第10話

 あぁ……やっちまった……


 朝日が燦々と降り注ぐ、ホームルーム前の教室の自分の席で、俺は項垂れていた。


 何故、項垂れているのかというと、昨日の夜に自分がしてしまった事を後悔していたからだ。


 あれだけ自分の本性がバレないように頑張ってきたのに、昨夜のあの一件で、全てが水の泡と化してしまった。


 しかも、二度としないと誓った暴力まで振るってしまい、あろうことかそれを同級生に知られてしまうなんて……


 抜かった、抜かりおった。


 昔から、頭に血が昇ると暴走してしまうのは俺の悪い癖だ。


 確かに、アイツらは、島風を取り囲んでいた奴らはまごうことなき悪人で、吐き気を催すような邪悪だった。


 だから、アイツらを締め上げた事に関しては全く気にしていないというか、そうされて当然とまで思っているのだが……


 恥じているのは、自分の意思の弱さに対してだ。


 あれだけ、あれだけ暴力を禁じ、クレバーに生きようと決めたのに、俺ってやつはホント……


 こんな体たらくでは、周りの人間に本性がバレてしまうのも時間の問題だろう。


 ただでさえ島風にはバレてしまっていると言うのに、こんなんじゃ穏やかな高校生活なんて夢のまた夢だ。


 ……まぁ、取り返しのつかない事を後悔しても仕方がない。


 今日だ、今日からだ、今日から真っ当に生きよう。


 そうだ、そうしよう。


 それに、島風に本性がバレてしまったことは、なにも悪い事ばかりではない。


 禍転じて福となすと言うか何と言うか、これで、島風が俺にちょっかいを掛けてくることはなくなったという事だ。


 あれだけ怯えていたんだ、自分から声を掛けてくることなんてもうあり得ないだろう。


 つまり、島風の動向さえ注意していれば、俺は穏やかな生活を勝ち取ったも同然という事になる。


 ……あれ、これ、もしかして逆転勝利か?


 うはは、やったわこれ。


 肉を切って骨を断つというのはまさにこのことだろう。


 クレバーでスマート過ぎる自分が怖くなる。


 勝ったな、ガハハ!


 そう心の中で高らかに笑っていると、島風が、あの島風が登校し、教室の中に入ってきた。


 一筋の緊張感が、その場に走った。


 恐る恐る、横目で島風を見る。


 島風は、心なしか元気がないように見えた。


 そうだろう、そうだろう。


 隣の席に座る生徒がこんなヤンキー野郎だと分かったら元気もなくなることだろう。


 いいよいいよ、効いてる効いてる。


 そのまま俺に構わず、一線を引いて、島風なりの楽しい高校生活を過ごしてくれたらそれでいい。


 お互い今までの事は忘れて、自分の道を突き進むことができれば俺はそれで……




「おっはよー! 羽柴君!」


「………………」




 しかし、俺の予想とは裏腹に、島風はいつもと変わらないバカみたいな挨拶を、俺に向けて元気よく口にした。




「……え?……え?」


「どうしたの? 島風君?」


「え……いや……え?」


「?????」




 島風のあまりの無鉄砲さに、思わず言葉を失ってしまう。


 今までの人生の中で、脅した相手に逆らわれた経験なんて一度もなかった。


 だからこそ、俺は島風の対応にド肝を抜かれてしまった。


 こいつ、俺の事ナメてやがるのか?


 それにしては、何も考えていなそうな脳天気なアホ面をしてやがる……


 コ、コイツ……何が目的だ……


 クソ、こうなったら……




「し、島風さん、ちょっといいですか?」


「え? いいけど……ちょっ、羽柴君どこに行くの!? ホームルーム始まっちゃ……」


「いいから!」




 人気の無い場所で島風の真意を聞き出すために、俺は島風の手を掴んで教室から連れだした。


 ほんと、何回コイツの手を引っ張る羽目になるんだ……

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