第2話

 恥ずかしながら、この俺、羽柴孝太郎は、中学まではかなり荒んだ生活を送っていた。


 荒んでいたというか、荒ませていたといか、端的に言うと、不良グループのリーダーをやっていた。


『風神白虎の羽柴』。


 よくよく考えてみればクソダサすぎる異名で恐れられ、来る日も来る日も喧嘩に明け暮れ闘争を好み、自分の身に巻き起こる全ての問題を暴力で解決して、血を血で洗うような日々を送ってきた暴徒。


 それが、中学時代までの俺の生き方だった。


 そんなバカで乱暴でいわゆる脳筋呼ばれる人種の一人であった俺だが、高校では打って変わって方向性を180度変え、まともで真面目で勤勉で穏やかな生活を送っていた。


 自分の罪を受け入れ、奉仕のための人生を生きる喜びに気づいた…………とか、そういうわけではなく。


 中学三年生、飽きもせずに喧嘩に明け暮れていた夏休み。


 何者にも恐れず、何者にすら傷つけることができなかった俺の心が、ボロボロのズタズタになった経験をしたあの日から、俺の価値観は大きく変わってしまったのだ。




『ヤンキーとか時代遅れでしょ。これからの時代はここよ、頭、頭の良さ。IT企業の社長とか憧れるわー』




 当時付き合っていた彼女に、そんな言葉を掛けられあっけなくフラれてしまった。


 溺愛していたというか、結婚まで割と真面目に考えていた分、相当にショックを受けて落ち込んだ。


 鉄パイプで殴られても車に轢かれても平気だったこの俺が、一週間も寝込んだ程だ。


 それほどに、彼女が口にしたその一言は俺の心の奥底に深く突き刺さり、価値観を破壊した。


 そうして更に一週間引き籠り、俺はとある決断をした。


“不良をやめて、真っ当に生きよう”。


 そう決めてからは、あっという間だった。

 

 煌々と夜の闇に輝く金髪を黒く染め、目付きの悪さを隠すために伊達メガネを買い、カスタマイズしていた学ランも指定の物に変えた。


 不良グループも抜け、反対する奴には頭も下げた。


 そうして残りの中学生活の全てを受験勉強に捧げ、見事志望していた進学高に合格。


 全てを暴力で解決する不良から、クレバーにスマートに物事をこなすエリートへの道の第一歩を踏み出すことに成功したのだ。


 けれど、油断は禁物。


 初めの一歩を踏み出しただけで、まだまだ俺の頭はエリートと呼ぶには程遠い出来だ。


 だからこそ、自分を律し、更なる高みを目指し勉学に励もうと、そう思った。


 目指すは日本一の大学、東京大学!


 掲げた野望を完遂するために、高校では極力目立たず、無駄な人間関係も築かず、地味に地道にこの身の全てを勉学に捧げようと、そう思っていたのだが……




 何故か、隣の席の派手な格好をしているギャルが毎日毎日ダル絡みしてくる!!!!!!!!




 え? 何なのコイツ? 目立ちたくないからあえてクソダサい恰好をして無口なキャラを演じているのに何なの? バカにしてるの?


 入学から数日で、「あ……こいつは話しかけてもつまらないから関わらんでおこ……」みたいなキャラを確立したのに、お前みたいな悪目立ちするヤツに話しかけられ続けたら、他の奴らも面白がって話しかけてくるかもしれないだろうがクソが……


 本当、何なんだコイツ……


 経験上、こう言った輩(過去の自分も含む)は地味で目立たない人間に興味を持たないはずなのに……


 あぁ、もしかして、俺を弱者と判断して、搾取する対象と見做したのだろうか。


 もしそうだったら、何かしらの策を講じて撃退しなければならない。


 地味に、目立たずに生きたいとは思うが、搾取され、都合のいいように利用されたいとは思わない。


 ナメられたら、人生は終わったも同然だ。


 暴力は振るわないと心に決めたが、吐き気を催すような邪悪にはその限りではない。


 しかし、実際問題、今のこの環境下では、隣の席に居座るギャル、『島風渚』を撃退する手段は限られており、それこそ今のキャラのまま、俺が荒くれ者と知られずにこの女を黙らせるのは至難の業だった。


 そもそも、この女が本当に邪悪な存在なのかも完璧には見極め切れていなくて、思い切った行動に出られずにいた。


 そうこうしているうちに島風はガンガン俺に絡んできて、そのせいで、周囲の俺に対する興味関心は高まっているわけで。


 一体どうしたものかと困り果てて、つくづく俺も運が悪いと、自分の運命を呪うことしかできていなかった。


 今だってほら、考え事をしていたらあの女、また俺の事をじっと見つめてやがる……




「チッ……えっと、島風さん、僕に何か用かな?」


「え? あぁ、いや……羽柴君ってよーく見ると綺麗な顔してるなって思って……ん? ちょっと待って? 今、舌打ちした?」


「……し、してないよ?」


「いや、でも今、確かに『チッ』って……」


「し、してないよ! 何言ってるの島風さん、大丈夫? クラブとかに行きすぎて耳やられちゃったんじゃないの? バイブスの上げ過ぎは良くないよ」


「え……あ……ま、まぁね! 私レベルになるとクラブとか毎日行っちゃうからさー。聴力とか、もうゼロに近いっていうか馬の耳に念仏レベルだよね! ハハハ! ……っていうか羽柴君、クラブとかバイブスとか良く知ってるね?」←本当はクラブになんて行った事がないどころかカラオケも家族としか行った事がない生粋の陰キャ。祖母の影響で演歌が好き。一番好きな曲は北島三郎の名曲「北酒場」、趣味は読書と諺を覚える事。


「うっ……い、いや、姉がほら、そういうの好きなお年頃だから、ちょっとだけ知ってるっていうか何と言うか……あ、もちろん行った事はないよ? あぁいう場所って不良のたまり場とかになってそうだし、怖くて近寄れないよ……っていうか島風さん、馬の耳に念仏なんて難しい言葉よく知ってるね? 意外と勉強熱心なんだ? イマドキの子って活字離れしてるから珍しい……もっとこう、常にインスタグラムとかティックトックとかやってそうなイメージなのに」←嘘。中学二年の冬、仲間をカツアゲした半グレ集団がたまり場にしていたクラブに単身乗り込み20人を素手のみで撃破。地面に転がる大人の男達を組み合わせ肉DJブースを作り一人バイブスを上げていたという伝説を作った男。姉と妹がいるが、二人には尻に敷かれている。


「え!? あ、あぁ……いやね、ウチのおばあが日めくり諺カレンダーとか部屋に飾ってるからさ、知らないうちに覚えちゃって……あはは……というか羽柴君、インスタとか知ってるんだ? もしかしてアカウント持ってる? 持ってるならフォローするから教えてよ! 動画の取り方とかも教えてあげるし! 私、そういうの好きだし得意だからさ!」←大嘘。本当は今時の音楽に合わせて自分が踊ったり、決め顔で撮った写真や動画がネットに流れるのが心底恥ずかしく、友達と撮った写真や動画をアップする際には30分はおかしなところがないか確認し、アップした後はベットの上で20分悶え続けている。


「あはは……僕がそんなのやってるわけないじゃん……冗談きついなぁ……」←半分本当。正しくは一度インストールした事があるが、少しだけいやらしい動画を見ようとして多額の架空請求が来て以来トラウマになって開いていない。喧嘩には強いがネットには弱い。




 だ、ダメだ……このギャルとしゃべってるといつか必ずボロが出て、俺の本性が明るみになってしまう……早急に、有効な対策を練らないと……

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