第3話 香水とババア

 突然始まった謎の発言と行動に、俺はまたもや理解が追い付かなかった。


「いや、え、何言ってるんですか?」


「だから、よってらっしゃいみてらっしゃい! これらは摩訶不思議な効果を持った香水じゃよ! お兄さん興味はないかい?」


「は、はぁ。この店に営業に来たってことですか?」


「そういうことじゃ!」


「全く興味ないので、帰ってもらっていいですか?」


「いやいや興味を持つよお兄さんなら! 客が全然来なくて困ってるお兄さんなら!」


 この婆さん殴ろうかな。


「客ならいっぱいいますから、余計なお世話です。ほらこれ全部片づけて帰って――」


 カウンターに置かれた香水を片付けようとすると。


「ああ、例えばそれ! その香水はつけるとイケメンになれるよ!」


 また営業が始まった。

 本当に鬱陶うっとうしい、なんだよイケメンになれる香水って。

 香水をつけるだけでイケメンになれるなら苦労しないっつーの!

 こちとら生まれてから十八年間、彼女いたことないんだわ!


「もういいですから、帰ってください! 絶対買わないんで!!!」


 声を荒げて言ってしまった。

 別に彼女ができないことを思い出してむしゃくしゃしたとか、そんなんじゃないからな。


「まぁまぁ、落ち着いて――ほら! そのいま手に取った香水! それはつけるだけで女の子にモテモテになる香水じゃよ!」


「だからぁ、買わないって言ってる――」


 おや?

 おやおや?

 今なんて言ったんだこの婆さん。女の子にモテるとかなんとか……。


「どうしたんだい? その香水気になったんかい? もう一度言うとね、その香水はつけるだけであら不思議! 女の子にモッテモテになれる香水じゃよ!」


 おいおいなんだその最強の香水は!

 つけるだけで女の子にモテる……女の子に……モテる……。

 

 いや、俺は騙されんぞ。

 そんなうまい話があるわけがない。


「どうせ嘘ですよね? そんな都合がいい香水あるわけない」


 俺は半分疑いつつも、もう半分は本当であってくれという気持ちがあった。


「そうかい、そうかい。それじゃ物は試し、つけるぞい」


 そう言って婆さんは俺に向けて香水を一回ふりかけた。


「な、なにか変わりました?」


 俺がそう聞くと婆さんは。


「あらやだ! 超イケメンじゃないの! あたいと結婚してぇ!」


「え?」


「お兄さんなにその顔! えーっと、なんかめちゃくちゃカッコいい! 身長は小さめだけど程よい筋肉あるしギャップ萌え?」


 え、なにこの地獄。

 いい歳した婆さんにめちゃくちゃ褒められてるんですけど。

 ちょっと怖さすら感じてるんですけど。


「も、もういいですよっ――」


「なにそのくるっとした目! 可愛い! かっこ可愛いわねあんた!」


 やだやだ、いい歳した婆さんにめちゃくちゃ擦り寄られてるんですけど。

 なんか独特の匂いしてるんですけど!

 はやく下手くそな猿芝居はやめてくれ!


「とりあえずはまぁ、こんな感じじゃよ」


「はぁ……はぁ……」


 やっと終わった。

 独特の匂いがしてから、ずっと息を止めてたから死ぬかと思った。


「効果は分かりました、だからもう帰ってください……」


「あら、この香水は興味ないのね」


 いや、あんなさんくさい香水誰が買うかよ。

 イケメンとモテモテになる香水って効果被ってんだよ。

 嘘がバレバレだ。


「じゃあ冗談はこの辺にしといて、この香水はどうだい?」


「いやいいです」


「この香水はね……」


 いやいいですって言ってんのに、都合がいい時だけ耳が遠くなるなこの婆さん。


「この香水は、なんと、つけるだけで魔物が絶対に近づいて来なくなるんじゃよ」


「ふぅーん」


「信用してないねお兄さん」


「そりゃあだって、さっきの件がありますから」


 どうせまたモノは試しとか言って香水をふりかけてくるんだろう。


「仕方ないね、モノは試し――」


 ほらな?

 いった通り香水を……。


 しかし婆さんは香水をふりかけようとはせず、婆さん自身が着ていた服の中から何かを取り出そうとしていた。


「な、なにを?」


「ちょっと待ってな、えーっと、確かここら辺に……いた!」


 そう言って取り出したのは――、


「え! おい! ちょっスライム!!!」


 スライム、魔物だった。


「なんで魔物なんか持ってんだよ!」


「モノは試しって言っただろうに」


「それで魔物を店内で出すアホがいるか!!!!!」


「ここにおるじゃろ」


「やかましいわ!」


 ってツッコミ入れてる場合じゃねぇ!

 攻撃されないように距離を取らねぇと。


「おい婆さん! これ早くなんとかしてくれよ! 俺魔法が使えないなんだよ!」


 そんな事を言っていると、スライムは可愛い顔をしながらこちらに飛び掛かってきた。


「あっぶねぇ!」


 間一髪回避。

 死ぬところだった。

 

 スライムは可愛い顔をしているが油断できないからな。

 物理攻撃は一切効かないから魔法でしか対処できないし、包み込んだ相手を溶かすなんて事を聞いたことがある。

 魔物狩りを生業にしている冒険者の人たちは『スライムなんて雑魚』ってよく言っているが、魔法が使えない俺からしたら最強の魔物だ!


「ひっ! はやくどうにかしろこれ!」


「あひゃひゃひゃ! すまんすまん、ほれこの香水を自分でつけてみぃ」


 そう言って婆さんは俺に香水を渡してきた。

 俺はすかさずその香水をつけた。


 すると今までずっと俺を追いかけてきたスライムの動きが止まる。


「お?」


 そしてすごい勢いでスライムは俺から距離を取った。


「おおおおおお!!!!!」


 マジかよこれ!

 スライムがマジで俺から離れやがった!


「すごいじゃろ、この香水」


「マジですげぇ!」


 まさか胡散臭い商品の中にこんな良品が紛れていたなんて。


「値段は少し高いがな、この香水を使えば魔物が沢山いるところでも安全に宝探しとかできるぞい」


「宝探し……」


 この香水を買えば一攫千金いっかくせんきんが狙えるってことだよな。

 沢山お金が手に入ればこの店も続けることができるし最高じゃねぇか!

 これは買うしかない!


 って待てよ。

 よくよく考えたら、婆さんがこの香水を俺に渡す利点がない。

 婆さん自身で香水を使って宝探しでもなんでもすればいいのに、俺の店に来て営業をする意味が分からない。

 詐欺なんじゃないか?


 そう疑った俺は質問をした。


「婆さんはなんで自分でこの香水を使って金稼ぎしないわけ?」


「あたいを見てみぃ。こんな腰が曲がってるのに宝探しなんて、とてもじゃないができないよ」


 それもそうか、長距離移動もきつそうだしな。


「それにな、あたいは金稼ぎにきたんじゃないよ」


「というと?」


「この店……結構厳しい状況じゃろ?」


「まぁ」


「店が厳しい状況なのに頑張って営むその姿が、あたいの死んだ孫とそっくりでな。助けたいと思ったんじゃよ」


「あぁ……なるほど……」


 婆さんの悲しい表情、嘘じゃなさそう。

 詐欺は疑いすぎだったかな。


 よし、買おう。

 

「婆さん、買うよ。この香水いくら?」


「ありがとねぇ、五万ラックじゃ」 


 高っ!

 一ヶ月の生活費に匹敵する値段だぞ。

 クソォ、仕方ない。


「はい、五万ラック」


「ちょうど五万ラックね。それじゃ頑張ってなぁ」


 そう言って婆さんはスライムを拾って店から出て行った。


 それから程なくして、俺は購入した香水を手に取り眺めながら呟いた。


「ふふ、これで宝を見つければ俺も勝ち組に……」

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