第8話
結局、私は中学の頃から何にも変われてなんていなかったんだ。
どれだけ見た目を取り繕っても、どれだけ流行や普通の女子校生が好きなものを研究しても、どれだけ本来の自分を偽っても。
結局、私は私のままで、中身はずっと、地味で根暗な弱虫のままで。
中学を卒業して、運よく高校デビューに成功したから、浮かれていた。
所詮、私が作り演じた強者は紛い物で、どれだけ幅を利かせてリア充のフリをしても、こうして本物の強者を目の前にすれば、簡単に崩れ去ってしまう虚像に過ぎなかった。
きっと、私は一生、強くて卑怯な人間に搾取され続ける負け犬なんだろう。
きっと、そうなんだと思う。
今だって、自分を信じて勇気を振り絞る事が出来ていたのなら、もうあなた達の言いなりにはならないと反抗する事だってできたはず。
そのはずなのに、それをしないのは、きっと、そう言う事なんだろう。
強い人間に恐れをなして、抵抗するのを諦め、降伏した。
それが、私と言う人間の本質だ。
きっと、この先どんな事が起こっても、どんな環境に身を置いても、私はそうするんだと思う。
惨めな負け犬根性だけは、一生拭うことはできないのだろう。
それを理解すると、途端に今までの努力の全てが無駄だったように思えてきた。
必死に頑張った勉強やおしゃれも、勇気を振り絞って友達に声をかけたことも、全部無駄。
全ては虚構で、全ては戯言だ。
あぁ、でも一つ。
ついさっき、“羽柴君だけは守らなきゃ”と思い、咄嗟に強がってみせたのだけは、心からの行動だった。
その想いには、なんの偽りもない。
凄く、不思議に思う。
出会って間もないし、そんなに仲が良かったわけでもないのに、羽柴君だけは私が守ってあげなければと強く思った。
きっと、自分より立場の弱い人間が巻き込まれるのを見るのが嫌だったんだと思う。
それだけは、私の暗く折れ曲がった精神性の中で、唯一褒められた部分だったのかもしれない。
あぁ……羽柴君……無事に帰れたかな……
「いやー、まさかあの地味子がここまで激変するなんて驚いたわー! え? なんなん?整形でもしたの?」
「整形とか! この歳で? ウケるんだけど!」
「いや……」
羽柴君と別れた後、私は久守さん御一行に連れられ、悪い奴らの溜まり場みたいな、バーというか何と言うか、ダーツとか、ビリヤードとか、そんな類のものがたくさん置いてある場所に連れて来られていた。
タバコの煙が店全体に充満していて、居心地が悪い。
お客さんの柄も悪く、周りにいる男の人達の商品を見定めるような視線が不快だった。
「えー? でもこの子、見た目は結構可愛くね? 俺、全然イけんだけど?」
「は? まじ? こいつまじで中学時代芋だったんよ? 彼氏どころか友達すらいなかったし、絶対処女だし」
「あーまじで? ちょっとそれはだるいね」
そんなお店で私は、久守さん御一行に囲まれて、いいように貶され続けていた。
きっと、私が反抗してこないのを分かっているから、好き勝手に言うのだろう。
まったくその通りで、私は何も言い返す事ができずに、ただただ愛想笑いを浮かべて、少しでも早くこの時間が終わってくれるのを祈る事しかできなかった。
そうして笑い物にされていると、奥の席の方から、腕に刺青を入れたドレッドヘアーの男の人が近づいてきた。
見るからに怪しくて、視界に入るだけで嫌な気持ちになるような風貌をしたその男は、ニタニタと笑いながら、私たちがいるテーブルの方へと進んでくる。
「うぃー若者達、まぁた楽しいことしてるのー? おじさんも混ぜてよー」
「あ、若林さん、おつかれです~! おじさんってw、まだ20代じゃないですか~」
「いやいや、高校生から見たらもうおじさんでしょw、それより、その子どうしたの? 見ない顔だけど」
「あ、こいつですか? こいつ、島風って言うんですけど、ウチの中学の頃の同級生で、スッゲー地味で根暗なやつだったんですけど、高校デビューして調子乗ってたんで、自分の立場ってのを教えてあげてたんですよw」
「なんだそれw、いじめんなよー可哀想だろー」
若林とか言う男は久守さんと仲良さげに話し、ゲラゲラと笑いながら、時折私の方へと視線を向けた。
そうして、私が何をしても逆えない弱い立場の人間であることを理解すると、若林は失笑し、久守さんに言った。
「でも、この子かわいいじゃん? いくら払えば紹介してくれる? 俺、遊びたいな」
「え!? まじすか!? こいつ多分処女っすよ?」
「バカだな、それがいいんじゃん。頼むよ、お礼、多めに払うからさ!」
「マジすか……まぁ、若林さんがいいならいいですけど……おい、島風、今からこのお兄さんと遊んで来い。若林さんの言う通りにすればそれでいいから」
「……え……あ、遊ぶってどういう……」
「いいから行って来いって! 黙ってついて行けば金ももらえるし、処女も捨てれるんだから、お前みたいなのからしたら有難い話だろうが!」
「え……」
久守さんが何を言っているのか、全くもって理解できなかった。
しかし、私が固まって動けなくなっているのをよそに、周りの人間達は笑い、若林という男は強い力で私の腕を掴んだ。
「よろしくね、島風ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫だよ。俺、慣れてるし、優しくするからさ」
にっこりと笑うその目の奥には、深い深い闇が広がっている。
それに気がついて、悟る。
若林という男は、冗談を言っているわけではないと、本気なんだと。
良い年をしているであろう大人が、私みたいな子供を……
「い、いや!」
咄嗟に若林の手を払い、抵抗する。
吐き気を催すような嫌悪感が全身を駆け巡った。
今更遅いのかもしれないけれど、それは、それだけは何が何でも無理だった。
中学の頃だって、ここまでのことはされなかった。
嫌味も、嫌がらせも、我慢すれば必ず終わりがくる。
そう思えたから、耐える事ができたのに。
それなのに、こんな……
「痛って……何すんだガキ!」
若林は激昂し、本性を現して、私の胸ぐらを掴んだ。
そうして空いている方の拳を大きく振りかぶり、タメを作る。
あぁ、だめだ、殴られる。
殴られて、無理やりどこかに連れていかれる。
どうしよう、どうすればいい。
必死に解決案を考えようとするも、頭の中が真っ白になって何も思い浮かばない。
そうして、諦めた。
だって、今まで私がどうにかできたことなんて一つもなかったのだから。
今更頑張ってみたところで、どうにかできるはずがない。
私は、一生強い人間に奪われ続けるんだと理解した。
抵抗するのが無駄だと言うなら、現実を受け入れてしまった方が楽だ。
そう覚悟を決めた私は、ゆっくりと目を瞑む……ろうとした、その瞬間。
バタン!!!
そんな、何かを無理やりこじ開けたような凄まじく乱暴な音が店内に鳴り響いた。
もう……次から次へとなんなの……
そう涙目になりながら、音が鳴った方向へと視線を向けた。
店内にいた全員の関心が、ドアを開けた何かに向けられている。
その何かは、ゆっくりと、それでいて堂々と店内に侵入してくる。
そこにいた、想像よりも小さい風体をした何かに、私は見覚えがあった。
眼鏡をかけた、冴えない黒髪の男の子。
見覚えがある、というか、私はその男の正体を知っていた。
“羽柴虎太郎”
私と同じ高校に通う、隣の席の冴えない男子高校生だ。
……………えぇ!? どうしてここに羽柴君が!?
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