第12話 普通の何の変哲もない団地
チリリンと鳴ってようやく窓に風鈴が下がっているのを知る。
ふかふかとする柄入りの絨毯、ビニールのクロスがかかったテーブル、葉っぱの大きい観葉植物、金魚の水槽からはぽこぽこ音がする。
仰向けで寝ている僕は、窓からの光に照らされてホコリがキラキラと舞っているのを見ている。僕の家とは違い、ここは普通の人が暮らしている普通の家庭なんだなとぼんやり思う。
抱かれたあとの快楽が少しずつ波を引くころ、さっきまで上に乗っかってた彼はどうしたかなと思い、目で探す。首を向けると、部屋の隅に座り込みガサゴソしていた。
「洗ったほうがいいよ。ばい菌だらけだし」
そう呼びかけると、ティッシュを3枚取りながら振り返らず彼は言った。
「ああ、でも。ここにいないとお前逃げちゃう気がして」
籠の中の鳥かな。たぶん、めずらしいだけの普通じゃない鳥。みんなは一瞬だけ見てくれるけど、ずっと一緒には、いてくれない。
寂しいな、普通じゃないのは。
僕は体を起こす。
「帰るね」
「ちょっ、どうしたんだよ」
ふとももに垂れてるものにかまわずショーツを履く。この日のために買ったのに汚しちゃったな。床に転がっているスカートやシャツを手でまとめてつかみ取ると、手早く着ていく。
「ほんとに行くのかよ」
戸惑っている彼氏の顔を手で寄せて、おでことおでこを合わす。
「どうか普通でいてね」
「えっ?」
「さよなら」
すがる彼をおいて、団地によくある鉄の扉を開ける。
あ……、眩しいな、外は。
どうか私の好きな人が普通の世界で普通に生きられますように。普通の女の人と結婚して、普通の家庭を持って、普通の幸せを得られますように。
普通じゃない籠のなかの鳥はそれだけを願う。
それから自分の意思で、外の世界へ飛び立つんだ。
男の娘事後百景 冬寂ましろ @toujakumasiro
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