今時ギャル風根暗女子とガリ勉陰キャ風ヤンキー男子の話【短編、3万字】

村木友静

第1話

「おっはよー! 羽柴君!」


「あ……島風さん……おはようございます……」


「まぁ~~た辛気臭い顔して! そんな顔してたら幸せが逃げてくよ? ほら! 笑って笑って! 一度っきりの高校生活、楽しまなきゃ! 元気出していこう?」


「そ、そうですね……はは……」


「ワハハ! 苦笑い過ぎてウケる! 私、そんなに露骨に嫌そうな態度取る人初めて見たよ……あっ! あかりん、さとちん、おっはよー!昨日さ〜〜」




 明るく、サバサバとした、誰とでも分け隔てなく仲良くできる、元気印のカーストトップギャル。


 それが、この高校、そしてこのクラスでの私の立ち位置だ。


 隣の席に座る、地味で真面目そうな男の子にも気軽に話しかけてしまうような豪快な女の子。


 それが、この環境下での私、『島風渚しまかぜなぎさ』のキャラクター性だった。


 そんな私であるが、実はこう見えて、生粋の高校デビュー女子である。


 本来の私は、こんな竹を割ったような、何者も恐れないような性格ではない。


 むしろ、真逆。


 地味で、真面目で、人の目ばかり気にしてしまうような、それこそ人と関わるのを極端に避けるような、根暗な性格だった。


 そんな私が、何故、高校デビューなんていう茨の道を進む事を決意したのか。


 それは、私の中学時代の辛い経験が由来していた。


 端的に言うと、私は、中学時代にカースト上位の女子グループからいじめの標的にされていた。


“暗くて、つまらない”。


 そんな理由で、来る日も来る日も嫌がらせを受けたり、悪口を言われ続けたりした。


 何とか卒業まで耐え忍んだけど、もう二度と、あんな思いをするのはゴメンだった。


 だから、私は誓った。

 

 高校では、絶対にいじめの標的になんかならずに、失われた青春を取り戻そうと。


 そのためには何をするのが一番いいのかと、春休みの時間を使って考え抜いた。


 そうして至った結論が、“ギャル化”だった。


 いじめとは、弱者が強者に目を付けられて、搾取されることなのだと私は知っていた。


 弱いから、何をしたって反撃してこないと思われるから、奪われ、蹂躙される。


 だったら、強くなるしかない。


 誰からも目を付けられずに、誰からも不当な扱いを受けないためには、強くなるしかない。


 そう思って、私は高校デビューを決意した。


 髪を染め、服装も派手にし、とにかく舐められないように、自分を蹂躙してきた“強者”達に劣らないように、自分が“強者”に見えるように、擬態した。


 朝起きて、慣れないメイクをする時の感覚は、まるで自分の人格を見えない何かで塗りつぶしているようだった。


 でも、全然マシだった。


 あんな思いをするくらいなら、誰かに虐げられて、奪われて、全てを否定されるくらいなら。


 プライドを捨てて、自分の個性や素顔を捻じ曲げる方が全然マシだと、そう思った。


 それくらいに、純粋で、そして分別がない子供が企て実行する“いじめ”は、私にとって残酷で悲惨なものだった。


 二度とあの頃には戻りたくないと、そう思えたから頑張れた。


 おかげで、私は奇しくも高校デビューに成功した。


 友達もできたし、クラスの中でもいいポジションを勝ち取れたと思う。


 初めは自分の本性がバレてしまうのではないかと内心ビクビクしていたし、私をいじめていたような人達と同じような雰囲気を持ついわゆる“陽キャ”の人達に話しかけるのも正直怖かった。


 けれど、話してみると案外いい子が多くて。


 たまたま私が意地の悪い子に巡り会ってしまっただけなのか、それとも、私の見た目が改善されたから優しく接してくれるだけなのか。


 本音は分からなかったけれど、それでも、そんな子達と一緒に過ごすキラキラとした学園生活の居心地は悪くなかった。


 むしろ、楽しかった。


 こんなにも、誰かと分かち合い、誰かに必要とされるのが嬉しく喜ばしい事だとは知らなかった。


 青春とは、こんなにも尊く温かいものだとは知らなかった。


 そうやって、一度温かみを知ってしまうと、戻れなくなる。

 ずうっとこうしていたいと、欲が出てしまう。


 私は、今の生活をとても気に入っていて、この地位や立場を失いたくはなかった。


 皆に慕われ、皆に必要とされる、この高校生活が。


 けれど、それは皆が本当の私の姿を知らないから成立しているわけで……


 だからこそ、絶対にバレるわけにはいかなかった。


 過去の私を、私の本性を。




 そうして、高校デビューを成功させるという目標は、クラス、そして学校での地位を盤石にするという目標に移り変わる。


 決して誰かから奪おうというわけではなく、皆に優しく、皆に慕われ、皆を幸せにできるような、そんな強く優しい人間に、私なりの「強者」になろうと、日々奮闘していたのだけれど……




 私の隣の席に座る、この男、「羽柴虎太郎はしばこたろう」。


 何故か、彼だけは、一向に私に心を開いてくれようとしない。


 ど、どうして!?


 自分で言うのもなんだけれど、今の私の容姿は、美容や流行に対して研究に研究を重ねた結果、美少女とは言えなくても、それなりに見れるものにはなっているはず。


 それなのに、華の女子校生が毎日積極的に話しかけているのに、この子は、羽柴君は、喜ぶどころか「迷惑だから話しかけてくんなよ……」みたいな態度を取ってくるのだ。


 ひ、ひどい……ひどいよ羽柴君……私、見た目はギャルだけど、中身は根暗陰キャだから、そういう態度取られるとメンタル病んじゃうよ……


 でも、なんでだろう……何がいけないんだろう……


 確かに、クラスでの立ち位置が微妙な子が、カースト上位の子に慣れ慣れしく話しかけられるのを嫌がる心理を持っているのは、私も同じ陰キャだったから良く分かる(自分で言ってて悲しい)。


 でも、それでも、心の中では嫌だと思っていたとしても、あんなに露骨な態度は取らないはずなんだけどな……


 それに、本当に失礼な話だけど、お世辞にも羽柴君は女慣れしているようには見えない。


 パーツは整っているように見えるけれど、何と言うか、全体的に野暮ったいというか、垢抜けていない。


 だったら、女慣れしていないというのなら、同世代の比較的まともな見た目をした女の子に話しかけられてあんな態度を取るはずがないのに……


 私、何かダメだったかな……いいや、諦めちゃダメだ。


 ここで諦めたら、また、あの忌々しい、思い出したくもない過去の自分に戻ってしまいそうな気がしてならない。


 比較的接触回数の多い羽柴君ですら懐柔できないようなら、このクラス、そしてこの学校での地位を盤石の物にするのなんて夢のまた夢だ。


 それに、羽柴君には妙な親近感もあった。


 羽柴君を見ていると、過去の自分を見ているような気分になる。


 地味で、真面目で、人と関わる事を極端に避ける。


 そんな過去、いや、本来の自分と、彼の姿を重ねていた。


 彼や私のような人間は、別に人と関わるのが嫌いだというわけではない。


 ただ、人と関わるのにはリスクがあって、自分が傷つく可能性があるから、仕方なく一人でいる事に甘んじているだけで。


 本当は、誰かと関わりを持ち、誰かに必要とされたいのだ。


 彼は、きっとそう思っているはずだろう。


 何故なら、私もそうだったから。


 それを思うと、救いの手を差し伸べたくなった。


 大丈夫だよと、私でも出来たんだから、君にもできるよと、教えてあげたくなった。


 だからこそ、私は二重の意味で、羽柴君に執着していたんだと思う。


 どちらにせよ、今、私がやるべき事は定まったと思う。


 私がこの学校で盤石の地位を築くためにも、そうして羽柴君に人と関わる喜びを伝え、華やかな青春を送ってもらうためにも……




 絶対に、私は羽柴くんと仲良くなる!

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