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「っつぅ~、なぁに、今の光は?」
まだチカチカする目をごしごしこすりつつ、意識を取り戻した縁はひんやりした床の上に横たわっていた姿勢から身を起こす。
「あ! よかった、気が付いたんですね!!」
聞き慣れた声の方を見上げると、そこには娘の由佳が心持ち心配そうな顔で立っていた──いたのだが……なぜか服装が変わっている。
ベージュ色で七分袖のサマーセーターにアシンメトリな黒いニットのミモレ丈スカート。足元はベロアのロングブーツで、首には素朴な木製のネックレスをかけている。
また髪型も、先ほどまでは背中の半ばまで無造作に伸ばして前髪をカチューシャで押さえただけだったのに、パーマでもかけたのかわずかにウェーブがかかり、それを緩く三つ編みに編んで先端近くをシュシュで結わえていた。
よく見れば、髪自体、腰までの長さになり、わずかに灰色と茶色の中間のような色──いわゆるヘーゼルに染めてもいるようだ。
12歳の少女としては少々背伸びしている感もなきにしもあらずだが、もともと落ち着いた性格で年かさにみられることの多い由佳には、こういう大人びた恰好はピッタリはまっていた。
「へぇ~、うん、いいじゃない。よく似合ってるわよ、ユカ」
「何のんきなこと言ってるんですか。それを言うなら、お母さんも自分の格好をよく見てください」
「へ?」
言われて視線を自らの身体へと落とした縁は、「ふぇっ!?」と三十路過ぎの女性にしてはえらくかわいらしい悲鳴をあげるが、それも無理はないだろう。
白に近い薄いピンクのフレンチスリーブのTシャツは、初夏だからまぁいいとしても、その上にフリルとレース満載の黒のコルセット風キャミソールを着て、ボトムに履いているのは真っ赤な三分丈のショートパンツ。
さらには生足&厚底サンダルという組み合わせで肌の露出がハンパないうえ、髪をツーサイドアップにリボンでまとめている。どこぞのJSモデルもかくやという服装なのだ。
いかにガーリィファッションが流行りとは言え、先ほどまで以上に若作りが過ぎる。さすがにその自覚はあるのか、縁は恥ずかしさで真っ赤になっていた──とは言え、あながち似合ってないとも言えないのだが。
「ど、どうしてこんな格好に……って、ユカもその服はどうしたの?」
「さぁ? 私も今、目が覚めたばかりなので。というか、ここどこなんでしょう?」
自分達の現状に気を取られていたが、よくよく考えればこの板張りの剣道場のような場所そのものも謎だ。
自分たちはさっきまで、神社というか祠というか小さなお社の前にいたはずなのだが……。
『案ずるな。ここは、その社──すなわち我が
由佳たちが疑問を抱いた瞬間、どこかで聞いたような“声”が頭の中に響いてきた。
「えっ、誰!?」「どなたですか?」
母娘はほとんど同時に誰何の声をあげる。
『ここが住居というあたりで察してもらえると有り難いのだがな。
とは言え、無闇に焦らす意味もない。
我は──お主らの言うところの“神”だ。
もっとも、耶蘇教が崇める唯一神ほどの絶対的な
「神様──って、もしかして、ここはあのお社の中?」
「そんな! あれってせいぜい2メートル四方くらいの広さしかなかったはずでしょう。天井だってこんなに高いはずは……」
信じられないといった風情の由佳の言葉を“神”が遮る。
『その理由は“神だから”で納得しておくのが面倒がなくてよいぞ。
ともあれ、それとは別にお主らにはひとつ説明しておかねばならないことがある』
自称“神”の説明によれば、先ほどの礼拝時にふたりが思い描いた何気ない
「それって、具体的にはどういうことなんですか?」
『簡単に言えば、お主──出雲由佳が、出雲家の主婦にして縁の母、逆に出雲縁が小学六年生の出雲家の娘、と言う立場になっているのだ。
これは他の人間からそう認識されるというだけでなく、役所の戸籍などの社会機構面、さらに写真などの記録に至るまで遡ってそう変化しているということを意味する。
お主らのその服装も、「出雲由佳が33歳の女性なら」「出雲縁が12歳の少女なら」着ているはずのものに置き換わっているが故。当然、自宅の箪笥の中身なども変わっておるはずだ』
そう聞かされて、事態の深刻さを改めて理解するふたり。
慌てて願い事の取り消しを申し出るのだが……。
『済まぬが、今すぐというわけにはいかぬのだ。神の世界もいろいろと面倒でな。
これを覆すには、少なくとも“その状態”で一定期間過ごしてもらい、我が“願い事を叶えた”という
そのうえで、お主ら片方の願いで今のこの状態にしたと解釈し、しかるべき期間経過後、残るひとりが“元の立場に戻してほしい”と願ったので、その願いを叶えた──という形にするしかない』
本来、甲の願い事を否定するような乙の願いは無効なのだが、今回は特別だ──と“神”は締めくくる。
「なんて言うか、神様の世界もずいぶんお役所的なのね~。それで、あたしたちはどれくらいこのままでいればいいんです?」
呆れたような感心したような縁の言葉に対して“神”は答える。
『ひと月だ。ただし、注意すべき点としては、そのあいだお主ら以外の人間に、今の事態──母娘の立場が入れ替わっているという事実を知られてはならぬ』
「1ヵ月も!? そんな長いあいだ、私、お母さんのフリなんてできませんよ!」
『案ずるな。お主らの現在の立場に必要とされる知識や技量は、その場に臨めば自然に備わる──ゆえに、くれぐれも他の者に気取られぬよう、それだけを注意するがよい』
由佳の懸念にそう答えると、“神”は社の扉を開いた。
『さぁ、行くがよい。そしてひと月後、お主らのどちらかがここに来るのだ』
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