、日増しに眠れなくなる時間が増えまして」


「そうでしたか。あまりいい状況ではないでしょうね。すぐに別な部屋をご用意します」


「ありがとうございます。ただ、金銭面でまだ余裕がないんですが」


「今の部屋と同条件であれば大丈夫ですか? 」


「はい。でも、今は相当破格ですよね。そんなところがあるんでしょうか」


「ございますよ。こちらです。今より多少狭くはなりますが……」


 言って山口は資料の中から一枚を抜き出して彼の前に広げて見せた。


 ターミナル駅からほど近く、1DKのマンションだ。


「広さは問題ありません。2部屋で持て余してるくらいですから」


 寧ろ、今提示されている内容を考えると新しい部屋が同条件とは想えなかった。


「ご心配なく。同じ条件でお入り頂けますよ」


 山口は丁寧な口調を崩さずに言ったが、田村は流石にそれだけでは納得できない。


「変ですよね。じゃあ、そこも事故物件なんじゃないんですか? 」

 彼としては当然の疑問をぶつける。



「それは前に住んでいた方が亡くなったのかという質問でしょうか? 」

 それに対して山口は微妙なものの言い方で返してきた。


「え? ああ、はい。そういう事ですけど」


「それならご心配なく。この部屋で亡くなった方はいません」


「はあ。では、何故ここまで破格でお借りできるんでしょうか」


 田村は確信している。何かはあるのだ。回りくどい話はしたくなかった。


「事故物件で恐ろしい目に会うかもしれないのに頑張って入居して頂いたことの感謝とお詫び。では納得頂けないでしょうか」

しかし、返ってきた山口の言葉は田村を安心させるものとは程遠いものだった。

「いえ。それについては破格の対応をしていただいて足りています。何かあるんですよね? 」


「何もないわけではないんですが……」

 山口は言い淀んだ後、こう続けた。

「半月程前まで、この部屋に若い女性が入居したんですが、その女性が出先で交通事故に逢いましてね」


 入居者の両親から連絡があり、娘は長期入院することになりました。いつ退院できるか目途が立たないのでお部屋は解約してほしい。そう頼まれたのだという。


「その女性、亡くなったんですか? 」


「こちらは申し出通り解約を受け付けました。ですので、そこから先のことは分かりません。ですが、この部屋で人が亡くなったわけではないのは事実です」


「なるほど。しかし、それだけなら安くなる理由にはならないですよね」


「ええ。話はここからです」


 解約後にその部屋にはすぐ新たな入居者が入った。のだが、1カ月たたない内に解約したいと申し出てきたのだ。


「1カ月は早いですね」


「ええ。違約金などが発生するとも伝えたんですが。それでも構わないとのことだったので、了承しました。それから、5カ月の間に4人が入れ替わってます」


「は? つ、つまり。短いスパンで引っ越してしまうと」


「はい。理由を聞いても、言いたくないとのことなんですよ」


「それは、どう判断していいか微妙な案件ですね」


「はい。こちらは違約金を都度払ってもらってるんで損はないんですが、このままにしておくのもよろしくない訳ですよ」


「はあ……」


「田村さん。正直なことをいいます。この部屋に入って頂いて何が起きるのかを確かめて頂けないでしょうか」


「それが、破格であることの条件ですか」


「はい。でも、頼みごとをするのですからそれだけではありません。1カ月住み着いて頂いたら10万円、こちらから差し上げます」


「ほ、本当ですか? 」


「はい。先ほどお伝えした通り、ここで亡くなった人はいません。単なる気のせいという可能性もあります。何もなければそれを証明して頂ければいいのです」


「それでも、10万円もらえるんですか? 」


「ええ。お約束しますよ。勿論、危険を感じたらすぐに出ていただいて構いません。その際も違約金は頂きません。そして次こそはというのもおかしいですが、ご希望に添える物件をご紹介します」


 まともな状態なら断っていたかもしれない。しかし、自分の現況を考えると破格以上の魅力的条件だった。それに今いる物件と比較すれば多少のことは我慢できるかもしれない。あんなに恐ろしい目に会うことはないはずだ。


「わかりました。お受けいたします」


「ありがとうございます。すぐに手配しましょう」


 とりあえず、今日の夜に部家で寝るのは難しいだろうということで、田村の為に山口は市内のホテルを2泊分取った。その2日で新しい家に移る準備をする。とはいえ引っ越しなど完全には難しいだろうから、とりえず、寝られる状態を作って荷物の移動などは後ほどということに決まった。

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