第7話 文体を見つけることと物書きの生存戦略
各種コンテストに受賞された方、おめでとうございます。冬寂はことごとく落ちました。ええ、まあ。悔しくて枕をぽすぽすと叩く日々が続いております。いや、わかってるんです。ダメなのは。そしてどこがダメなのかも。そんなのタダの言い訳ですけど。太宰のように主催者へすがりつきたいんですけど、ダメですかね。
思えばコンテストとは縁遠い身分でした。それでも人生で最初にお金をいただいた仕事は雑誌連載の物書きでした。よくわかんないですよね、こういうの。本を出したら出したで、売れはしたけど賛否両論だったり。私が出すものって、必ず賛否が分かれるのです。でも、刺さる人には深々と刺さるようなんです。このあたり、書いている当人がいちばんよくわからない……。
そういう生き方なもんで、いろいろあきらめてはいます。読んでいただける人のために、これからも書き続けていくことになるのでしょう。
そんな人間が創作論を語るだなんて、ミルコ・クロコップ1000人が「お前は何を言ってるんだ」と耳元で怒鳴ってくれそうですが、こんな日に語ってしまうのは、かなり自虐的過ぎて、かえって気持ちいいかもしれないと思いまして。
というわけで、今回の話も酒のツマミぐらいのものとして読んでください。はい。
さて。
世の中には「文体」というものがあるそうです。Wikipediaによると「ある作品の背後に作家性を見いだす際の根拠の一つ」だそうで、作者のオリジナルティというものの正体になります。
どんなもんだろう、というのは、下記をちょっと読んでみてください。「後ろで大きな爆発音がした。俺は驚いて振り返った。」という文章をいろんな作家(もしくは何か)が書いてみたら、というものになります。
■「爆発音がした」まとめ 上
http://anond.hatelabo.jp/20080506041614
■「爆発音がした」まとめ 下
http://anond.hatelabo.jp/20090508095607
もちろん本人が書いたものではなく、だいぶパロディなのですが、なかなか言い得て妙なところがあります。ちょっと抜粋してみます。
■北方謙三
「不意に、背後から、爆音が轟いた。俺はまだ、死んでいない。足を懸命に、動かした。天地が、ひっくり返った。何も、聞こえなくなった。」
■山田悠介
「後ろからの爆発音がした。俺は驚きながら爆発音に振り返った。それは、結局爆発音だった。」
■時雨沢恵一
「エクスプロージョン。燃焼などで気体が急激に熱膨張を起こす現象で、僕のエンジン内部でも起きてる奴だよ。托鉢ってやつさ」
「……爆発?」
「そうそれ」
まあ、それっぽい。しかもみんな違う。もし、ご自分で書かれているもので、こういうシーンがあったなら、どんなふうに書くかな? というのをちょっと想像してみてください。
ちなみにこれ、冬寂さんだとこんなふうになります。
――――――――――――――――――――――
手を引かれた。なに、って彼女に聞くまでもなく、それを後ろから感じた。
光、音、風。それから焦げた匂い。
驚いて振り返った。
なにこれ……。
そんな私を見て、嬉しそうに彼女は言いだした。
「これが爆発だよ」
――――――――――――――――――――――
うーん、それらしい。実に冬寂さん。たぶん百合だし。彼女のほうは国際指名手配犯ですね。
なぜ、これが書けるのか? それは私が「自分の文体」を把握しているからです。ちょっとチートなんですが、その昔、物書きの同僚からこんなふうに言われたのです。
「短い文節、体言止め、倒置法からの主語省略。お前は多用しすぎだ。だからどんなに名前を変えても、一発でお前が書いた文章だと俺はわかるぞ」
これを言われるまで、私は自分の文体を意識していませんでした。当時は読みやすさとか文章構成ばっかり考えていたので、意外な指摘だったのです。文章のリズム感は読みやすさに繋がります。なので、無意識にこんなふうにしていたのです。
よく指摘してもらえたものです。しかも、別の物書きな先輩からも「そうだそうだ」と言ってたので、たぶんその通りなのでしょう。
ちなみにこれを言った同僚は、すごく婉曲的に物語を説明して文章が長くなる癖があり、私とだいぶ対照的だったりします。どっちが良い悪いというより、個性の話ですね。
この文体というのはある種の「物書きの名刺」となります。ネタは旬のものをおいしく調理するしかないのですが、それはどんな人にも平等に与えられています。どう組み立ててお客さんに提供するかは、作者によって変わってくるところで、それが文章の味になります。
どうかご自身の文体を確立してみてください。もし自分でわからないようなら、私のように誰かに言わすというのも手です。
この「自分の文体」というものがわかると、すごく執筆に役立つのです。
もう少し続けてみます。
私はこの文体、色に例えています。『かがみの孤城』などを書かれた辻村深月先生は、どの作品も「氷のような固い透明色」という感覚があります。内容的にはハートフルだったり、サスペンスだったり、いろいろあるのですが、とかく淡々と事実を積み上げていく文章なので、文体としては冷たくて固いイメージがあります。最新作『琥珀の夏』を読んでもそれを感じられて、何かほっとしたのです。
『有頂天家族』の森見登美彦先生には2つ感じていて『四畳半神話体系』『夜は短し歩けよ乙女』系列は明るくあたたかい灰色、『太陽の塔』『夜行』『熱帯』には「深く濃く底がない黒」のイメージがあります。文体的には、いろいろ使い分けられているようで、すごく興味深いところです。
ちなみに私の文体は水に溶かしたような黒、もしくは薄い水色の感じです。軽くて透明感がある。だから重めのテーマでもお茶漬けにしてしまう。これは本当に良し悪しがあるところです。
なんのこっちゃですね。でも、物書き同士での酒飲み話で、これが意外と通じまして。色じゃなくて匂いや音楽に例える人もいたのですが、だいたい通じる。不思議なものでございます。
「文体の色」というのがわかると、さて自分は何色かな、というのが気になるところです。ぜひ、今までご自分で書いたものを読み返してみてください。たぶんバラツキがあると思うのです。このバラツキが改稿のポイントです。実際に書き直すと、いろいろと見えてくるものがあるはずです。読みやすくなったり、物語の緩急が良くなったり、何かしら出てくるはずです。
ここで拙作を出すのは卑怯なのですが、昔と今の例で出してみます。どっちも短めで男の娘が題材です。人称はどちらも同じ一人称。
古いほう:
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『女装めしっ!』
第1話 恵比寿のカジュアルフレンチ
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884724475/episodes/1177354054884724483
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新しいほう:
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『その人は僕に笑顔を作りにやって来たんだ』
https://kakuyomu.jp/works/16817139554583488655/episodes/16817139554583501441
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『女装めしっ!』のほうは文体をライトにしていますが、結構冒頭とか文章が長いですよね。体言止めとか文の重複とかがちょこちょこあるのは、まだ私の文章ぽさがありますけれど。
『その人は僕に笑顔を作りにやって来たんだ』のほうは、ごく短い文節の文章が多く、それをシーンごとに「まとめの言葉」で締めるようにしています。こっちのほうがいまの私の文体です。
読者ターゲットを変えていたり、好みの問題もあるので、全部比較するのはなんなんですが、もし『女装めしっ!』をいまの文体で変えるとしたら、こんなふうにします。
・冒頭の主人公の理由は何かのシーンに置き換える。電車に載ってて隣の親父が不快とか。地の文にあまりしないで誰かに言わせる。
・お店に行く前の主人公の心情を暗くする。それを冒頭でうじうじとした長い文で見せる。食べ終わったら明るい感じにする。
・おいしくて感極まるところは単語を並べて、だんだん盛り上げるようにする。
・全体的にわりと緩急ないので、もう少し心情に応じて、区切りを入れる。ほかのお店の話し声が聞こえる、お店の人に女装を気づかれる、とか。それに応じて主人公の心情をこまめに小さい文で入れてく
いろいろポイントはあれど、だいたいこんなぐらいはざっと出ます。ぜひご自身の過去に書いたものを「文体」という目で見てください。いまの執筆作業にも気が付くところが出てくるかと思います。
もしよかったら、私の文章だったり、自分が好きな作家さんと文体を比較してみてください。真似してみるというのもよいでしょう。「自分の文体」という何かがつかめるはずです。
この文体、ビジネス用語で言えばフレームワーク的なものになります。SWOTとかのアレです。これはいくつか利点があります。
まず書き手としては楽ができます。こういう盛り上げのシーンでこうするのは私らしい、みたいな。そうすると迷いなく早く書けるようになります。
読み手は「待ってました!」となれるところです。だいたいにおいて、物語は読み手を「学習」させます。文節短めでバトルを書く人だとしたら、次に同じように短くなっていく文節に、バトルを予感してわくわくできます。それをあえて裏切るのもありでしょう。別の作品になってもそれが続き、読み手側はそれを待ちわびるようになります。西尾維新先生は、ほんとそれで、独特なセリフの掛け合いがどの作品でも楽しみですよね。文体というのは、案外読み手に求められるところなのです。
ここまでは大丈夫でしょうか?
だいぶ離脱していそうですが、ごめんなさい。
もうちょっとお付き合いください。
「文体は物書きの名刺」というのを冒頭で語りました。だいたい物書きな飲み会とか集まりに行くと、「ああ、○○を書いた人ですね」とよく言われます。書いた人のことは知らなくても、書かれた作品は知られている、というような状態。ここでの「文体」は名刺では会社名や屋号にあたり、それを使ってネタを加工したのが作品であり、あなたの名前になります。
この「名刺代わりの作品」は物書きの「生存戦略」に繋がります。
私はこれを物書きな業界に入る最初に、ずっと考えていました。ぜったい名刺代わりの作品を作るぞ、と。私の場合、ちょっとずつその名刺は内容を変えていきました。ある分野のものだったり、連載名だったり。やがて、それは文芸じゃない方面の物書きで1冊出せて、向こう10年ぐらいは本当に役立ちました。書籍名言うとわかってくれるし、それで仕事がもらえました(笑)。
文芸の場合、だいたいにおいて「旬」があります。そのため、ネタのほうを探しがちです。でも、実際のところは、文体だったり、以前説明した文章構成や演出、校正校閲的なものでの文章の深みの出し方……のほうが、重要だったりします。ちょっといろいろとコンテストの書評を見ていたのですが、ネタを褒めている以外の「勢いがある」「しっとりしている」というような感覚は、こっちの文体とかのほうで出せるのです。
もし、これを読んでいる方が「2000万部売れるラノベを書くのだ!」という目標があるのなら、この「生存戦略」を考えてみてください。ペンギンの帽子はかぶらなくていいので。別にお金出せば2000万部ぐらい本は作れます。広告も自分で打てばそこそこ売れるでしょう。実際のところ売るだけなら編集部はいりません。それでも売るとしたら? そもそも「売れる」というのはどんなことなのか。ぜひ、深堀してみてください。もしそれが「コンテストに入賞すること」であれば、上位入賞者の「名刺」「文体」を読みながら探ってみてください。自分との違いがたくさん出てくることと思います。そのうえで「よい文章を書くことだ」ということになったら、これまでのこの連載記事がお役に立てられたらと思います。
冬寂さんは、生存戦略的にはこんなふうに考えています。本業抱えまくりで、仕様書や指示書とかで日産1万字以上は書いています。そんな環境なので、毎日小説の更新は難しいです。2話目以降読まれない現象もあったので、いまのところ「1話ぶん他より長め」「都度更新」するぐらいに留め、目指す方向は「PVの8割が★などの反応を返す」としました。PVが少なくても、誰かに刺さればそれでよし、という感じです。最近、それが叶いつつあって嬉しい限りです。
あと販路。Pixivの動向を見ていると機微がある百合系は繁体字で出したら売れるかなあ、とかうっすらと考えています。アジア圏のほうがイケそうだよね、みたいな。他国で流行らせて日本に持ってくるというのは、それなりに本業でやってたところなので、ちょっとそんな視点もあります。
いまのところ、こんなのが自分ができる範囲の生存戦略になっています。
もちろん面白くなければ読まれないのですが、いまの世の中「面白い」が「十人十色」です。ある程度、文章レベルが上がってきたら、何かしら戦略を立てて、それにつながるように何でもやってみましょう。
さて。
よく冒頭に「話し言葉」を持ってくる作品があります。「ボールが飛んでったぞ!」から始まる話とか。私は小学生時代にそれを駆使して、校内の賞をいただいたことがあり、同じものを見ると「うっ」と小学生時代の自分に突っ込み入れられた気になってしまうのです。確かに楽なんですよね。最初に読み手へインパクトを与えると、あとが書きやすくて。それがわかってるので、自分の中では使わない方法にしています。もう少し自分をいじめたい。こんなふうに「使わない文体」というのもあったりします。
冬寂は、いろいろな文体を探して調べて、いまのところ自分らしいものに落ち着きました。これがいいかどうかわからないのですが、今の私の書いたものを読んだ同僚はきっとこう思うことでしょう。「あのバカ、まだ同じ文体で書いてやがる」と。
「文体」という視点から、物書きの生存戦略までつなげてみました。
たぶん、そのあたりを意識すると、もっと作品がよくなると私は思うのです。いらぬおせっかいかもしれませんが……。そう思ったらごめんなさい。賞も取れない物書きのたわごとだと思って、お酒にでも流してください。もしかしたら2,3年後に程よく飲み頃になっているかもしれません。
何かの参考になれば幸いです。
それではよい作家ライフをー。
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マシュマロ受付先:
https://marshmallow-qa.com/toujakumasiro
きまぐれで書いていきますので、ネタの提供、よろしくお願いいたします。
わりとどうでもいい創作論 冬寂ましろ @toujakumasiro
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