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出雲母娘の立場が入れ替わってしまった経緯は、常識的に考えるとおよそあり得ないと思えるほど馬鹿げたものだった。
空梅雨と言われつつもそれなりに雨の降る日も多い6月半ばの、とある日曜日の午後。幸いにしてこの日は晴れていたので、縁と由佳は連れだって近所の繁華街までランチを食べに出ていた。
休日だから家で食べてもよかったのだが、やや本の虫のきらいのあるインドア派の娘を、縁が少しでも外に目を向けさせようと引っ張り出したのだ。
「いやぁ、楽しかったわねぇ。満足まんぞく♪」
鼻歌でも歌わんばかりにご機嫌な縁は、某輸入洋品店で購入した「I love NY」のロゴ入りTシャツを着て、その上にショッキングピンクのキャミソールを重ねて着ている。ボトムはデニムのミニスカートだ。
今年33歳になる既婚女性としては少々若づくり過ぎる感のある服装だが、美人でプロポーション抜群、かつお肌も三十路を越えたとは信じられないほど綺麗な縁は、優に5、6歳は若く見られるので、非常によく似合っている。
現に道行く男達の2、3人にひとりが見惚れるなり鼻の下を伸ばすなりしているくらいだ。
「お母さんったら……いい大人なんだから、ちょっとは自重してください」
一方、由佳も縁の娘だけあってなかなかの美少女ではあるが、縁が“明るく活発で華がある”という印象なのに対して、“物静かでやや地味”な感はぬぐえない。
白いパフスリーブのブラウスを首元までボタンをきちんと留め、膝下5センチくらいのフレアスカートと三つ折りソックス&黒のストラップシューズという服装にも、その真面目な性格が表れていた。
由佳が呆れ気味なのは、食後の腹ごなしにふたりでウィンドショッピングしていた際、縁がゲーセンの新作ダンス系音楽ゲームに興味を示し、初挑戦で最後まで踊りきってしまったからだ。
外見年齢20代半ば過ぎの美人が、88(D)の大きな胸を揺らしつつ懸命に踊る姿に、ギャラリーが多数集まった。
さすがにパーフェクトにはほど遠く、スコアもたいしたことはなかったが、縁がクリアーした時には、大きな拍手が巻き起こったくらいだ。
由佳としては「いい歳して、子供みたいにはしゃがないでくださいよ」と言いたいのだろう。
「もぅ、ユカってば真面目過ぎるわよ。あたしが子供のころはもっとハジケてヤンチャしてたと思うんだけどなぁ」
「優秀な反面教師が身近にいますので」
澄まして反論する由佳だが、別段彼女だって縁のことが嫌いなワケではない。むしろ、いつも明るく天真爛漫で誰からも好かれる性格ながらも、大人として、母親としての責任をきっちり果たす縁に憧れている面もあるのだから。
(でも、私はお母さんみたいにはなれませんよね……)
ただし、もって生まれた資質や性格の違いというものは、たとえ実の母と娘であっても存在する。
そのことは由佳も理解しており、「母が太陽なら、私は月のようにひっそりと優しく照らす人になろう」などと考えていたりするのだ──本当にこの子、12歳の小学生なのだろうか?
「へぇ、こんなトコロに神社なんてあったんだ」
考え事をしながら歩いていた由佳は、そんな
「──ここ、どこですか、お母さん?」
「え? あぁ、ほら、魚善さんからの緩い坂を下る途中の雑木林があるじゃない。その途中に細い脇道があるのに気付いたんで、ちょっと入ってみたら、ここに着いたのよ」
「いや、脇道があったから入ってみたって、アンタ猫か!?」とツッコミたいのは山々だったが、自分も考えごとに気を取られていたとは言え、無意識にそれについて足を進めたので、由佳は口には出さなかった。
「随分と小さくて古びた神社ですね」
お
「こういうのは
確かに、小さいながらも鳥居や手水舎も備わっており、お社自体にもちゃんと鈴&鈴緒と賽銭箱が設置されている。
宮司や巫女さんなどの人影は見受けられなかったものの、野ざらしというわけでなくそれなりに清潔さが保たれているので、誰か管理・清掃している人間はいるのだろう。
「せっかくだからお参りしていこっか」
人並み程度の神様への敬意は持っているので、縁の提案に由佳も異論はなかった。
適当に鈴緒を引っぱって鈴を鳴らそうとする母を制して、由佳はまず手水で手を洗ってから、祠の前に立ち、賽銭箱に財布から取り出した5円玉を落とす。
軽く鈴を鳴らし、作法に則って2度頭を下げ、柏手も2回打ってから、手を合わせて黙祷する少女──本当に小六なのだろうか?
(お母さんみたいに破天荒な……とは言いません。私なりに早く素敵な大人になれますように)
願い事といってもそれほど差し迫ったものはなかったため、とりあえず漠然とした目標を心の中でつぶやく由佳。
一方、母である縁の方は、自分の娘の博識ぶりに感心しつつも、同じように二礼二拍して頭を垂れる。
(はぁ……優等生なのはいいんだけど、我が娘ながらちょっとカタブツ過ぎないかしら。あたしがこの子の立場なら、もっとこう、思い切り毎日をエンジョイ&エキサイティングするのになぁ)
なんと言うか、来年中学に進学する娘を持つとも思えぬフリーダムな母親である。
しばしの後、ふたり同時に頭を上げ、作法通りもう一度礼をして、祠の前から立ち去ろうとした由佳と縁だったが……唐突に頭の中に響いてきた声に、ギョッとして思わず互いの顔を見合わせてしまう。
『──その願い、叶えて進ぜよう』
男ではなく、かといって女とも言い難い、強いて言うなら中性的な子供のような“声”がそう告げると同時に、ふたりはまばゆい光に包まれ、そのまま意識を失うのだった。
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