第7話 初めての魔法

 三日後。


「おい、なんだよそれ。ふざけているのか?」


「いえ全くふざけてないわ」


 俺と少女は街から少し離れた野原に来ていた。

 理由はもちろん、俺が魔法を教えてもらうためだ。


 しかしこの少女は、なんていうか……。


「もう一回言ってくれ。魔法ってどうやって使うんだっけ?」


「だから、グゥーっとしてズーっとした後にシュワ―って感覚が来たらグッと手に集中して使いたい魔法の名前を叫べばいいのよ」


 下手だ。

 この少女は、人に何かを教える事が極端に下手な人だ。


「すまんが何を言っているのか全く分からん」


「そうよね、私も自分で言ってて同じ事思ったわ」


 なんだよそれ。


「やっぱりふざけてるって事か」


「いえそういう事じゃなくて……言葉にするのが難しいというか何というか。まさかルイスさんが魔法を一個も使えないなんて思ってなかったから……もう、とにかく説明できないのよ。私は昔から初級・中級魔法くらいなら、なんとなくの感覚で使えてたからね」


「なんとなくの感覚ですか……」


 魔力ナシ、魔法使えず十八年。

 俺もそんな事を言ってみたい人生でした。


 ちなみに、少女には俺が生まれつき魔力がなかった事は伝えていない。

 少女の中で俺は、マジで魔法の才能がなく、学生時代に魔法を一個も覚えられなかった馬鹿という事になっている。


「頑張って自分の説明だけで教えたかったけど、それは無理そうだしこれを使うわ」


 そう言って少女が出したのは一冊の本だった。


「それは?」


「これは私が学生の時に使っていた魔法の教科書よ」


 いや、最初からそれを使って教えてくれよ。

 なんて言いたいけど、教えてもらう立場としてそれは偉そうだしやめておこう。


「魔法の教科書とか久々見るなぁ――ってかそれ、俺も使ってたやつだ。懐かしいな」


 全体的に茶色で表紙には『魔法』とだけ書かれた教科書。

 それを見るだけで色々と思い出す。


 授業を全く聞かずに落書きばかりしたり。

 分厚いから、高い所にある物を取るために足場として使ったり。

 枕としても使った事あったな……。


 うん、ろくな使い方してねぇな。

 そりゃ魔法について全く知らないのも当然だわな。

 

 まぁ、でも魔力がなかったんだし、まともに授業を聞いてても意味ないと思うのは必然というか仕方ないというか――。

 誰に言い訳してんだ俺。


「ルイスさんは教科書捨てたんだっけ?」


「ああ、全部捨てたな」


「勿体ない」


 勿体ないって、持ってても嫌な学生時代を思い出すだけだし!


「そんな事はいいから早速教えてくれ」


「分かったわ。えーっと、じゃあまずは……」


 少女はパラパラと教科書をめくる。


「マジでほとんど知らないから基礎中の基礎で頼む」


「基礎なら……ここね。それじゃ読むわよ」


「おっす」


 そう軽く返事をして俺は少女の説明に耳を傾けた。


「魔法を使う手順。その一、使いたい魔法を頭の中でイメージしましょう。その二、しっかりとイメージができたら、次は体内の魔力を手に集めましょう。その三、魔力が充分に集まったら、使いたい魔法の名前を唱えましょう。魔法が具現化すれば成功です」


「……それで終わり?」


「ええ」


 え、魔法ってめっちゃ簡単じゃん!

 もっとこう、時間がかかる難しいものだと思ってたよ。

 これなら二、三回練習すればできそう。


「よし、早速試してみるぞ!」


「そうね。最初はファイアとかウォーター辺りが無難で簡単だけど、何に挑戦するの?」


 ファイアとウォーターかぁ。火とか水を手から出すだけって魔法としてはちょっと地味なんだよな。

 やっぱり一発目はファイアボールでしょ。


「ファイアボールから挑戦してみるよ」


「うーん、ファイアボールねぇ。それでも良いけど、最初はファイアボールよりファイアの方がオススメよ。ファイアボールは火の玉のイメージだけじゃなくて射出のイメージも必要なんだけど、ファイアは火のイメージだけでいいから簡単だし、まずは魔法を使う事に慣れる方がいいと思うわ」


 言われてみれば確かにそうだな。

 簡単な魔法から習得していって成功体験を積んでいく方が良いよな。


 てかそんな事よりこの少女……。

 ちゃんと説明できるやん!


「それもそうだな。ファイアから挑戦してみるよ」


「分かったわ」


 俺は静かに目を閉じて、火を頭の中でイメージした。

 そして完全にイメージできた瞬間に目を開いて、両手に集中する。


 あれっ魔力を手に集めるってどうやるんだ……。

 と、とりあえず両手をガン見しておけばいいか?


 俺は全力で両手をガン見し、大体このくらいだろうと思ったタイミングで。


「ファイア!」


 と唱えた。


 ――しかし、何も起きなかった。


「一回目は失敗ね」


 そんな事は言われなくても分かってる。

 なんなら失敗した理由も分かってる。


「挑戦して気付いたんだが……そういえば俺、魔力の集め方を知らんわ」


「えー……」


 まぁその反応は妥当だろう。

 意気揚々と、早速試してみようとか言っておいてこのザマだからな。


 そもそもなんで、魔法って簡単とか思ったのか。

 一番重要そうな魔力の集め方を知らんのに!


「なんか魔力の集め方とか、そのコツとか教科書に載ってないか?」


「ちょっと待ってね」


 そう言って少女は、それらが書かれているページを探す。

 

 それから少しして。


「あ! あったよ、魔力の集め方のコツ!」


 と言ってきた。


「おお、良かった。それで、なんて書かれてるんだ?」


「えっとね――集め方のコツは心臓の動きと魔力の流れにあります。心臓の動き、そしてその動きに合わせて体中を流れる魔力、それに集中し流れる感覚を掴む事ができれば、簡単に魔力を集める事が出来ますって書いてあるわ」


「ん、ん?」


 どういう事だ。

 魔力の流れる感覚はなんとなく分かるが、集め方なんて全く分からんぞ。

 それなのに、感覚を掴めれば簡単に魔力を集める事が出来るってのは意味が分からない。もう既に感覚は掴んでいるのに集められないんだが?


 どう考えても集め方のコツの説明になっていないと思うんだが?

 しっかりしてくれよ教科書!


「なんだか分かってない反応ね」


 少女は教科書をパタンと閉じ、そんな事を言ってきた。


「ああ、まぁ。魔力の流れる感覚は既に掴んでいるんだが、集められてないし。どう集めるんだろうなって」


「もう既に感覚を掴んでいるのなら、あとは慣れというか何回も試して覚えるしかないわよ。――あっ、そういえば私が最初に説明した『ズーっとした後にシュワ―って感覚が来たらグッと手に集中』ってのがそこにあたるわ。参考にして?」


「余計分かりにくいわ!」


 もういい、とにかくやってみよう。

 そう思った俺は少女へ何も言わずに二回目の挑戦をする。


 目を閉じ、火を頭の中でイメージ……よしっ出来た。


 次は心臓の動きと魔力の流れに集中…………。


 ドクン、ドクンといつも通りの心臓の音と響き。 

 そして……シュワ―っと体中を魔力が流れる感覚――。


 俺は勢いよく目を開け、少女に言う。


「おおっ! マジでシュワ―ってきたわ!」


 まさかシュワ―が魔力の事だったとは。

 説明下手かと思ったが、これは確かにシュワ―だな。


「でしょ!? シュワ―ってするのよ! ってそれより、早くそのシュワ―って感覚をグッと手に集中して!」


 ああ、やっぱ説明下手!

 そのグッとがよく分からんのよ!


「グッとって何!」


「そのシュワ―って感覚を手に持ってくる感じよ!」


「こうか!?」


 言葉にするのが難しいが、とにかく俺は必死にグッとした。

 そう、グッとした。


 数秒後、両手に違和感があった。

 熱いような、痺れるような、何かを持っているようなそんな感じ。


 それを、両手に魔力が集まったからだと確信した俺は叫んだ。


「ファイア!!!」


 するとボワっという音と共に、火が手のひらから出てきた。


「えっ、あっ、えっ」


 俺は驚きを隠せなった。


 それは、初めての魔法だからとかいう理由ではない。


 いやまぁ、その驚きも多少はあったが。

 しかしそれより大きい要因がある。


 その要因とは――。


「「ちっさっ!!!」」


 俺の魔法、ファイアが石ころにも満たない大きさだったからだ。




 ルイス、初級魔法ファイア習得。


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