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 『──万が一他の者にお主らの立場交換のことを知られると、元に戻れるまでの時間がさらに長くなるので、極力気を付けるようにな』


 そんな“神”の忠告を背に縁と由佳は扉から足を踏み出し……。

 気が付くと、ふたりは、あのお社の前の小さな石畳の広場──というほどは広くない2メートル四方ほどのスペースに立っていた。


 「もしかして夢……ではないようですね」


 自分、そして縁の服装を見て由佳は憂鬱げに溜息をつく。


 「うん、そうみたいね。でも、まぁ、こうなったからには仕方ないわよ」


 対する縁の方は、あまり困ったような様子はない。


 「──もしかして、お母さん、この事態を楽しんでません?」

 「あ、わかる? でも、たかだか1ヵ月のことなんだし、この際、珍しい体験ができると思って開き直っちゃったほうが、精神的にもいいと思うけど?」


 ジト目でニラむ由佳の視線も意に介さず、縁はあっけらかんとそう答える。


 「はぁ~、まったく、その能天気なポジティブさは、いっそ羨ましいですね。まぁ、確かに一理はありますけど」


 再びひとつ溜息をつくと、由佳も意識を切り替えたようだ。


 「じゃあ、とりあえず今日のところはこのまま家に帰って、何がどう変わってるのか確認してみましょうか、お母さん」

 「チッチッチッ……さっき、神様に言われたこと覚えてるでしょ。これからしばらくは、あたしが“出雲家の小学生のひとり娘”で、貴女が“出雲家の専業主婦”なんだから。間違えちゃだめだよ──“ママ”」


 縁のその言葉を耳にした時、「ママ」と呼びかけた方も呼びかけられた方も、不思議な感慨を覚えた。

 まるで最後のピースがピタリとはまってジグソーパズルが完成したような、あるいは合唱で各人が各々のパートをキチンと歌い上げることでひとつの綺麗なハーモニーが生まれたかのような、妙に「しっくりくる」あの感触。


 「……そう、ですね。これからは気を付けましょう。さ、帰りましょう、“ゆかりちゃん”」


 だからこそ、生真面目な由佳の方も、さほどためらいなく、むしろ自然に“娘”に対してそう呼びかけることができたのだ。


 “祠”のある場所から出て、自宅への道を仲良く手をつないで歩く母と娘。

 一見、先ほどまでと同じようで──しかしふたりの立場が入れ替わっていることに気付く者は、本人達以外に誰もいなかった。

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