第3話

 手に汗を握るような擬態生活を終え、ようやく迎えた放課後。


 駐輪場で自転車に跨り、溜息をついた。


 ふぅ、今日も島風の質問攻めを何とか乗り切り、自分の地位と立場を守りきったぞ、よくやった、俺。


 そう、自分で自分を褒めて、労う。


 そうして一息ついて気持ちを落ち着かせると、気分が安らぎ、やる気が出てきた。


 よし! 気を取り直して、帰って勉強しよう!




「あれ? 羽柴君今帰り?」




 そう意気込んでいると、突然、俺の安寧を脅かす敵が背後に現れ、絶望のファンファーレを吹き散らかした。


 その声は、100人規模の暴走族がバイクに跨ってカチコミに来た時のあの騒音よりも俺の心を揺らいでざわつかせた。




「……や、やぁ島風さん、そうだけど、何か用かな?」


「いや、私も今帰りなんだけどさ、みんな部活とか用事があるって帰っちゃって、暇なんだよねー……あ、そうだ、羽柴君、良かったら私とどっか遊びに行かない?」


「……いや、僕も用事があるので遠慮しておきま」


「嘘だ、絶対帰っても勉強するだけでしょ? よし決まり! 私と遊びに行こう! 大丈夫! お姉さんが手取り足取り教えてあげるから! 安心して!」


「え、えぇ……」




 全然安心できねぇわボケ!


 マジで何なんだコイツ……


 学校どころか、俺の私生活にまで介入してこようとしてきやがる!


 しかも、無駄に俺の行動パターンまで読んできやがるし……


 だめだ、今日はガツンと言う。


 コイツを野放しにしていたら、後からとんでもないしっぺ返しがこの身に降りかかってきそうだ。


 ……でも、やっぱり俺の本性がバレたらまずいから、まずは様子見に軽いジャブで……




「い、いや、悪いですよ。島風さん、友達多いんだから、僕なんかと遊んでないでその子達と遊んだほうがきっと楽しいですよ」


「…………」




 ふふふ、これが、俺が不良から足を洗い、常識人として生きていくために習得した108のスキルの内の一つ、「ゴマすり」だ。


 年功序列の日本社会において、このスキルは非常に役に立つと「常識人一年目の教科書」という本に書いてあった。


 相手を立てて、自分の利益を得る。


 肉を切って骨を断つこの方法は、クレバーなエリートを目指す俺にピッタリの兵法だと思った。


 島風を見る。


 すごく、すごく嬉しそうな顔をしている。


 やはり利いたか……こりゃ勝ったわ! ダハハ!


 浜風、破れたり! バカは家に帰ってドーナッツでも食ってろ!


 と、心の中で狂喜乱舞していると、島風がしたり顔でこちらを見て、言った。




「えへへ! まぁね! 私、友達多いからさ! たまには隣の席の羽柴君とも遊んであげようと思って! 喜べ喜べ幸せ者! えへへ!」←根暗ゆえに、友達が多そうと言われて嬉しくなり、俄然羽柴の面倒を見てやろうとやる気になった女。


「…………」




 ダメだ……この女……全く話にならん……


 決めた……今日、この放課後で、ありとあらゆる手段を用いてコイツの本性を見極めて、必要であれば鉄拳制裁を用いて……


 この女を、理解わからせる!

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