-03-
『──万が一他の者にお主らの立場交換のことを知られると、元に戻れるまでの時間がさらに長くなるので、極力気を付けるようにな』
そんな“神”の忠告を背に縁と由佳は扉から足を踏み出し……。
気が付くと、ふたりは、あのお社の前の小さな石畳の広場──というほどは広くない2メートル四方ほどのスペースに立っていた。
「もしかして夢……ではないようですね」
自分、そして縁の服装を見て由佳は憂鬱げに溜息をつく。
「うん、そうみたいね。でも、まぁ、こうなったからには仕方ないわよ」
対する縁の方は、あまり困ったような様子はない。
「──もしかして、お母さん、この事態を楽しんでません?」
「あ、わかる? でも、たかだか1ヵ月のことなんだし、この際、珍しい体験ができると思って開き直っちゃったほうが、精神的にもいいと思うけど?」
ジト目でニラむ由佳の視線も意に介さず、縁はあっけらかんとそう答える。
「はぁ~、まったく、その能天気なポジティブさは、いっそ羨ましいですね。まぁ、確かに一理はありますけど」
再びひとつ溜息をつくと、由佳も意識を切り替えたようだ。
「じゃあ、とりあえず今日のところはこのまま家に帰って、何がどう変わってるのか確認してみましょうか、お母さん」
「チッチッチッ……さっき、神様に言われたこと覚えてるでしょ。これからしばらくは、あたしが“出雲家の小学生のひとり娘”で、貴女が“出雲家の専業主婦”なんだから。間違えちゃだめだよ──“ママ”」
縁のその言葉を耳にした時、「ママ」と呼びかけた方も呼びかけられた方も、不思議な感慨を覚えた。
まるで最後のピースがピタリとはまってジグソーパズルが完成したような、あるいは合唱で各人が各々のパートをキチンと歌い上げることでひとつの綺麗なハーモニーが生まれたかのような、妙に「しっくりくる」あの感触。
「……そう、ですね。これからは気を付けましょう。さ、帰りましょう、“ゆかりちゃん”」
だからこそ、生真面目な由佳の方も、さほどためらいなく、むしろ自然に“娘”に対してそう呼びかけることができたのだ。
“祠”のある場所から出て、自宅への道を仲良く手をつないで歩く母と娘。
一見、先ほどまでと同じようで──しかしふたりの立場が入れ替わっていることに気付く者は、本人達以外に誰もいなかった。
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