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 「たっだいま~」

 「──ただいま」


 自宅に戻った母娘の声が唱和する。

 ちなみに、浮き浮きと楽しそうに弾んだ声のほうが縁で、溜息をつかんばかりに沈んだ声が由佳だ。


 これは、そのままふたりの性格からくるスタンスの違い──明るく能天気でお気楽な“娘”と、真面目に今後のことを考え、心配している“母”の差異をそのまま表しているのだろう。


 本来の立場を考えると、いい大人のはずの母の方が浮かれて、小学生の娘のほうがキチンと道理をわきまえているというのは少々アレだが、現在の立場であれば、それほどおかしなコトではあるまい。


 「じゃあ、あたし、お部屋の方を見てくるね!」


 “母”と手分けして持って来た買い物の袋(帰路でスーパーに寄ったのだ)を台所に置くと、縁──ゆかりは早速“色々変わっている”であろう部屋の方へと行こうとする。


 「その前に、キチンと手を洗ってうがいするんですよ」


 “母親らしく”釘を刺す由佳。

 その外見を除けば、そのやりとりはあまりに自然に“母娘”していて、事情を知る者が見れば思わず噴き出してしまうかもしれない。


 ──まぁ、このふたりに限れば、立場交換する前から、ある意味、娘の方がしっかりしていたという説もないではないが。


 ともあれ、由佳の言いつけ通りに手洗いとうがいを済ませ、ワクワクしながら“自分の部屋”に向かったゆかりは、しかしながらぐるりと部屋を見渡して失望したような声を漏らす。


 「あれ? 何も変わってない気がするんだけど」


 淡いラベンダー色のカーペット。白いデコラティブなベッド。その上にかかったローズピンクとレモンイエローのベッドカバー。ベッドと似たデザインのタンス。小学校入学時以来愛用している学習机。その隣りの姿見。

 それらは、「昼前に家を出た時と、まったく同じ」ように見えたのだ。

 それならば、とタンスを開けてみたのだが……。


 「コレも──コレも、コレも、みんな前から持ってるお洋服だよね」


 タンスの中には、「いかにもゆかり好みの活発でスポーティな普段着と、小学生らしいオシャレを意識したフリフリ&ヒラヒラな女の子らしいよそ行きの服」が、半々くらいの割合でしまわれていた。


 「うーん、本棚の中身も特に変わってないなぁ」


 女子小学生向けのマンガ誌や雑誌、あとは少女マンガが本棚全体の8割を占める構成も「昨日までと一緒」だった。


 (神様の話だと立場を交換したらいろいろ変わってるみたいだったのに──期待して損しちゃった)


 「ちぇ~」とかわいらしく頬を膨らませながら、「一昨日買って来た少女マンガ誌の最新号」を手に取り、ベッドに寝転がるゆかり。


 だが、視点を変えて、神の目で見れば、今の状況の異様さが理解できる。


 彼女は気づいていないのだろうか──この部屋の中身が、由佳が主だった時と大幅に変わっていることに。


 子供扱いを嫌う由佳の場合、カーペットも壁紙もベッドカバーも、もっとシックな色合いだったし、本棚の中身は児童文学全集や百科事典、あるいは参考書の類いが半分以上を占めていたはずだ。

 最大の差異はワードローブ類で、由佳の好みに合わせたそれは、フェミニンでおとなしめ(地味とも言う)なデザインや色の服が殆どだったはずなのだ。


 そもそも、“自分の部屋”として、なんのためらいもなく元由佳のものだった部屋へと直行した時点で、彼女は随分と“出雲家のひとり娘”という立場に適応して(あるいは浸食されて)いるのかもしれない。


 しかしながら、そんな事実に露程も気付くこともなく、ゆかりは“母”に「晩ご飯ですよ」と呼ばれるまで、お気楽にマンガ誌に読みふけるのだった。

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