第7話
そうしてゲーセンを後にし、ファミレスで休憩を挟んだ後に、ウィンドウショッピングとやらにたっぷり付き合わされて現在に至る。
辺りはすっかり暗くなり、ボチボチと仕事を終えたサラリーマン達が、魂を抜かれた屍のような顔つきで駅前を練り歩く時間帯になってきた。
しかし、島風、意外と渋い趣味してたな……
呉服屋とか、抹茶専門店とか、普通の女子校生が行くものなのか? なんだぁ? もしかして、お祖母ちゃん子か?
そんな疑念を浮かべながら、島風の後ろ姿を見る。
すると、島風はタイミングよくこちらに振り返り、俺を見た。
その表情は、無邪気に笑う子供のようだった。
「いやー遊んだ遊んだ! 楽しかったね! 羽柴君!」
「そ、そうですね……」
「羽柴君、真面目な子だと思ってたけど、反応とかしぐさとか結構面白くて、誘った私の方が楽しんじゃったよ!」
「は、はぁ……ありがとうございます……」
「うん! ほんと、いいところ一杯あると思うからさ……なんか、クラスのみんなにも分かってもらえたらいいなとか思ったりして……えへへ、流石にそれは余計なお世話か。ごめんね、羽柴君、分かったような気になってズカズカ言っちゃって」
「い、いえ、大丈夫ですけど……」
そう言って、舌を出しながら笑う島風。
その謝罪にどんな意図があったのかは俺には分からないけれど、きっと、島風の中にも無理やり誘って付き合せたことへの罪悪感とか、お節介な物言いに対する遠慮があったのだろう。
それを考えると、コイツは、島風は案外まともで常識的なヤツなのかもしれないと、そう思ってしまう。
でも、そう思ってしまうのも、結局は想像の範疇で。
俺は、島風の表面的な部分しか知らない。
この放課後の時間を使って、島風の人間性を測ろうと、そう思っていた。
しかし、予想外の出来事への対応や、自分の本性を隠すのに必死になりすぎて、結局、島風がどういうヤツなのかは分からず仕舞いのままだ。
まぁ、悪い奴ではないような気がする。
一方で、油断して気を許したら痛い目を見そうな気もする。
どっちだ……島風、お前はどっち側の人間なんだ……
そう、迷って、悩んだ結果。
考えるのが面倒臭くなってきた俺は、開き直って、島風に直接聞いてみる事にした。
どうして、そんなに俺に目を掛けようとするのかを。
男なら、小細工は無しだと。
どれだけ取り繕っても、性根までは変えられない自分が酷く滑稽に思えた。
「あの、島風さん」
「ん? なぁに?」
「島風さんは、どうして僕なんかに目を掛けてくれるんですか?」
「……え?」
「いや……島風さんはクラスの人気者なのに、どうして僕みたいな日陰者に声を掛けてくれたりするのか不思議になちゃって……」
「うーん……」
すると、島風は顎に手を当てて数秒頭を悩ませた後、爽やかな笑顔を向けて言った。
「えっと……実は私もね、そういう時期っていうか、人と関わりを持つのが嫌っていうか、怖かった時期があって、今の羽柴君みたいに一人でいる方が楽だなって思ってた頃があったんだ。でもさ、勇気を出して声をかけたり、関わりを持ってみたら、案外楽しくってさ、あぁ、こういうのも悪くないなって、そう思うようになったんだ。だから、もし、羽柴君が怖いとか、自分には無理だとか、そういう理由で人と関わりを持たないんだったら、すごくもったいないなーみたいな、そんな気持ちになっちゃって……羽柴君からしたら、すっごくお節介な話だよね、ごめんね。でも、何か昔の自分を見ているみたいでほっとけなくてさ……もしかして、羽柴君って私の生き別れの弟とか?」
「……それは無いと思います」
「あはは、だよね」
そう言って、ケラケラと鈴を転がすように笑う島風は、とても幼い子供のように見えた。
島風は、見た目は派手で軟派だし、中身だってお節介で、どうしようもないアホだ。
でも……でも。
きっと、悪い奴ではないのだろう。
誰かのために、誰かを思って行動できるヤツに悪いヤツはいないと、仲間のために体を張れるヤツに悪い奴はいないと、俺は長年の不良生活を通じて知っている。
だから、島風はきっと、俺が思っていたような人物ではないんだと思う。
「あ、でも、どうしても一人でいる方が好きだって言うなら止めはしないよ? 自分のために生きるのが一番だと思うし、羽柴君が嫌だって言うなら……声を掛けるのも……そうだね、一日五回くらいに制限するからさ」
「……どっちにしろ声はかけるんですね」
「え、うん。だって隣の席だし。もう友達だし」
「はぁ……」
「えぇ!? なんで溜息!? そ、そんなに私の事嫌いなの!?」
「いや、嫌いではないですけど……」
涙目で不満を訴える島風に、頭を抱える。
あぁ、そうだよ。
コイツがいい奴だと、俺が困るんだった。
これから先、ずっと島風に付き纏われても、のらりくらりと躱すことしかできなくなってしまった。
つまり、俺の理想の高校生活がぶち壊されてしまう可能性が常に、隣に付きまとってくると言うわけだ。
あぁ……もうほんとどうすっかな……
そうやって悩んでいると、周囲を省みずに泣き言を言っていた島風が、不意に通行人にぶつかった。
「あっ、すいませ……」
振り返って、謝る島風。
しかし、その瞬間。
島風の表情は、びっくりするくらいに強張り、引きつった。
「痛った……ちょっと!どこ見て……え、あんた……もしかして、島風? うっそ! めっちゃギャルになってんじゃん! 高校デビューかよ! 何それウケるんだけど!」
「く、久守さん……」
島風がぶつかった、久守とかいう派手な髪色をした人相の悪い女子校生は、島風の顔を数十秒訝しんで見た後、手を叩きながら笑い声を上げた。
どうやら、島風の知り合いらしい。
人相の悪い久守は、すぐさま近くにいた仲間を呼びよせ、島風を指差した。
「ね、見て! 島風! めっちゃギャルになってる!」
「え、うそ! 島風って……あの島風!? めっちゃ垢抜てんじゃん!」
「えー? 何々―?」
すると、同じく人相の悪い女一人と、柄の悪い男三人が久守に連れられてぞろぞろとやってきた。
見世物みたいにそいつらに囲まれた島風は、ただただ乾いた愛想笑いを浮かべるだけで。
引きつった表情からは、段々と血の気が引いて青ざめていくように見えた。
「あ、そだ。ね、ウチらこれから遊び行くんだけど、島風も行かね?」
しばらく傍観していると、久守が島風にそんな提案をした。
どうやら、遊びに誘われたらしい。
本当に、街で偶然会った旧友に誘われたとかだったのなら、俺もあっさりと島風と別れられただろう。
でも、そうじゃない。
今の島風の様子は、誰がどう見ても異常だった。
まるで何かに怯えるような、そんな目をしていた。
「いや……私は……」
「うちの言う事、聞けないの?」
「……わかった」
案の定、島風は久守の誘いを断ろうとする。
しかし、久守の言ったその一言で、島風の態度は急変する。
まるで心臓を一握りでもされたのかと思うくらいに、体をびくりと震わせた。
そうしてダラダラと汗を流しながら数秒沈黙した後、島風はこくりと首を縦に振る。
「羽柴君……ごめん、私、中学の頃の友達と予定できちゃったから、今日はここで帰ってもらっていい?」
「いいですけど……浜風さん、すごい汗ですよ? 顔色も悪いし、体調悪いんだったらあんまり無理しない方が……」
「大丈夫だから!」
明らかに様子がおかしい島風が気になって、柄にもなく助け舟を出すような言葉をかけるも、勢いよく拒絶されてしまう。
私の問題だから、これ以上は関わらないでほしいと言われているような、そんな気がした。
「ごめんね、また学校で」
そうやって俯いたまま、島風は振り返り、久守達と共に夜の街へと消えていった。
島風の背中を見送りながら、考える。
島風のあの様子には、見覚えがあった。
あれは、弱者が強者に怯えている時の様子だ。
弱肉強食、ナメられたヤツから死んでいく不良の世界で生きてきた俺は、あんな風に怯えて、虐げられるヤツを何百人も見てきた。
きっと、島風は久守という人間に何かしらの弱みを握られているか、虐げられた過去があるのだろう。
何となく、島風のあの怯えた目からそう感じとれた。
今すぐ島風と久守の後を追って、助けてやるか?
そう、自分に問いかけた。
答えはもちろんノーだ。
俺に何の旨味もないどころか、下手したら自分の本性がバレてしまう危険だってある。
そもそも俺と島風はお互いを助け合うような関係性ではないし、そもそも島風が大丈夫だとそう言っていたのだから、下手に干渉しない方が島風のためにもなるのだろう。
たとえ、どれだけ島風の顔が青ざめていようが、怯えた目をしていようが、俺には全く関係のない話で。
島風が俺の仲間だと言うなら話は別だけれど、そうではなくて。
島風なんて出会ってまだ日の浅い、ただのクラスメイト……
『私に似ていているような気がして、放っておけなくてさ!』
『当たり前じゃん、だって、もう友達だもん』
ふと、先程、笑顔の島風がそう言ったのを思い出してしまう。
……いや、なんで俺はこんなの思い出してんだ?
違う……違う違う。
そもそも、俺と島風は似てなんかいない。
アイツは人を見る目がない。
本来の俺は、人に目を掛けてもらえるような人間ではない。
なぜなら、お人好しの島風とは真っ逆の、暴力的な人間だからだ。
そして、俺が新たに作り上げた高校での人格も、人に目を掛けてもらえるような人間ではなかった。
当たり前だろう。
自分から、人と関わる事を避けていたんだ。
誰に相手にしてもらえなくても文句は言えないし、俺自身がそれを望んだのだから本望だ。
それなのに。
それなのに、島風はただ一人、そんな俺に手を差し伸べようとしてくれた。
全く望んでなんかいないし、島風が思うような孤独を恐れる人間でもないし、むしろ迷惑でしかなかったけれど。
それでも、島風は、困っている誰かに手を差し伸べて、失礼な態度を取るクラスメイトを友達と呼んだ。
お人よしなのか、それとも救いようのないバカなのかは分からないけれど。
その事実は、その言葉は、俺の判断を大きく鈍らせるには、充分だった。
クッソ……あのやろう……世話が焼ける……
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