-07-
──そして数日が過ぎ、物語は冒頭の部分に戻るわけだ。
もはや出雲母娘ふたりに、立場を交換しているという意識はほぼ皆無だった。
決して、日曜日の神社での出来事を忘却してしまったわけではないのだが──皆さんは、休日の外出時に起きた“ちょっとしたハプニング”のことを、一週間近く経っても、繰り返し回想するだろうか?
無論、よほど
つまり、今のふたりにとって、“小六の女の子”と“その母であり一家の主婦”として過ごすことが
ハタキをかけ、掃除機を使い、必要な場所は雑巾あるいは化学雑巾で拭きとって、みるみるうちに家中を綺麗にしていく。
背の関係で手の届かないところでは脚立を使っているのはご愛敬だが、その行動すら手慣れており、もはや熟練主婦の領域だ。正直、本物の主婦である縁よりも明らかに手際がいい。
これは、割と気分屋なところのある縁があまり家事に重きを置いていないのに対して、由佳の方は比較的真面目かつ凝り性なところがあるからかもしれない。
同じ“主婦”という立場になってはいても、その辺りの個人差はやはりあるものらしい。
掃除が終わると同時にあらかじめ回しておいた洗濯機から、脱水までが終わった衣類を取り出し、庭の物干しに次々干していく。
「こんにちは、いい天気ですね」
その合間に、顔見知りの近所の人が通りがかれば、キチンと挨拶しておくのも、留守を預かる主婦の務めだ。
「あら、出雲さんのところの奥さんもお洗濯?」
つい数日前までは由佳を“出雲家の娘さん”と認識していたはずの近所の人も、今はなんの疑問もなく“主婦をしている成人女性”とみなして接してくる。
「ええ、今日は珍しく降水確率は10%以下みたいなので、たまには外干ししようかと思いまして」
「そうよねぇ。最近は乾燥機があるから乾かすだけなら問題ないけど、お日様に当てないとどうも味気ない気がしてねぇ」
「あぁ、わかります、その感覚」
ふた世代(実際には12歳なのでさらにもうふた世代近く隔たりがある)ほど離れた年配の婦人とも、ごく普通に世間話を交わしている。
小六の少女だった頃(いや、今でも身体的にはそうなのだが)は、かなり人見知り気味だったはずの由佳も、「主婦歴13年のそこそこベテラン」という立場のおかげか、こういうコミュニケーションは円滑に行えるようだ。
近所の老婦人との雑談と洗濯物干しが終わると、今度は昼食の支度だ。
縁が料理をしていた時は、朝はトースト&サラダ+α、昼はひとりなので袋ラーメンや惣菜パンで簡単に済ませ、夜だけはご飯とキチンとしたおかずというのが習慣だったが……。
どうやら、主婦になった由佳の場合は、朝昼夜とも手を抜かずキッチリ作る派らしい。
今日の昼も、アルデンテに茹でたパスタに、ジャコと紫蘇と梅干の微塵切りをからめて和風スパにし、ワカメと水菜のスープまで作っている。もっとも、スープの方は、夕食にも流用するつもりのようだが。
食休みに紅茶をお供にダイニングで本(裁縫の実用書)をしばらく読み、一段落したところで今度はリビングで編み物を始める。
と言っても、そろそろ初夏に近いのでセーターだのマフラーだのというワケではなく、毛糸のドアノブカバーやレース編みのテーブルクロスなどの小物作りに挑戦しているのだ。
編み物に集中してしばしの時が流れ、気が付くとそろそろ午後4時を回る頃合いになっていたため、急いで洗濯物を取り込む。
リビングで取り込んだ洗濯物を畳んでいると、「ただいまーっ!」という元気のいい挨拶とともに、ゆかりが学校から帰って来た。
「お帰りなさい、ゆかりちゃん。学校の方は問題ありませんか?」
「うんっ、ぜーんぜん問題ないよ。あ、ママ、おやつは?」
活動的な小学生としての暮らしに体がカロリーを要求するのか、どうもゆかりは以前より食欲旺盛になっているようだ。
「はいはい、ちゃんと用意してありますよ。でも、その前にうがいと手洗い、それからお洋服を着替えてらっしゃいな」
未だ成熟とはほど遠い幼い顔に、しかしとびきり母性的な慈愛の笑みを浮かべつつ、由佳は
「はーい!」
対照的にゆかりの方は、大人びた(あたりまえだが)容貌でありながら、無邪気にそう返事すると、洗面所、そして
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