-10-  ※性的な描写あり

 さて、その藍一郎が帰宅する予定の月曜日の正午過ぎ。


 「フンフンフ、フーン、フーンフフーン♪」


 出雲家の台所には、鼻歌混じりに上機嫌で昼食の洗い物をする由佳の姿があった。

 白いジョーゼット地のフレンチスリーブブラウスにブローチに似たループタイを締め、ボトムはサイドスリットの入ったライトグレイのミディスカートと、ちょっぴりいつもの普段着よりオシャレだ。

 おそらく、半月ぶりに夫(本来は父)に会えることに浮かれているのだろうが……。


──ピンポーン!


 ちょうど洗い終わったところで、玄関のチャイムが鳴った。


 「はーい、どなたですか?」


 水道を止め、インターホンを覗き込んだ由佳の目に映ったのは、トランクを脇に置いた“夫”──出雲藍一郎の姿だった。


 『やぁ! 会社に寄らず、直接帰って来たよ』

 「藍一郎さん!? 今、開けます!」


 慌てて玄関へ移動──する前に、エプロンを外し、洗面所の鏡で服と化粧に乱れがないか確認するのは、久々に逢う“愛しい夫”に情けない姿は見せたくないという女心だろうか。

 ほんの僅かな寄り道の後、玄関の鍵を外すと、ドアを開けてこの家の主が入って来た。


 「ふぅ……ただいま、由佳♪」

 「お帰りなさい、藍一郎さん♪」


 ニッコリ微笑み合う、結婚13年目にして未だ鴛鴦夫婦を地でいくと近所でも評判の出雲夫妻。語尾に音符やハートマークが付きまくりだ。


 ──元の縁&藍一郎夫妻の仲も決して悪くはなかったのだが、現在、例の立場交換で由佳が母、ゆかりが娘となっている。

 その結果、ややファザコンのがあった由佳とひとり娘を溺愛していた藍一郎の組み合わせにより、それをはるかに上回るラブラブっぷりを振りまくバカップルが爆誕しているのだった!


 「会社は大丈夫なんですか?」

 「ああ、部長には連絡を入れてある。「明日からまたこき使ってやるから、今日はそのまま家でゆっくりしろ」だそうだよ」


 そんな会話を交わしつつ、由佳が藍一郎の脱いだ背広を受け取り、ハンガーにかけ、さらに家用の普段着をタンスから出して渡す。

 藍一郎が着替えている間にコーヒーを淹れ、ダイニングに向かい合って座り、出張中の彼の苦労話を聞いたり、逆に日本に残った母娘ふたりの近況を話したりする。


 穏やかな午後のひととき……だが、この夫婦はふたりともまだ若い(まぁ、由佳の場合は、本来は幼いと言うべきか)。

 ひと心地つき、家にふたりきり、今すぐやらないといけないこともない、しかも半月ご無沙汰(藍一郎も出先で風俗などに行ってない)──となれば……まぁ、そういう雰囲気にもなってくるワケで。


 「……」

 「……」


 無言で見つめ合うふたり。

 視線で問いを投げかけつつ、夫が妻の手をそっと握り、それを恥ずかしそうに妻がキュッと握り返すのが、この夫婦の“合図”だ。


 藍一郎は立ち上がると、テーブルを回って、由佳の腰掛ける椅子へと近づいた。

 そのまま彼女の小柄な体を抱え上げ、いわゆる“お姫様だっこ”の体勢のまま1階奥の夫婦の寝室へと運び、綺麗に整えられたベッドの上へと下ろす。

 恥じるような期待するような表情で由佳がそっと目を閉じ、顔を上に傾けてきたので、その期待に応えて唇を奪う。


 最初は軽いバードキス──だが、すぐにそれは互いを深く求めるような情熱的な口づけへと変わる。由佳の唇に覆いかぶせるように強く唇を重ね合わせた。


 「ん……んむっ……」  


 由佳が甘く熱い吐息を漏らしたことを確認すると、藍一郎は彼女の唇をこじ開け、その口腔内へと舌を挿し込んでいく。

 舌を伸ばして由佳の舌に触れると、彼女の側も、おずおずとではあるが懸命に応じてきた。

 舌を絡めつつ唾液を注ぎ込むと、由佳の側もこくりとそれを呑み込む。

 それだけのことで、まるで媚薬でも飲まされたかのように艶かしく紅潮した顔で、由佳が切なげに藍一郎を見上げてきた。


 「藍一郎さん……」

 「ふふっ、わかってるよ」


 藍一郎はいったん唇を離し、しどけなく力の抜けた由佳つまの身体をそっと抱きよせると、慣れた手つきでたちまちブラウスとスカートを脱がしてしまう。


 白ブラウスにグレイのミディスカートという清楚な服装とは裏腹に、その下にはワインレッドのブラジャーとショーツ、それに黒のガーターストッキングというアダルトな装いが隠されていた。


 「ふふっ、こんないやらしい下着をつけて……僕の可愛い奥さんは、いったい何を期待していたのかな?

 「ああっ、ごめんなさい、藍一郎さん……でも、久しぶりにあなたに逢えると思ったら、私、我慢できなくて……」


 まるで妖精のように華奢な肢体のいたいけな美少女に見える“妻”に、そんなコトを言われて、燃え上がらないおとこがいるだろうか?


 当然の如く藍一郎も鼻息荒くなり、自らの興奮を少しでも鎮めるべく、由佳の身体を、ギュギュッときつく抱きしめる。


 腰まで流れるしなやかなその髪に顔を寄せると、爽やかな柑橘系のフレグランスの香りに混じって、“発情したおんな”特有のフェロモン混じりの汗の匂いが漂っていた。


 「あン……藍一郎さん……うれしい♪」

 どうやら相手もソレを望んでいるようなので、今日は少しばかり激しくしても大丈夫そうだ。

 そう判断した藍一郎は、由佳の上に覆いかぶさるような姿勢になり、本格的に愛撫を始めた。


……

…………

………………


 それから数十分後、ようやく藍一郎の劣情が収まり、由佳も快楽の波で打ち上げられた白い空間から意識を復帰させる。

 両者共、あまりに深い快楽の余韻に、ぐったりと力が抜けながら、それでもふたりは抱き合ったまま、何度目かの熱い口づけを交わすのだった。

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